【完結】冤罪で追放された聖女、嫁入り先で魔獣を可愛がりまくって超絶強化、最強の魔獣騎士団にしてしまう。飼育員になれればそれで良かったのになぜか溺愛されています。

吉武 止少

第1話 こうしてオリビアは聖女を辞めた


 その日、大聖堂には多くの人が押しかけていた。 

神聖な儀式を行うヴァンネルガル王国の大聖堂。本来ならば静謐な空気に包まれているはずの空間は、さざ波のような囁き声に満たされている。


 儀式の主役である聖女オリビアは中央に敷かれたカーペットをゆっくりと歩いていた。四季折々の花を編んで作られた冠に、銀糸に縁どられた白のローブは聖女の正装だ。


 肩甲骨の辺りまで伸ばされた絹のような金髪、やや幼さが残るものの整った鼻梁びりょう

 大きくくりっとした黒目には、活力を感じさせる光が宿っていた。


 オリビアの歩みに合わせて頭上の花冠が静かに揺れる。

 永久とこしえ花冠はなかんむりと呼ばれるそれは、初代聖女の祝福を得て数百年前から咲き続ける聖女の象徴だ。


 誰とも目を合わせずに教皇の待つ祭壇へと向かうオリビアだが、儀式に参列している貴族たちの囁く声が嫌でも耳に入ってしまう。


「偽聖女だった、って?」

「そういう噂だよ」

「ふん。永久とこしえ花冠はなかんむりが枯れなければいいがな」


(聖女試験の最終科目は花冠を被ることなんだから、現役の私が被れないはずないでしょ!)


 こころの中で目いっぱい罵倒するオリビアだが、さすがに退を自分でぶち壊したいとは思えないので表情に出すのは我慢していた。

 口元がぴくり、と動くが穏やかな笑みを浮かべたまま歩き続ける。 


「獣人を厚遇しすぎて神から見放されてなければ良いが」

「あり得るな。専属の侍女も獣人を指名したんだろう?」

「それどころか、教会に来たけが人も貴族より獣人を優先してたって話じゃないか」


(お酒の飲みすぎで痛風つうふうになった人より、魔獣に噛まれて腕が取れかけた獣人を優先するのは当たり前のことよ!)


 好奇と嘲りの入り混じった視線がオリビアの肌にチクチクと刺さる。中でも一番強烈なのは、でっぷりと太った50絡みの中年男性からのものだった。

 豪華な法衣にごつごつした宝石つきの指輪を手指に嵌めた姿はとてもじゃないが聖職者にはみえないが、教皇の次に発言力を持つ枢機卿すうききょうだ。


(イーノック枢機卿すうききょう……!)


 オリビアに向けた脂っこい笑みは、オリビアの退任を心から喜んでいるようだった。

 それもそのはず、イーノックはオリビアを退任に追い込んだ張本人だ。

 本来は中立なはずの教会において獣人差別主義者たちを後援につけることで出世した人物であり、他にも黒い噂が絶えない男だった。


「ケダモノをひいきする聖女がようやく消える……これもイーノック枢機卿の尽力のお陰ですな」

「ははは。私は神の御導きに従ったまでですよ」

(獣人を差別するのが神の導き? この国は神獣フェンリル様と初代聖女様が興したっていうのに、何を馬鹿な事言ってるのかしら)


 国から出てけよ、と叫びそうになるのを必死に堪えてオリビアは歩みを進めた。


「イーノック殿が教皇の座に就いて下さればこの国から薄汚い獣人ども撲滅できるかもしれませんな」

「ぜひとも支援させていただきますぞ」

「ありがたいことですな!」

の方も手伝わせていただきます」


 欲にまみれた会話を無理やり頭から追い出してオリビアは不自然ではない程度に歩く速度を速めた。

 一刻も早くこの場から離れたかった。


「実際、王都のスラムからは獣人が減っているとか」

「獣は勘が鋭いものです。ひいきしてくれる偽聖女がいなくなることを感知していたのかもしれません」

(……スラムとはいえ王都なのよ。人が消えたって大事件じゃないの)


