第32話 電車内のガールズトーク(羽菜side)
「今日はありがとうございました。また明日、学校で」
「ほななぁ、水野くん!」
駅の改札前で、
「今日はうちの買い物に付き合ってくれておおきに!」
「いえ、こちらこそ、誘っていただいてありがとうございます」
小さくお辞儀をすると、雅は「そんなかしこまらんといて~」と両手を振りながら笑っていた。
ここ最近、雅は学校でもよく話しかけに来てくれる。最初は驚いたけど、彼女はとても話しやすいタイプで、すぐに打ち解けられた。買い物に誘ってくれたことも凄く嬉しかった。彼女となら、友達になれそうな気がする。
ホームで並んで立っていると、すぐに電車がやって来る。帰宅ラッシュの前だったこともあり、電車内は比較的空いていた。羽菜と雅は並んで座席に座る。
電車が発車してぼんやり景色を眺めていると、はんなりとした口調で話を切り出された。
「それにしても、水野くんと羽菜ちゃんは仲ええなぁ」
「そうですね。綾斗くんにはいつも仲良くしてもらっています。一緒にお昼を食べたり、放課後にお勉強をしたり」
ハグとものことまでは伝えるつもりはない。二人だけの秘密とルールを定めたから。
「それだけなん?」
「どういうことです?」
「二人はお似合いやから、付き合っててもおかしくないなぁって」
そこまで言われれば、雅が何を聞きたいのかが分かった。
「綾斗くんとは、お友達ですよ。付き合っているわけではありません」
「それは、今はって意味なん?」
「どういうことです?」
言っている意味が分からず尋ねると、雅は一瞬だけ考えるように押し黙った後、言葉を続けた。
「羽菜ちゃんは、水野くんのことを好きやないん?」
「好きですよ?」
その質問には、迷うことなく即答できた。疑いようもなく事実だから。一番辛い時に寄り添ってくれたのだから当然だ。だけどその答えは、余計に雅を困惑させる材料になったようで、
「ほ、ほんなら、付き合いたいとか思わへんの?」
彼女の言っている「付き合う」が恋人になるという意味なら、答えはもう出ている。
「付き合いたいとは思いませんね」
率直に答えると、雅はぽかんと口を開けていた。まるで不思議な生き物でも見るような反応だ。雅は頭を抱えながら首を左右に振る。
「ええっと、いったん整理するな。羽菜ちゃんと水野くんは、お友達やんな?」
「はい」
「羽菜ちゃんは水野くんのことが好き」
「好きですね」
「でも水野くんとは付き合うつもりはない」
「はい」
「……ようわからへんなぁ」
確かに矛盾している話だろう。だけどこれには自分なりの理屈があった。
「恋人になると、いつかお別れが来てしまうかもしれないので」
「お別れ?」
雅はきょとんとした瞳で言葉を繰り返す。この話を誰かにするのは初めてだ。だけど彼女なら受け止めてくれるような気がした。
「恋愛は難しいです。好き同士で付き合っても、ちょっとしたすれ違いから駄目になってしまうこともあります」
好きな人と付き合っても、それは決してゴールではない。ただのピークなんだと思う。
想いが通じ合って結ばれる瞬間は、恋心が最高潮に盛り上がる。そしてピークが過ぎれば、ゆっくりと熱は冷めていく。やがては、恋心すら存在しなかったかのように、互いのことに無関心になるんだ。
自分の両親がまさにそんな感じだ。父親と母親は家族としての形を成しているが、基本的に互いに無関心だ。お互いやりがいのある仕事を持ち、それぞれの世界で生きている。その世界が共有されることも交わることもない。仮面夫婦というのは、まさに二人のことを指すものだと思っている。
もしも、綾斗と想いが通じ合ったとして、その先に待っているのが冷え切った関係なら、最初からそんな物は欲しくない。友達として傍に居られれば十分だ。友達だったら、感情が大きく揺れ動くことなく、穏やかな気持ちで隣にいられるから。
「私は綾斗くんが好きです。だからこそ、お友達のままでいたいんです」
「今の関係を崩したくないってことなん?」
「そうですね」
「なるほど……そんな考え方もあるんやなぁ」
こちらの考えを受け止めて、理解を示そうとしてくれている。そんなのおかしい、と否定されなくて良かった。やっぱり彼女は、優しい人だ。
電車は速度を落とし、駅に近付く。車内アナウンスと車輪の音が聞こえる傍ら、雅の小さな声も聞こえてきた。
「うちもいつか、
その言葉を聞いて、彼女を傷つけてしまったことに気付いた。こんな話は、彼氏持ちの人にすることじゃない。だけど、今更撤回したところで彼女の傷は癒えないような気がした。
「やっぱり、恋愛は難しいですね……」
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