第7話 初めてのお買い物

 まず近くのコンビニでショーツを買いに行かないとな。今ちょうど10時ぐらい。日曜日の10時だから、外を歩く人も増えつつある。


 俺は周囲の視線が気になるが、メルは全く気にしていない。メルは俺にべったりとくっ付き、しきりに甘えて来る。楽しそうに満面の笑みで「ご主...智也さん!あれは何ですか?」と質問を投げかけてくる。まあ、メルが楽しんでいるならそれでいい。そう思うことにしよう。


 マンションから一番近いコンビニ「ワンデイマート」に着いた。店員は俺たちを見て「いらっしゃ...いませー」と、一瞬言葉を失った。


 雑誌コーナで立ち読みをしていた男性が、唖然とした表情で俺とメルを見た。


 さらに、作業員風の男性が俺たちを見て商品棚にぶつかり、手に持っていたカップコーヒーを、床に少しこぼしてしまった。


「あちっ!」


 メルが「大丈夫、お兄さん?」と心配そうに声をかけた。


「あ、ああ、平気、平気」と慌てふためいた。自分のズボンで手を拭いている。


 分かるわー。美人から急に声をかけられると、キョドってしまう。


 そりゃ、あんな態度をとってしまうわな。


 メルはコンビニの中を興味深そうに見回し、明るさと品揃えに驚いた。


「すごい、すごいです!これらは全部売りもの何ですか!見たこともない物ばかりです。種類もすごくあります!ご主人...智也さんのお家にあったお菓子も、ここにあります!」


 メルの興奮が収まる様子はない。上がりっぱなし。


 コンビニでこんな状況なら、駅前のショッピングモールでは、えらいことになるだろうな。まあ俺も異世界に行った時はテンションがすごく上がったから、同じ感じなんだろうな。しょうがないか。


「さあメル。目的の物を買って次の場所に行こう。また今度、ゆっくりとコンビニを見に連れて来てあげるからな」


「はい、ご主人様!」


 ぎょっとした目で、回りの者が俺達を見た。


 メルは小声で「すみませんでした...た、智也様」と言ってきた。本当は智也さんと呼んで欲しいのだけど...。


 まあテンションも上がっているし、無理もないな。


 メルは興奮が高まりすぎて、「ご主人様」と言ってしまった。俺はメルの言語設定を変更して、日本語を話せないようにした。


 周囲の声は聞こえるし、ほとんどの時間、俺が傍にいる。必要な時に設定を戻せばいい。外で「ご主人様」を連発されるとまずいからな。


 メルがナイメール星の言葉で話し始めたことにより、周りは騒然とした。更に俺の言語もメルに合わせて、ナイメール語で話すことにした。


 周囲の騒めきはまだ続いているが、気にしないことにした。周りのことを考えている余裕はない。メルは目を輝かせ続けている。


「ご主人様の冷蔵庫に入っていた物と同じです!」とコーラーを指差して喜んでいる。本当に楽しそうだ。幸せそうな笑顔がとても可愛い。


 信じられないな。こんなにかわいい子とコンビニで買い物ができるなんて。それもショーツを買うなんて...なんだか大人だ。


 メルにも好きなジュースを選ばせよう。


「甘い物がいいか、コーヒー、紅茶など色々あるよ」とメルに教えると、「ご主人様。飲み物は結構です。まだ、飲み物を頂いてから10時間が経っていません」と言ってきた。


 そこからか...。「それは朝説明しただろう...」と言って、「好きな物を選んでいいよ」と、メルに飲み物を選ぶ様に勧めた。


 メルは色々な商品を指さして「これは何ですか?どういう味ですか?」など細かく俺に聞いた後、甘いイチゴオーレを選んだ。


 レジでコーヒーとイチゴオーレ、それにショーツを買い、コンビニのトイレでショーツに履き替えるように促した。


「そこのトイレで俺のパンツとショーツを履き替えてきて」と、今買ったショーツを手渡した。「ご主人様!待っていて下さいますか?」そうメルは、置いて行かれることをすごく心配している。


「ちゃんと待っているから、大丈夫だから着がえて来てね」


 メルをトイレに送り出した。メルは不安そうに何度もこちらを振り返って、俺がいるか確認してくる。大丈夫だから。ちゃんといるから。


「私にこんな上等な下着何て...ご主人様がくれた物で十分ですが...」


 メルはそう呟いて、ショーツを履き替えることを拒否したが、もう半ば強引に着がえさせた。


 2分程でトイレから出てきた。手には俺のトランクスを4つ折りにして持って来た。


 俺はメルの手を引いて、「よし、行こう」と言った。メルはとても喜んで「はい!ご主人様♡」と元気に答えた。次はシロクマで服を買わないといけない。でも、本当はこの場から早く逃げたいだけだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 メルは、イチゴオーレの甘さに感激しているようだ。