 獣人達がスラムから姿を消したという噂はオリビアの耳にも入っていた。


(暮らしにくくて王都を離れただけならばまだ良いんだけど)


 一応は、教会子飼いの聖堂騎士団に調査を依頼した。結果はオリビアの想像通り『王都では碌な仕事が無かったため地方に移動した』というものだったが、依頼から報告までが妙に早かったのが引っかかっている。


(私を安心させるために嘘をついていたり、居なくなったのが獣人だからって適当なことをしてる可能性もゼロではないのよねぇ)


 教会は本来ならば中立だが、イーノック枢機卿のようにどこかの勢力に通じている人間がたくさんいるのが現状だった。


(……あー、やめやめ。考えても答えなんてでないもの!)


 心の中で溜息を吐きながら歩き続け、オリビアはようやく祭壇にたどり着いた。たった数十メートルを歩くだけなのに、人生でトップテンに入る苦痛だった。

 そこで待っていたのは好々爺といった雰囲気の男性――教皇だ。


「第77代聖女、オリビアよ」

「はい」

「本日、いまこの時をもってそなたの任を解く。今までの働き、ご苦労だった」

「神の御心に従っただけです」


 すでに何度も打ち合わせされたやり取りだ。

 永久とこしえ花冠はなかんむりを外し、教皇へと差し出したところで大聖堂に鐘の音が鳴った。

 精緻な神獣フェンリルの彫刻がなされた大鐘楼が打ち鳴らされたのだ。高いような、低いような、複雑な音が反響し、狼の遠吠えのような響きが王都中に響き渡る。


「乙女、オリビアよ。聖女を辞したそなたはこの先、どうするのだ?」

「私をめとって下さるという方がいらっしゃいましたので、そちらでお世話になろうと思います」


 嘘だ。実際には教会から打診し、交渉を纏めてとつげるようにしているだけである。

 獣人差別主義者によって引きずり降ろされたオリビアだが、真面目に聖女の職務をこなしていたこともあり、差別しない者たちからの支持は厚い。


(政争には負けちゃったけど『せめて少しでも恩返しを』って、私の希望を聞いて交渉してくれたのよね)


 聖女が自ら求婚したとなれば教会の威信に傷がつく。

 だから話を先に通しておき、こうして儀式の中で『相手から求婚された』と儀式の中で宣言する必要があるのだ。


「なるほど。そなたの素晴らしさを理解した御仁ごじんの名は?」

「イグニス公爵家のルーカス様です」


 オリビアの言葉に大聖堂が震えるほどざわめいた。


「あの魔獣騎士団の公爵か!」

「ふん、ケダモノ好き同士ならお似合いだな」

鷹獅子グリフォン騎士団……逆らうと魔獣に頭から食われると噂の」

「そんな、ルーカス様が偽聖女なんかと……!」

「危険すぎて貴族が応募してこないから平民を団員にしてるって聞いたぞ」

「ルーカス様!? こんな偽聖女のどこが良いって言うのよ!」

「女嫌いだって噂だ。すぐ破談するだろうな」


 貴族たちの好き勝手な呟きをとがめるように大鐘楼だいしょうろうが打ち鳴らされる。空気が変わった隙を見逃さず、教皇が大きく手を広げた。


「敬虔なる信徒にして、聖女として多くの民草の心に安寧をもたらしたオリビアの新しい人生に祝福を!」


 教皇の言葉に応じて形ばかりの拍手が上がる。

 その音に紛れるように、教皇がお茶目なウインクをした。


「不安そうにせんで良い。ここだけの話、わしが縁談を持っていく前にそなたを娶りたいとイグニス公爵から打診があったのじゃ」

「は、はぁ……」

「信じられんか? まぁ本人に会えば分かるじゃろ。教会に尽くしてくれたそなたに、輝かしい結婚生活があることを祈っておるぞ」


 変な噂を流され、聖女を半ば強制的に引退させられた人間をわざわざ娶りたいと思う者がいるはずもない。

 ましてや、相手は女嫌いで有名なイグニス公爵である。


(これもきっと嘘ね……私を傷つけないための)


