記憶小話ー赫い月が沈む頃

@Artficial380

赫い月が沈む頃

 昔々あるところに、吸血鬼一族の娘がいました。

 純血を守り続けてきた一族は、宝石の翼を持つ吸血鬼一族と長い間争い続けていました。吸血鬼は不老不死ではありませんが、日に当たりさえしなければ長生きで、人間より何百年と生き続けます。

 娘は大事に大事に育てられており、都市から離れた土地から出たこともありません。


 娘が四歳になったある日、三人の人間が大人と一緒に訪れました。三人ともボロボロで、それぞれ紫、金、呪いの色の髪を持っておりました。

 大人が言いました。

「これから夕香の身の周りをお世話する三人だ 何でも言っていいんだよ」

 そう、三人を目の前に少し乱暴に押し出して、大人は部屋を出ていきました。

「あ あの」

 声をかけると更に小さく縮こまり震えている三人を見て、娘はとても悲しくなりました。病的なまでに骨のように細い体に触れれば、ほろりと崩れてしまうんじゃないかという怖さに、娘は立ち尽くすしかありませんでした。そもそも身の回りのお世話といいましても、今までは母親に手伝ってもらっていたので何がなんだかわからないままでした。

「(わからなかったら本で調べるしかないわ……!)」

 三人をソファーに無理やり座らせ、娘はこっそり部屋を飛び出しました。

 部屋の前には見張りの大人がいらっしゃいましたが

「これあげます!」

 とポケットに隠していた飴玉を握らせ、急いで図書館へ向かいました。

 屋敷の地下の大図書館にはよく忍び込んでいたので、通路をぱたぱたと走り回りながら、いくつか本を抱えて部屋に戻りました。

 窓際の机にどん!と本を積重ねた娘は、息を切らしながら膝を落としてしまいました。

「お おもかったぁ……」

 息を整えて椅子に座ろうとしましたが、娘ははっとして三人に振り返りました。

「のど かわきましたよね! えっと えっと」

 娘はクローゼットをひっくり返して、おもちゃの食器を出しました。茶葉からお茶を入れるという知識は流石にありませんが、また部屋を飛び出して、ポットから水を溢しながら戻ってきました。三人にカップを持たせ、ポットから娘自ら注ぎ自分にも入れてテーブルの反対側にあるソファーに座りました。

 一口飲んで一息つき、机から一冊ずつ持ってきて読み始めました。

 しかし

「ぜんぜんなにも わからない〜!」

と本を投げ出してしまいました。娘はまだ文字がわからなかったのです。

 三人は水を飲んでいいのか、そもそも動いていいのかわからずお互いに顔を見合わせていました。

「おみずのまないの?」

 三人は口すら割ってくれません。

「おはなししてくれないと なにもわからないわ」

「お話しても……いいんですか……?」

 金髪の女の子が息切れそうな声で尋ねました。 

「いいよ? のんでもいいよ? おかわりもいいよ?」

 娘は笑って答えました。


 その日は四人で水を飲みながら本の中身を見るだけで更けてしまいました。奇跡的に呪いの髪の男の子が多少文字を読めたので、少しだけ読むことが出来ました。


 レッスン1ーじこしょうかいをする

「……?」

 最初で既に躓いているご様子です。

 スキップするそうです。

 レッスン2ーみだしなみを ととのえる

「おふろはいりましょ!あらってあげるわ」

 娘は全員の身ぐるみを剥がし、湯船に入れさせました。まるで子猫でも洗うかのように娘は順番に彼らを泡だらけにしました。特に紫髪の男の子は水が苦手なようで逃げ回り、風呂場を泡だらけにしてしまいました。

 とりあえずピカピカになった四人はお風呂を上がりましたが、三人にはあのボロ布以外着るものがありませんでした。娘は自分のふわふわガーリーな寝間着を着させました。さらさらな服に、女の子は喜びましたが、あとの二人はあまりのかわいい寝間着に黙り込んだままでした。