「ご主人様!こんなに甘くて冷たい飲み物を、メルは初めて飲みました!メルは幸せです。本当に幸せ者です!」


 異国の言葉で喜びを伝えて来る。商店街を歩いている者たちは何を話しているかは分からないだろうが、俺たちの親密さは伝わっているだろう。


 視線がまた気になりだした。この辺りは知り合いもいるからな。なるべく早くファッションセンターシロクマに着きたい。足早に商店街の真ん中付近にあるシロクマに向かった。


「ここが洋服屋さんだよメル。まずはここで何着か服を買って、その服に着替えようね。その後、もっと大きなお店で服を見に行こう」と言った後、隣にいるメルを見たら、彼女はお店の外でぽかんとした顔をして立っていた。


「メ、メル?」と呼びかけた。シロクマを見つめてぼんやりと立っているメル。どこか具合が悪くなったのかもしれない。俺は少し心配になり声をかけた。


「ご主人様!こんなに立派な服屋で私が服を選んでも大丈夫なんですか?ご主人様!貴族様でもこんな大きな洋服屋さんで買い物何てできません!私はやはりあそこにある布を切って、お見苦しい部分を隠すだけで結構です !」


 メルは風になびいてるシロクマのを指さして俺に迫った。


「ダメだよメル...。捕まっちゃうって」


 店内に入るとメルの興奮はさらに上がった。


「ご主人様!すごい服の量です。な、何なんですかこの服の量は?それに服がすごく可愛いです!色も様々な種類もあります。こっちの服は綺麗です!素敵です!」メルは、とても幸せそうな笑顔になった。


 やばい可愛い。全部買ってあげたくなる。買えないけど。


 メルが興奮している間に俺は経験豊かで親しみやすそうな店員さんに、メルが外国からの留学生であることを伝え、メルにぴったりのトップスとパンツを各2、3着選んで欲しいと頼んだ。


 俺が声をかけた店員さんが俺達の方に歩いてきて、メルを見た。


 次の瞬間「なんて美しいプロポーションをしているの!これなら洋服選びがより楽しくなるわよ。ちょっと待っててね」と言い、メルを試着室に案内し、彼女のボディラインをメジャーで測り始めた。


「股下が90cmもあるなんて、すごいわ...。ウエストが...cm、バストが...cm。さすがは外国の子ね。羨ましいわ。ただ、うちの店にはこんな素敵な子にぴったりなパンツはないわよ。7分丈とかアンクル丈になっていいのなら持ってくるわよ」と言った。


 俺が「それでお願いします」と言ったら、店員さんは優しい笑顔で「少々お待ち下さい!」と言って、幾つかのトップスとパンツを選んで持ってきてくれた。


「さあ、あなたの彼女にぴったりのものを選んできたわよ。トップスは、Vネックの半袖サマーニットで、色は淡いピンク。それと、ライトブルーのストライプ入りの七分袖シャツ。どちらもシンプルで洗練されたデザインです」


 そう言って半袖サマーニットをメルの体に合わせて、俺に確認させた。


「そしてパンツは、どんな服装にも合う白色と、カジュアルなレースアップカーゴパンツを選びました。こんなに可愛い彼女さんなら何を着せても似合うでしょう」


「Ο ήρωας μας περπάτησε στην έρημο, αναζητώντας θησαυρό. הוא לא פחד!」


 そうメルは慌てて店員さんに言った。


「彼女は何と言っているんです?」そう店員さんが俺に聞いてきた。


「あ、ありがとう。素敵な服を選んでくれて、彼氏も喜んでいるって。彼氏も幸せそうだって」


 俺がメルの言葉を店員さんに伝えると、メルは驚いたような表情をした。


「ご主人様。恐れ多いお言葉です。彼氏だなんて...。でも嬉しいです♡」とメルは俺にしっかりと寄り添ってきた。


 しかし、実際にはメルは「私にはもったいなすぎます。私は智也様の奴隷ですし、こんな私に似合うわけがありません」と言っていた。


「本当に可愛らしい彼女だわ。大切にしてあげて下さいね。あとスポーツブラとショーツを2枚ぐらい買って、残りは専門店で買ってあげてね。大きな声では言えないけど、下着にはお金をかけることが大切よ」と店員さんはアドバイスをしてくれた。


「ありがとう」と感謝の言葉を伝えた後、店員さんが選んだ洋服とメルが気にいった下着、そしてストラップサンダルを購入した。


 メルが新しい服に着替えた後、俺たちは店を後にした。ちなみに荷物はすべてマジックポーチに突っ込んである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 シロクマから出た後、俺は周囲からの視線をますます感じるようになった。洋服を新調し、ボディラインが際立つ服装に変わったメルは、男女問わず注目される存在となった。