 オリビアは力なく微笑んだ。


 ——こうしてオリビアは聖女としての役割を終えた。


***


「お疲れさまでしたお嬢様」

「ええ、もう本当に疲れたわ。何なのよあのバカ貴族共は!」

「”何なのよ”は正直私がお嬢様にお伝えしたいセリフなんですけれど」


 聖女に割り当てられた部屋。

 すでにがらんどうになったそこで、オリビアは自らの専属侍女――大きなキツネ耳に鋭い視線の獣人――リズの背後でひざまずいていた。

 祈っているわけでもなければ、何かを謝っているわけでもない。


「私は何もおかしなことなんてしてないわよ? ああああああ最っっっ高!」

「十分おかしいので自覚してください」

「おかしくない! こんなつやつやでふさふさの尻尾がふりふりされてたらもふもふするのが礼儀ってもんでしょ!?」

「どこの国の礼儀ですか。獣人の尻尾は心を許した人にしか触らせません」

「つまりリズならオッケー!?」

「……まぁ命の恩人ですし、雇用契約の時にも説明されているので、私にが見つかるまでなら良いですけど」


 リズの尻尾に顔を埋めて頬ずりしながら深呼吸を繰り返すオリビア。その表情は恋する乙女と見間違えるほどの笑顔と喜びに満ちていた。


 何を隠そうオリビアは極度のもふもふ好きだ。


「もふもふに触ると痒くなるとかっていう両親のせいで獣人はおろか魔獣も! 動物も! ありとあらゆるもふもふを禁止されてた私の気持ちにもなってよ!」

「それ、アレルギーなのでは……?」

「猛勉強に血のにじむような魔法の訓練……ようやく聖女になって合法的に獣人をもふり放題になったのに今度は差別主義者たちが邪魔してくるなんて!」

「獣人を優遇しすぎなんですよ」

「太りすぎで歩いてるだけで膝が痛いって叫ぶ貴族より、一生懸命働いてケガした獣人を優先するのは当たり前でしょ! ダイエットしてから出直してきなさいっての」


 聖女とは思えない本音をぶちまけるオリビアだが、すでに慣れたものなのでリズは無表情のまま無視する。……若干、遠い目をしていたが。


「まぁ聖女をクビになっても次があるから良いじゃないですか」

「クビじゃなくて退任! 強制だったけど!」

「それをクビと言うんです……にしても、前代未聞ですよ」

「すーはー、くんくんっ!」

「聞けよ馬鹿聖女」

「もう私は聖女じゃないわ!」

「馬鹿は否定しないんですか……」

「それで、何が前代未聞なの?」

「飼育している魔獣をもふるためだけに嫁ぎ先を決める人がですよ! 聖女を務めた人間は王族だって逆指名できるんですよ!?」

「無理無理。差別主義者が偽者って噂流したせいで私の評判悪いし、今の王太子さまは隣国の姫と結ばれるまでにあつ~いロマンスを繰り広げたって歌劇や絵本にまでなってるじゃない」

「ですが、よりにもよってイグニス公爵家なんて!」


 リズが振り返ったことで尻尾がオリビアの手から逃げる。

 あ、と小さく声を漏らすオリビアだが、無表情ながらリズの目が真剣であることに気づいて尻尾を追うのを我慢した。


「イグニス公爵って誰とも結婚しないって話でしょ? 私が偽者だから、とかそんな噂があってもなくても結婚はどうせ無理だろうし、フラれるにしても気楽だわ」

教皇猊下きょうこうげいかは良い返事をもらってきてるじゃないですか」

「どうせポーズよポーズ。破談になフラれるか白い結婚とか言い出すに決まってるし夫人なんて無理だから飼育員として雇ってもらえれば十分よ」

「……私はお嬢様に幸せになっていただきたいです」

「もふもふがあれば幸せよ! さぁ尻尾を出して! 外では好き勝手もふれないし、ここでモフモフニウムをたくさん摂取しないと!」


 どこまでももふもふ第一主義な主人に、リズは大きな溜息を吐いた。



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