 絵本を開くと、お姫様の後ろの人々は黒い洋服やスカートを着ていました。しかし娘の服は貴族のドレスばかりで、このような服は持っていません。

 困った娘は、部屋前の見張りの大人に相談しに行きました。

「おじさま おちえを かしてくれませんか?」

「どうしたんですか え 耳を?」

 娘が耳打ちで大人に話しました。

「何も教えてくれずそのままとは……わしがこっそりお手伝いいたします」

「ほんとぉ!?」

 大人がぺこり。と頭を小さく下げると、娘は大きな瞳をキラキラさせてにこにこしておりました。

 この館の大人たちは両親ではなく、娘に冷たいモノたちばかりでした。毎晩の泣き声を聞いていたおじ様だけはまだ心を持っておりましたから、いつも抜け出す娘のことを黙っていたのです。

「そうは言いましても サイズがわからないとどうしようもございませんので……夜お伺いしても?」


 夜、おじ様は誰も通らなくなった廊下から小さくノックをした。娘が大きな扉から顔をのぞかせ、顔を確認してからそっと中へ通した。

 大人が入ってきたのを見た三人は、部屋の隅でガタガタと震えて泣いていました。

「どうしたの!?」

 娘は慌てて駆け寄りましたが、三人はおじ様から一切目線を外しませんでした。

「わしを怖がっておりますな……」

 おじ様は、扉の前でしゃがみ

「休みの日に息子の古着を持ってきます」

と三人に笑いかけました。まだ震えていましたが、日にちをかけて少しずつ、少しずつ震えは小さくなってゆきました。


「よし 採寸が終わりましたぞ」

 おじ様は巻き尺にぐるぐる巻かれながら散らかった室内でため息をつきました。尻もちをついた姿勢で腰を擦るおじ様をみて、娘はくすくす、と笑っていたそうです。

 後日、新品の執事服とメイド服が部屋に届けられました。最初はブカブカでしたが、そのうち袖が足りなくなってしまったそうです。


 三人の人間は娘よりあっという間に大きく成長しました。手を繋いで一緒に歩けていたのに、まるで親子のように見えるほどの差に、娘は驚いておりました。おじ様は部屋の前からいつの間にか居なくなっていました。

 三人はそれぞれ名前をいただきました。紫の髪の男の子は「フク」、金髪の女の子は「コハク」、呪いの髪の男の子は「スイホウ」。

「おはようございます お嬢様」

「おはよう……ふわぁぁ……もう起きなきゃだめなの?」

「もう6時過ぎてますので」

「もう きっちりさんね」

 スイホウは最も背が高い顔立ちの良い青年に育ちました。常に真面目で手を抜かない性格で、一秒の遅れも許しません。いつも娘の後ろをついて回る執事です。

「おはようございます〜」

 コハクは料理や裁縫の才能に秀でていたため、特に娘の身の回りを任される事になりました。おおらかで器用な彼女は、特に美しい盛り付けで娘を喜ばせていました。

「フクはどこだ」

「またどこかで油売ってるわよ〜」

 フクは三人の中でも背が伸び悩んでいましたが、その小柄を生かして用心棒として娘を守ることにしました。サボり魔で高いところが大好きな彼は大体木の上でお昼寝をしていることでしょう。

