ギャル配信者の推し声優がクラスの地味子でした!?

アトラック・L

第1話 藍子というギャル

 物語の世界が好きだった。あたしは子供の頃から物語が好きで、その世界に夢を抱いてきた。

 最初はニチアサ。レンジャーとかライダーとかプリティキュアとかそういうの。そこから夕方の少年向けアニメ、小学五年の時あたりから深夜アニメを観るようになった。そこまで行けばもう立派なオタクの出来上がりだ。

 一方、あたしは自分を磨くことも忘れない。メイクをして、髪もセット。毎日のメンテナンスも忘れない。あたしはアニメのヒロインみたく、クラスの人気者になりたかった。

 その努力は──、


「ねえねえ藍子、これ見て!」

「次のスターの新作フラペチーノ、マジで美味そうなんだけど!」

「今度みんなで飲み行こうよ」


 ──無事日の目を見ることとなったのだ。

 あたしの名は青山藍子あおやまあいこ。カースト上位に位置していると自負している、ギャルだ。


「てかさ、藍子新作コスメ買ったん?」

「あー、配信で言ってたやつ? 買ったよ」

「すごいよねぇ、藍子。今や美少女JK配信者って呼ばれてて案件も貰ってんでしょ?」


 そして人生勝ち組でもある。元々オタク趣味の延長で始めた配信が、今やトップtuberと呼ばれるまでになったのだ。


「そんなに凄いことないよ。けっこー努力もしてるし?」


 とさりげなく頑張ってますよアピール。これを主張し過ぎないということが大事だ。


「いやー、でもあそこまで好きを語れるのはやっぱ凄いよ。しずくさまだっけ?」

「雫さま! そう、彼女めちゃくちゃかっこいいんだよ!」


 あたしが配信でよく話題に出す芸能人、それが雫さま。最近出てきた新人声優で、あたしの最推し。

 最強の顔面と、ハスキーなイケメンボイス。おまけにイベントで晒す性格までイケメン。ファンはまだ少ないけれど、あたしは一生推すと決めている。


「あの……そこ、私の席」


 と、いつの間にか仲間の一人が座っていた席の本来の所有者が戻ってきた。

 潮崎しおざきしずさん。カースト下位に属する、いわゆる地味な子。ボサボサの髪と、そばかすが少しある顔。化粧も全くしておらず、いわば女の子であることを捨てたと言える。

 顔の作りから予測するに、素材は悪くないと思うんだけど。なんで化粧とかしないのかが不思議でしょうがない。

 それから、潮崎さんは不登校気味だ。しょっちゅう学校を休んでいる。理由は明かしていない。

 だから、総じて地味な子という立ち位置でしかない。だからあたしも接点を作ろうとは思わない。

 ボソボソと席を空けて欲しいと言った彼女の声に、座っている子は気が付かない。


奏音かのん、席空けてだって」


 だから座っている子──奏音にそう言った。別に潮崎さんを邪険にするわけでもないし。邪魔なのは奏音の方だし。


「あぁ、ごめんね。えっと……」


 奏音は名前すら覚えていない様子だ。あたしは小声で、


「潮崎さん」


 と助け舟を出す。


「潮崎さん。すぐ退くから」


 別にカースト上位にいるからと言っても、下位の子を煙たがるような子はあたしの仲間にはいない。そういう子は拒絶しているから。

 奏音が退いて、潮崎さんが座る。

 総じてまとめると、あたしとは違う世界に生きている。潮崎さんはそういう子だった。




「じゃーねー!」


 あたしは配信の終了ボタンをクリックする。今日の配信もなかなかの人に来てもらえてよかった。

 あたしの配信はいつも八時ごろから始める。内容は雑談、ゲーム配信、そして最も大きいコンテンツが、メイク講座だ。普段するメイクから、コスプレ用のメイクまで、基礎から覚えられる配信をしている。