 駅前の大型ショッピングモールに行くまでに、俺のメンタルが崩壊しそうだ。でもシロクマの店員さんに言われた様に、下着くらいはいい物を買ってあげたい。そう思って、商店街を駅に向かってメルと歩いている。


 メルが新しい服に着替えた時、「こんな素敵な服、私にはもったいないです!」と初めは謙遜していたが、「私に似合いますか?おかしくないですか?」に変わり、俺が「すごく似合ってるよ、可愛いよ」と答えると、本当に嬉しそうに俺の手を強く握った。


 しかし、メルが俺に合わせてあまりにも身を屈めると、腰が痛くならないか心配になる。


 商店街の終わりが近づき、駅前のショッピングモールまであと一息という所で、「智ちゃん!智ちゃん!」と呼ばれた。その声の主は、俺が毎日のように足を運ぶ、肉屋のおばちゃんだった。


 また面倒な人が声をかけてきた。商店街の情報屋だからな。


 ただ「智ちゃん!蕎麦屋のかつ丼は絶対に智ちゃんの舌にあうよ」や「ラーメン屋は商店街の裏路地の店が良さそうだね」等、俺の好みを短期間で見抜き、色々とアドバイスをしてくれる。無視するわけにはいかない存在だ。


 肉屋の八尾さんが声をかけてきた。


「智ちゃん、どうしたんだい?その美人さんは?彼女さんかい?」


「違うよ。遠い親戚だよ。今、日本に留学しているの」とごまかした。


「嘘おっしゃい!そんな風には見えないよ!あんたにベタ惚れじゃないかい。コロッケ5個で本当のことを言いな!」


 そう鋭い目で俺を見てきた。一瞬怯んだ。5個か...太っ腹だけど「メルの国では、こういう接し方が当たり前なの。じゃあね。おばちゃん!」そう言って、一番の強敵から何とかメルの手を引っ張って逃げ出した。


「ちょ、ちょっとお待ち。春巻きも5個付けるから!」


 ふ~。強敵だった...。


 それからは、表立って話しかけてくる人はいなかったけど、遠巻きにひそひそと話される雰囲気を感じた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ふと横を向くと、メルがしゅんとしている。「どうしたの?」と聞くと、俺の顔を真直ぐ見つめてきた。心臓が高鳴る。相変わらず可愛い。


「先程の肉屋のおばさん...知り合いなんですか?とても親しそうに話されていました。そしてすごく美人でスタイルも良い方です。ご主人様はやはり、あのようなお方が好きなのですか?」


 何だか泣きそうな表情で俺に聞いてきた。おばちゃん...ナイメール星に行けばモテモテなのね...。


「メル。それは違うよ。いつもお肉を買うだけだよ。それにメル、俺たちは美的感覚が違うんだ。俺にとっては、おばちゃんよりもメルの方がずっと可愛いんだ。いや、何千倍も可愛いと思ってるよ!」と、俺はメルに自分の気持ちをしっかりと伝えた。ごめんね。おばちゃん。


「ほ、本当ですか...。ごめんなさい...。ご主人様。あまりにもお二人が親しそうに話されていたもので...。メルは、メルは心配になってしまいました」


 メルは身を屈めて、俺を抱きしめて泣いてしまった。


 周囲の視線が気になるが、俺にできることは何もない。メルが強く抱きしめてくる。身動きが取れず、少々痛い。いや大分痛い。俺はペンギンの様に手を後ろにしたポーズで固定されている。


 だけど、こんなに可愛い子が、俺が自分から離れてしまうかもしれないと思って泣いてくれるなんて...。それは本当に幸せなことだよな。


 それにしてもおばちゃんが美人だなんて、本当に美的感覚の違いって恐ろしい。まあメルに美男子に見られている俺が言うのもなんだけど。


 商店街の中で注目を一身に浴びている。周囲の人々が遠巻きで俺たち見ている。もちろん肉屋のおばちゃんもきっとどこかで見ているだろう。


 ただ俺は気づいていなかった。その人だかりの中に、同じ大学の学生が紛れ込んでいたことを...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あれ、あのちびちゃん、志保が狙っているブーちゃんじゃない?うわ!外人さんに抱きしめられている!それにあの外人さん、めっちゃ美人!あー!あんな美人を泣かしている!信じられない!」


「あ、本当だ、ブーちゃんだ。なに相手の外人さん...。すごく綺麗だし、背が高!胸もすごく大きい...やばいって志保、胸が大きな人に対して異様に嫉妬するから...。でも面白くなりそうだから、志保に報告だね♡」


「うんうん♡」


 この二人組の存在が、後に大きな問題を引き起こすこととなる。しかし、この時点では智也はまだ、その事実を知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る