「朝飯は全員でという約束だろう まったくそろそろ遅刻だぞ」

「おっはよー!お嬢 今日のご飯なんだー?」

「フク!三秒遅刻だ!」

「別にいいだろ〜分は超えてないんだから……な?お嬢?」

 娘は笑いをこらえながら、こくこく、とうなずきました。

「失礼ながらお嬢様 フクに甘すぎますよ!世間に出たらどう言われることやら」

「はいはい ご飯のときぐらい小言はなしにしましょ〜?」

 平和な空に雨雲が近づいてくる、おおらかな朝だった。


 その日は唐突にやってきました。

 娘の父が暗殺されたのと同時に、館は火を放たれ、翌朝にはチリ一つ残らない更地になっていたそうです。ただ一人、左の目と頬に傷を負った呪いの髪の男だけを除いて……。

 男は焼けただれた瓦礫の下から這い上がりました。フラフラになりながら何かを探し瓦礫をほっぽってゆきます。

 雨が朽ち果てた木材に染み込み始めました。

 男はそれに紛れて、何かを抱きしめながら叫びました。唯一開く右目で、焼け焦げた最愛の主人を焼き付けながら……。


 男は二人の遺体を見つけられませんでした。

 主人の体を抱きかかえ遠くへ歩きました。遠くへ、遠くへ歩き、世界の端っこに埋葬しました。そのときにはもう、主人の体は灰になり両手に握りしめられるほどの量しか残っていませんでした。

 職を転々としました。呪いの髪のせいでどこも受け入れてくれず、時には蹴り出されたりする始末です。「あぁ、あの時は本当に幸せだったんだな」と過去にすがりつきながら土の上に寝そべる日々が続きました。


 ある日の夜。

 男はいつものように職を探し疲れ、地べたで寝ようと腰を下ろしたときでした。

 青い薔薇を頭に咲かせた少女が目の前に立って見下ろしていました。体よりも大きな鎌を持ったその姿に、男は死神が来たと震え上がりました。

「なぁ なんでも生き返らせられる魔法 知りたくねぇ?」

 その問いかけに男は、は?と返してしまいました。少女はそれでもニヤニヤしながら続けます。

「いやぁ かわいそうだと思ってさぁ 一つだけお前の願いを叶えに来たんだよ」

「怪しいな……お前は一体誰なんだ……?」

 男は怪訝な顔で睨みつけます。

「どこにでも居るただの”にんげん”さ ちょっと博識だけどね 聞くだけ聞いてみない?」

 青薔薇の少女はそっと耳打ちをしました。


 男は城の中の召使いになりました。王族の息子近辺の警備、その他雑務をこなしながら慌ただしく過ごしていました。

「まず 敵陣地に入り込むんさ 手段は何でもいい とにかく潜り込んで信頼を得続けろ」

 少女の言葉通り、男は愛想笑いで少しずつ周りを固めてゆきました。鼻の先には常にかつての主人を殺した仇の血が居る。胸ぐらをつかみたい気持ちを必死に抑え、日々が過ぎてゆきました。

 そして数年立った日の夜、男がランプ片手に見回りをしているとまた少女が目の前に現れました。

「一体どこから……!?」

「僕はどこにでも入れるんだ ちょっと魔法が使えるからね」

 少女は宙に漂いながらまたニヤニヤしていました。

「準備できたようだし 復讐の内容を伝えようと思ってさ」

「!」

 男は目の色を変えて少女に歩み寄りました。

「ついにか!早く教えてくれこっちはもう我慢の限界なんだ」

「落ち着けって 焦っても良い結果は出ないだろ?」

 少女はまた耳打ちをしました。


 あの日と同じように城が炎に包まれました。今度は男の手で燃え上がります。

「燃えろ!!すべて燃えてしまえ!!」

「上れ!空まで上れ!!」

「赫い月が帰ってくるぞ!!アーッハッハッハッハッ!!」

 青い薔薇の狂気に飲まれた男は炎の中で踊り狂いました。三日三晩踊り、炎が収まった城に倒れていました。


 目を覚ますと、そこには懐かしい顔がありました。

 紫の石でできたイヤリングを着けた「福」

 黄色の石でできたネックレスを着けた「琥珀」

 そして真っ赤な石のチョーカーを着けた主人……娘が不安そうに顔を覗き込んでいました。

「おかえりなさい……みんな……」

 男はそのまま子供のように泣きました。あの頃と変わらない三人を抱きしめながら。

 そしていつか来る、月が沈む夢の終わりに恐怖しながら……。


 ……胸を貫かれた男は最後に両目にもう一度焼き付けた娘を思い出していました。可愛らしい笑顔を浮かべる幸せそうな主人を尊びながら、笑って息を引き取ったのです。

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