 あと、シチュエーションボイスも大きなコンテンツだ。メイクとシチュエーションボイスで、あたしは高校生が持つにしては多すぎる額の収益を得ている。

 無論これは女子高生というブランドがあってのもの。この先も配信で集客するには、何かしらの変化が必要だ。

 スマホがヴ、と振動する。画面が点滅し、雫さまの待ち受けに被さるように、ショートメールの通知。

 あたしが所属している事務所のマネージャーからだった。


『最終確認、明日十一時スタジオ入りです』


 という文章に、了解とだけ返す。

 そして机の下、配信用のウェブカメラからは見えない場所に隠しておいた冊子を取り出した。

 二百ページほどの冊子、その表紙には、〈映画 アラスカより愛を込めて 吹き替え台本〉と書かれていた。

 半年前、事務所からあたしに与えられた仕事。映画のサブキャラクターの吹き替えという大役。

 もちろん、あたしはシチュエーションボイスまでしか声の芝居をしたことがなかった。

 そんなあたしにその仕事が割り振られた理由。それは単純で、話題性重視のキャスティングだろう。現役JK配信者の肩書きだけで観に来る人はいる。合っているかどうかは二の次のキャスティングだ。

 オタクとして、この仕事を受けるか否か、と言ったら当然否、固辞するべきだったのだが──。


「これはあなたの今後を決める仕事」


 とマネージャーに言われ、渋々受けたのだ。

 とはいえ、あたしが加わることで吹き替えのクオリティが下がるのは避けたい。あたしが乗り気じゃなかったのは、オタクとして作品の質を落としたくなかったからに他ならない。

 だから半年、独学とはいえ必死で芝居の稽古をし、数日前に台本が届いてからは読み解くのに全力を尽くした。

 そうしていよいよ明日、収録の日なのだ。

 あたしは台本の表紙を捲る。数ページ捲ると、キャスト一覧が載っている。その一番トップに、こう書かれていた。


〈ジェイミー・ボンド 雫〉


 と。

 つまりは、雫さまが主役を吹き替える。これは台本を開いて初めて知ったことだ。


「明日は雫さまに会える……夢見たい」


 あたしはその名前を指でなぞってから、台本の最終チェックに取り掛かるのだった。




「おはようございます!」


 収録開始一時間前に、あたしはスタジオ入りする。

 収録スタジオに来るのは初めてで、すごく緊張していた。心臓が飛び出しそうだ。

 マネージャーに連れられてスタジオに入ると、まずコントロールルームという部屋があたしの前に現れた。録音ブースがガラス張りの向こうに見え、その手前に大きな機材が置かれていた。


「おう、おはよう」


 機材の前に座っている人が、こちらを一瞥する。どうすればいいのかと悩んでいると、


「藍子さん、事務所と名前」


 マネージャーがそう助言してくれた。


「あっ、そっか。プラチナムリンク所属、青山藍子です! 今日はよろしくお願いします!」

「青山さんね。えーっと……タチアナ役の。僕は音響監督の赤井。よろしく」


 音響監督──赤井さんは初老の男性だった。収録は彼に従ってすることになるわけで、第一印象は良くしたい。


「派手な髪だね。流行ってるの?」

「流行りかどうかは──いえ、あたしが流行の中心を作りたいので!」

「自信があっていいね。期待しているよ。じゃあ録音ブースで待ってて」


 録音ブースに入る。そこには大きめのディスプレイと、マイクが三つ。それとソファが置かれていた。事前にマネージャーから聞かされていたように、一番隅に座る。コントロールルームを見やると、マネージャーが小さく手で丸を作っている。

 あたしは台本をバッグから取り出す。数日で読み込み、ボロボロになった台本。最後の復習を始めた。

 ややあって、コントロールルームから一人来る。あたしは立ち上がって、挨拶の準備。


「おはようございます」


 という女性の声。ハスキーだけどよく通る、アニメやゲームで、ネットラジオで繰り返し聞いた声優の声だった。

 この声を聞き間違えるはずがない。この声は雫さまの声だ。

 あたしは深く頭を下げ、


「おはようございます! プラチナムリンク所属、青山藍子です!」


 そう言って頭を上げる。

 次の瞬間あたしは驚きの声を上げることになる。

 だってそこにいたのは、多少はメイクしているけれど、紛れもなく地味な少女──潮崎しずさんだったのだから──!

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