第9話 ポルト・ワイト強襲
西暦2026(令和8)年3月2日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸 地下会議室
「それではこれより、『斬首作戦』の概要を説明いたします」
会議室にて、小鳥遊元帥は参加者に向けて言う。
「今回の目的としては、ローディア帝国の完全な無力化による停戦の成立があります。首都ロスディアは、ポルト・ワイトより南に200キロメートルの内陸に位置する要塞都市で、常に6万程度の近衛軍団が駐留しているそうです」
ベルジア王国側からの情報提供により、敵情はある程度把握出来ている。そして、どの様に崩すべきなのかも、考案済みだった。
「先ずは、ポルト・ワイトの海軍施設を完全破壊し、第1海軍歩兵師団によって占領。北より帝国軍に圧力をかけます。そして東部戦線にて地上軍が国境を越えて攻撃し始めたタイミングで、第1空挺旅団は航空軍の支援の下にロスディア近郊に強襲降下。城壁及び軍事施設を破壊しつつ、戦闘能力を低下させていきます」
小鳥遊はそう言いつつ、スライドを変える。
「そして地上兵力及び航空兵力を撃破した後、
「そうですか…よし、迅速に勝負を決めて下さい。ここから先は一つのミスも許されません。確実な勝利を」
・・・
大暦2026年3月9日深夜 ローディア帝国北部 ポルト・ワイトより北に100キロメートル沖合
深夜、哨戒飛行を行う4騎の飛竜騎が、帝国最大の港湾都市ポルト・ワイトの沖合を飛行している。哨戒とは言えども、辺り一帯は月光しかない漆黒の世界であり、当然ながら昼間に比べれば大分視界は狭まっている為、要はやらないよりはマシというレベルでしかない哨戒活動である。だが主力艦隊が洋上で殲滅された以上、敵の襲撃に備えるための任務に当たっている兵士達は、真剣な眼差しで付近の監視を行っていた。
「ん…何だありゃ?鳥の群れにしちゃ、随分と速いな…」
その時、兵士の一人が、水平線の向こうから高速で接近する奇妙な飛行物体の群れを発見する。だが、夜明け前の漆黒の為にその姿を正確に視認できない。やがてそれらは次第に大きくなり、彼らにどんどん近づいていた。
「む…?」
するとその時、不思議な飛行物体の翼に、紅い炎の様な光が灯った。そしてその光は白い煙を棚引かせながら、あり得ないほどの速度で此方へ近づいて来たのだ。
「…!?か、回避―」
本能的に危機を察知した竜騎兵達は、手綱を引いて思い思いの方向へと逃げ出す。だが時既に遅く、4つの爆発音と共に彼らの命は事切れ、文字通り肉塊へと化した彼らの骸は、海の中へと落ちて行った。
「アルファ1、
その4騎を始末した、2機の〈モーリェ・アリョール〉は、残る10機の味方とともに、南に針路を向けて飛ぶ。その真上には、早期警戒レーダーの加護を授ける〈ソコル・グラザ〉の姿。
『
「了解」
〈ソコル・グラザ〉により、敵航空戦力が敵基地上空を飛行していないことが各戦闘機に無線で伝えられ、各機は任務を遂行するための態勢を整えていた。敵基地の内容は事前に把握されている。
『最優先爆撃対象上空に到達』
敵基地上空に到着した攻撃部隊の眼下には、画一的に並んだ横に広い建物群があった。それは飛竜騎が飼育されている竜舎であり、先程撃墜した4騎の竜を除く全ての竜がここで飼育されていた。ヘッドマウントディスプレイを内蔵するヘルメットを付けていたパイロット達は、OLS-35赤外線画像装置によってその標的を暗闇に惑わされることなく確認する。
幾つかの機はKAB-250・250キロ誘導爆弾を搭載しており、それらの機の胴体下部に装備する電子光学式照準システムは、地上に整然と並ぶ竜舎を目標として捉えていた。
『全機、爆弾投下!』
『爆弾投下…!』
隊長機が発した号令と共に、各機に装着されていた誘導爆弾が切り離され、照準用レーザーの当たる先に向けて降り注ぎ、着弾。そして爆発した。辺り一帯に響く爆音は、ある者にとっては強烈な目覚まし、そしてある者にとっては人生の幕切れを告げる音となったのである。
突如として鳴り響いた轟音、それに続いて基地のあちこちに花開いた無数の爆発、突然の奇襲攻撃に見舞われた帝国軍基地では、あちこちで動揺が起こっていた。
「て、敵襲!敵襲ーっ!」
「り、竜舎が被弾した…!?」
「マルクーっ!畜生、弟がやられた!治療してくれ、頼む!」
「足が…俺の足がどっか行っちまった!血が、血が止まらねぇ…」
「司令に連絡を…早く!」
