第14話 家族
王都までは、途中何度か休憩を挟んで四時間ほどの飛行でたどり着いた。
オリビアが王都から公爵領に向かうときは二週間かかっていたことを考えると驚異的な速度だ。
「休憩の度に魔獣たちに回復魔法を掛けてくれたからな。オリビアのお陰だ」
ルーカスが柔らかく微笑み、それに、と付け加える。
「空には障害物がないからな。今回は良い風が吹いてくれたのも良かった」
「頑張ってくれてありがとう」
いくらルーカスが率いる騎士団とはいえ、王都の中に魔獣を入れることは容易ではない。他のメンバーを残し、ルーカスとオリビアだけがグリフォンに乗って王城へと向かった。
グリフォン――というよりもルーカス用だろう、王城の上部に設けられたテラスに着地する。
グリフォンが着陸できるように設計されたらしいそこには、簡易の厩舎があり、水や飼葉までもが用意されていた。
「い、イグニス公爵閣下!」
「急にすまんな。父上と兄上に目通り願いたい」
「畏まりました! 今すぐに!」
衛兵が脱兎のごとく駆け出してから10分もしないうちに、ルーカスによく似た美丈夫が現れた。
ヴァンネルガル王国の王太子にしてルーカスの異母兄、エドワードだ。
「よく帰ったな、ルゥ」
「もうルゥはやめてください。兄上こそご健勝で何より」
「……弟が冷たい」
ルーカスよりも砕けた性格をしているらしいエドワードはそう言っておどけると、オリビアに視線を移した。
にこやかに微笑むと、おもむろに膝をつく。
「なっ!? お、王太子様が何を!?」
「式典で何度か顔を合わせてはいるが改めて挨拶させていただく、オリビア嬢。聖女として国に尽くしてくれたそなたを守れなかったことを詫びさせていただきたい」
「い、良いです! 大丈夫です!」
「そうはいかないだろう。聖女になるための努力は並大抵のものではなかったはずだ……それをこんな下らぬ政争などに……」
「私は今幸せです! ですからお立ち下さい!」
さすがに王太子を跪かせたままでいることもできずに慌てていると、エドワードはルーカスそっくりの笑みを向けた。
「……それならば、今は退こう。何か望みがあればいつでも言ってくれ。王太子の進退を賭けて叶えてみせる」
(おっ、重たすぎる……! 下手なこと言えないじゃない!)
どうやら重たくなりがちなのは兄弟そろってのことらしい。
オリビアが嫌な汗を掻き始めたところでルーカスが助け舟を出してくれた。
「……兄上。オリビアを父上にも見せびらかしたい」
「はははっ。良いな、それ。謁見の間で待っているからすぐに行こう」
オリビアの手を取ったルーカスが向かった先は、この国の重要人物や他国の使者を歓待するために使う広間だった。
最奥の玉座には厳めしい表情の中年男性が座っている。
国王陛下――この国のトップにしてルーカスとエドワードの父だった。儀式で何度か顔を合わせたことがあるとはいえ、相手は来賓でしかなかったので実際に話すのは初めてだった。
「よく来てくれた、聖女よ……家族になるのだろう? 堅苦しいのは抜きにして、このおいぼれにも顔を見せてくれ」
「ご
「ああ、そういうのは良い。気軽にパパと呼んでくれ」
「パッ、……えっ?」
「わしの子供は息子ばかりでな。娘を甘やかすのが夢だったのだ」
「そ……れは、ありがとう、ございます」
その顔で、と口走りそうになり、何とか飲み込む。いくら無礼講を許されているとはいえ、不敬すぎる。
国を治める肩書や厳めしい見た目と本人の希望とのギャップにオリビアが動揺していると、横にいたルーカスがこらえきれずに噴き出した。
国王の近くに座っていたエドワードも我慢の限界が訪れたのか、腹を抱えて笑っている。
「父上は見た目が怖すぎるせいで誤解されがちだが、なかなかに良い性格をしているんだ」
「動物にも怖がられるからな。ルゥのグリフォンを撫でようとして休日を一日潰したこともあったか」
「……わしとて人の子。可愛いものを愛でたい気持ちがあるのはおかしくなかろう」
ややふてくされたような国王の言葉。
ルーカスとエドワードは笑っていたが、オリビアには身に染みるほど
「ええ、分かりますよ! ふわふわの羽毛にさらさらの毛! 撫でた時はもちろん、顔を
「……! 分かってくれるのか……!」
「分かりますとも! もちろん蛇とかトカゲの冷たくてつるんとした鱗系も夏は最高ですし冬だって気合を入れたいときは首元をするるって動いてもらえれば元気100倍ですよね!」
「うらやましい限りじゃ……! わしは妙な威圧感を放っていて近づいただけで逃げられる。無理に撫でれば暴れてしまう者すらおる」
「あきらめないでください! あの仔たちもきっと陛下の真心を分かってくれます! まずは目の開いていない仔猫や仔犬から始めてみてはいかがでしょうか。あるいは魔獣を卵から
「ああ。そうだな……父上が視察に来てくれるなら騎士団としても箔がつくし、私も嬉しい」
「ほら、決まりです! それに騎士団の仔たちはみんなすっごくいい子ですよ! 照れ屋さんなので最初は私も避けられたりしましたけど、今じゃ当たり前のようにブラッシングもさせてくれますもん!」
そして国王はといえば——
「……くっ……ぐすっ……良い娘をもってわしは幸せだの」
感動して泣いていた。
ルーカスとエドワードが若干引いているが、オリビアは満足げに頷いていた。
もふもふを求める者、それすなわち同志なのだ。
「……済まなかった。感極まってしまってな。適当なタイミングで王位をエドに譲り、わしは
「待ってください父上!? 今まで私が何を言っても頷かなかったのにこのタイミングで王位の交代ですか!?」
「ははは。王位欲しがってたし嬉しいじゃろ? わしももふもふできそうで嬉しい」
「適当すぎるだろバカ親父!?」
エドワードがギャイギャイと噛みつくが、さすがに長年に渡って国を治めていただけあり、国王は一切動じることなくかわしきった。
時に建前を、時に本音を……そしてエドワードに実利を示しながら説得してしまった。
(……私の目の前で王位継承の交渉が始まったんだけど……)
自らが引き金となったのだが、オリビアもまさか勢いで王位を交代させることになるとは思っておらず若干引いていた。
ルーカスも
「……にぎやかな家族だろ?」
「ええ、とても」
「王族とは思えないくらいに」
「それはコメントしづらいわね」
「大丈夫。君もその一員になるんだから」
「なんか変な含みがない?」
咎めるような視線を向けながらも、オリビアは笑みを隠すことが出来なかった。
(何か温かい。この人たちとなら、うまくやっていけそう)
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