青・春・墜・落

庵字

第1話

「悪いな。卒業式の前日に、しかも、こんな時間、こんな場所に呼び出したりして」


 白い息を吐きながらいずみみきは、言葉どおり申し訳なさそうな表情を見せた。こんな時間とは、午後九時前。こんな場所とは、住宅街のはずれに位置する公園内を、それぞれ表していた。


「俺が、お前を呼び出した理由は……これだ……」


 そう言いながら古泉は、懐から取りだした新聞紙の切り抜きを二枚、広げて見せた。光量の乏しい外灯の光が斜めから差し込み、皺の寄った新聞紙の上に複雑な陰影を作りあげた。


 七月二十七日

 高校生飛び降りて死亡

 七月二十六日の午後四時頃、かね高校で女子生徒が屋上から中庭に転落し、搬送先の病院で死亡が確認された。死亡した生徒は同校三年生のじようさきはるさん。警察は事件と事故、両面の可能性を視野に捜査を進めている。


 七月二十九日

 七月二十六日に野木鐘高校で発生した、高校生が校舎屋上から転落して死亡した事件は、自殺であると警察が断定、発表した。現場や自宅に遺書などは残されていなかったが、目撃情報などの周辺状況を総括して結論づけたと見られている。


「この、二十九日付の記事に載っている“目撃情報”っていうのは、そう、ふじの証言で間違いないだろう。あいつが第一発見者だったからな。でも、まさか、それから……ちょうど一週間後、その藤野まで……」


 古泉幹人は、三枚目の切り抜きを取りだした。


 八月四日

 八月三日の午前九時、野木鐘高校の中庭で男子生徒が倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。死亡した生徒は同校三年生の藤野ゆういちさん。野木鐘高校では、一週間前の七月二十六日にも生徒が飛び降り自殺をするという事件が起きており、警察はその事件との関連性も視野に入れて捜査を行うとしている。


「記事では、“搬送先の病院で死亡が確認された”と書かれているが、実際は二人とも転落した時点で即死だったそうだ。さらに、事件が起きたのは、どちらも同じ中庭で、しかも、城ヶ崎が転落した位置、藤野の死体が発見された位置、そこまでほとんど一緒だった。その後の警察の捜査で、藤野もまた、屋上から転落したことが死因だと結論づけられた。つまり……藤野は、城ヶ崎とまったく同じ場所で、まったく同じ死に方をしたということになる。

 ……そう、みんな言ってたよな、『藤野の死は後追い自殺だろう』って。なにせ、城ヶ崎と藤野の二人は、付き合っていたんだからな。藤野のときも、遺書なんかは見つからなかったそうだが、そんな事情もあったし、城ヶ崎のときと同様、藤野を恨んでいるような人間も浮かんでこなくて、他殺を疑う要因が一切なかったんだ。警察が藤野の件も自殺と断定したって、おかしくはないよな……」


 古泉は、三枚の新聞記事をことさら丁寧にたたみ直して、懐にしまった。


「今さら何だ、って顔をしているな。まあ、当然だよな。いきなり呼び出されたと思ったら、こんな……半年以上も前の事件のことを急に持ち出してきて。しかも、卒業式の前日に……って、さっきも言ったっけ」


 古泉は、はにかんだような笑みを浮かべたが、すぐに表情をもとのように引き締めて、


「でもな、だからこそ、なんだよ。俺とお前は同じクラスだが、そんなに親しくしていたわけじゃない。喋ったことだって、学校生活で必要な連絡とか、行事のためのやり取りだとか、そういうことを除いた、まったくのプライベートとしては、正直……二度か三度あったか、なかったかっていう、その程度だったと思う。クラスの連絡網に使うため、いちおう連絡先だけはお互いに知ってはいるから、こうして呼び出しをすることは出来たわけだが。

 ……話が回りくどいか? 悪い。つまり、俺の言いたいのは、こういうことだ。明日になって卒業式を終えたら、もう、俺とお前はたぶん……一生会うこともなくなるかもしれないだろ? 俺は地元で就職、お前は確か、県外の大学に進学するんだよな。だから余計に。卒業後に偶然どこかで顔を合わせるなんていう機会も、まずないと思う。卒業式が終わった直後は、みんな色々とばたばたして、こうして――それこそ親しいわけでもない俺とお前が――二人きりで話せる機会なんてないだろうし。

 ……同窓会? それって何年後の話だよ。どちらかが欠席するかもしれないし、それに、俺は、この話を自分の中にしまいっぱなしのまま、この先、暮らしていけるとは思えないんだよ。これが、俺がお前を呼び出した理由だ。何を話したいのかっていうと……というか、俺の――特別親しくもない俺の――呼び出しに、こうして応じてくれたんだから、お前も分かってるんだろ。

 警察の出した結論はともかく、俺は、城ヶ崎と藤野、二人の死は自殺じゃないって考えている。あの二人は……殺されたんだ。

 ……城ヶ崎と藤野を殺した犯人は……お前だよな」


 古泉とのあいだを、冷たい夜風が通り抜けた。


「……否定も、肯定もしないんだな」古泉は、困ったような笑みを見せると、「長話になる、座らないか」


 数メートル先に設えられたベンチへと促した。

 座面は夜露に湿っていたが、構わず並んで腰を下ろした。二人とも厚手のコートを羽織っている。


「城ヶ崎遙香……」視線は正面に向けたまま、古泉は、「藤野勇一、きりばやしたからしようろう、そして、お前。この五人はいつも一緒だったよな。小学校からの同級生同士って話じゃないか。長い付き合いだ。その中の城ヶ崎と藤野が付き合っていても、お前たちの中に、二人に遠慮するとか、何かぎくしゃくしたような感じは全然見られなかった。恋愛感情とか抜きで、本当に仲のいい友達同士だったんだろうな。俺は、宝田とたまに話すくらいだったけど――体育のサッカーで、センターバックのコンビを組まされたのがきっかけだった――傍から見ていてもそれは分かったよ。俺は同じ中学から進学してきたやつがひとりもいなくて、そのせいだけってんじゃないんだろうけど――友人作りが苦手な性格だというのは自覚してる――三年間の高校生活で、親友はおろか、友達だと胸を張って言えるようなやつが、とうとうひとりもできなかった。だから、少し、羨ましいなって思っていたところはあった。って、俺の話はどうでもいいか」


 古泉は、一度顔を向けてきて、自嘲気味な微笑みを作った。それぞれベンチの両端に腰を据えた二人の距離は、実際以上に遠く見えた。外灯の明かりは古泉の側には完全に届いていないため、その笑みは薄く認識できる程度だった。


「まず……」正面に顔を戻した古泉は、「城ヶ崎の死が自殺と断定される決定的な要因となった、藤野の証言を振り返ってみようと思う」

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