夜明け前の奇襲という攻撃は帝国軍に最悪の悲劇をもたらした。殆どの兵士が就寝中であったため、この初撃で基地に属する大半の兵力を失ってしまったのである。運良く自分達の宿舎が被弾せず生き残った兵士達も、突然の奇襲爆撃に驚き、統率が取れなくなっていた。
運良く爆撃を免れていた基地の司令部では、他の兵士達と同様に戦闘機の轟音と爆音で叩き起こされた基地司令のボロス将軍が、状況の把握に努めていた。
「どうした!一体何事だと言うのだ!」
ボロスは司令室に入室してきた部下に状況を尋ねる。将校達は顔色を真っ青にしながら、現在の状況について伝えた。
「はっ…敵襲を受けています!敵の航空戦力の奇襲により、基地全体に爆撃を受けました!敵は北から襲撃してきた模様!」
「何!?まさか、ニホン国か…すぐに飛竜騎を展開させろ!敵を迎え撃つんだ!港湾の艦船にも出撃を命じよ!」
「りょ、了解!」
空を飛んできた敵に対処する為、命令を受けた部下は司令室を退出する。するとその部下と入れ替わりで、一人の兵士が司令室に駆け込んできた。
「ほ、報告!竜舎全てが敵の爆撃を受け、飛竜騎は全て死亡が確認されたそうです…!ここは内陸部の味方に、支援を要請するべきかと…」
「何、だと…」
遅れて知らされた情報に、ボロスは声が出なくなる。その間にも〈モーリェ・アリョール〉の爆撃は続き、ドックや沿岸部の砲台が破壊されていった。
一方で、戦闘艦のみならず海軍歩兵師団を輸送する揚陸艦も含む20隻の艦船からなる日本海軍第1艦隊は、意気揚々といった様子で港へと近づく。湾港部に建設されている帝国軍の基地からはもくもくと黒煙が上がっており、艦橋にて航海に携わる者達の視界に捉えられていた。
『港に停泊している敵艦および敵基地を確認』
前方を進むミサイル巡洋艦「みかさ」から各艦に報告が入る。艦隊旗艦を務める空母「そうや」の
「艦砲を持つ艦は軍港へ接近し、砲撃を開始!またヘリコプター部隊を直ちに出撃させよ!ヘリボーンで港湾施設を占領し、揚陸艦部隊の揚陸作業を支援する」
命令を受け、「いわみ」を先頭に5隻の水上戦闘艦は前へ進む。そして3隻の強襲揚陸艦の甲板より、数十機ものヘリコプターが発艦を開始した。
その10分後、海の向こうから近づいて来る巨大艦の砲から、不規則に連続した砲撃音が聞こえて来る。それに呼応する様に、港に並ぶ戦列艦や輸送船は、木片をまき散らして次々と破壊されていく。
「こんなことが…現実にある訳が無い、これは人の成せる
その様子を見せつけられていた帝国軍兵士の一人が、唇を震わせながら呟く。彼を含む兵士達は、自分達が誇る艦隊が一方的に沈められていく光景をただただ見ていた。
その時、呆然と立ち尽くしている彼らの耳にパタパタパタ、と不思議な、しかし人によっては聞き覚えのある音が聞こえて来た。その音は軍艦から立ち昇る煙の向こう側から近づき、徐々に大きくなって行く。数秒後、立ち昇る煙を裂くようにしてその音源が姿を現した。緑色の斑模様をしたそれらは彼らの上空を旋回すると、その腹部に装着されている鉄の筒から凶弾を吹き出した。
「じ、銃撃だ!退避、退避ーっ!」
音の正体は、地上の残存戦力掃討のために強襲揚陸艦から飛び立ったヘリコプター群だった。ミルMi-28〈ハインド〉の設計図をベースに開発されたVa-40〈ジャーチェル〉対戦車ヘリコプターに、ミルMi-24〈ハボック〉のライセンス生産機であるVa-20〈ファザーン〉攻撃ヘリコプターからなるヘリコプター部隊は、上空に到達するや否や、攻撃を開始。機首の30ミリ機関砲のみならず、スタブウィングに装備した多連装ロケット砲ポッドで広域にロケット弾を叩き込み、帆船を破壊していく。胴体部にはドアガンが設置され、汎用機関銃により徹底的な掃射が行われる。
「し、死にたく―ぎゃあああ!」
「こっちに来るなぁぁぁぁぁ…!」
「腕、俺の腕が…!」
空から降りかかる機関砲やロケット弾により、帝国軍の兵士達はまるで蟻の行列が人間に踏み潰されるように蹂躙されていく。その残虐な様相はまさしく地獄と呼ぶ意外に相応しい表現があろうか。そして攻撃は、基地司令部にも及んだ。
そうして厄介であろう敵を排除した後、〈ファザーン〉の胴体内キャビンより十数人の兵士が降下。港湾施設へと向かい、空いている埠頭を見つけ出す。石造りの埠頭はかなり多く、そこならば車両を直接降ろす事も可能だからだ。
斯くして、海軍第1艦隊は現地の艦隊戦力を殲滅し、ポルト・ワイトを占領。決戦の第一段階を終えたのである。
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