第11話 俺は狙われる

 独特の緊張感が教室内の空気を支配していく。

 クラスメイトからの視線が途端に鋭く突き刺さってきた、そんな気がした。


「アイツって、昨日から来たヤツだよな? えっと名前は……螺無田らむだ、とかだっけ?」


京石きょうごくの前に席替えしたってことは、昨日の巣戦そうせんはあの二人が……。マジか、義肢持ち初めてなのに勝ったのかよ!?」


 ヤバい、思ったより意識されているな。まさか巣戦の有無や勝敗が、間接的に可視化される仕組みだとは……。高世こうせいの言っていた『席順』は、こうやってリアルタイムで変動していくのか。


「これは確かに忙しくなるな。そして一戦も落とせない」


 そう高世に耳打ちで返答する。

 『追う者』から『追われる者』になったのだ、当然狙われることになる。特に昨日までに、高世と俺の間の席に座っていた数名。今日の放課後にでも、あの層から誰かしらが巣戦を組んでくるだろう。

 そして俺がやるべきことは組んできたソイツと対峙し、勝つことだけ。


 その単純ゆえに難しいミッションから逃げないという意思表示として、俺は高世の前の席に鎮座した。


「まあまあ。翔平しょうへいはまだその辺のことには慣れてねぇんだから。そうお前らも焦んなって! おれたちは巣戦ではライバルだけど、その前に同じクラスメイトだ。仲良くいこうぜ?」


 高世は胸に手を当てて全員にそう語りかける。せめて上辺だけでも、という言葉を抑え込んでいるようで、こちらまで胸が痛くなった。さらしのせいかもしれない。


 ――昼休み、昨日と同じく高世とご飯。俺が後ろを向くことで、わざわざ席をくっつけなくてよくなった。


「朝のことは気にしないでいいからな」


「まあいずれこうなるとは思ってたよ。予想よりかなり早かったけど」


 話題に上るのはやはり巣戦について。

 京石高世が負けた、しかも昨日編入したばかりの義肢持ちに。十分すぎるインパクトだ。そして注目の的が俺に向いている今、危機的状況をどう切り抜けるか、という作戦会議。

 二人だからこそできる話でもある。


「そういえば巣戦って、一日に一戦だけなんだよな。俺だけたくさん戦うことになりそうだけど、それでいいのかな? 他の人も戦いたいんじゃない?」


「別にそういうわけじゃないんだよな。九家きゅうけや九家並みに強いヤツは、巣戦拠そうせんきょで一気に捲れるだろうからな。実力者を倒せば、ソイツ以下は


「ふーん。どうせ勝てるから、ちまちまやんないってことか」


 家畜を太らせてから食べるように、巣戦で勝利を積み重ねてきた生徒を上から叩き潰す。それだけ強力な力と、膨大なイメージを携えているということだ。

 力同士の相性にもよるが、実力者が台頭している時点で、。ましてや俺のような義肢持ちが……『下克上』だなんて簡単に言える話ではない。


「まあ巣戦拠のことは巣戦拠の時に考えるよ。今はただ、目の前に来る一戦一戦をしっかりと勝っていくしかない。作戦は『勝つ』だ」


「だな。おれにできることがあれば何でも言ってくれよ」


「……ああ、ありがとう」


 目指すべき方向は決まった。未熟な俺を後押しするかのように、予鈴が鳴り響いた。


「いや、短パンに義足ってヤバいな。合わねー……」


 昼からの授業は三限ともぶっ通しで体育だった。いわゆる体力テストというヤツである。

 握力、上体起こし、五十メートル走、シャトルランなどなど……。なんで一日で全て制覇しなきゃならないんだ。


「螺無田、意外と体力ないっぽいな……」


「特に握力だな。二十四キロって、女子並みじゃないか」


「京石氏は油断して負けただけにすぎない、と! ならば、拙者が行くでござりましょうかねぇ!」


 辺りを見回すと、俺の記録を細かく分析する生徒がちらほらといた。悪い意味で注目されてるなぁ。なんか侍口調のヤツまでいるし。

 きっと巣戦に向けて弱点を探しているんだろう。というか『女子並みじゃないか』ってなんだよ! 正解だよ!

 中学の時にバスケをやっていたから、反復横跳びとシャトルランだけは他の男子と遜色ない記録が出せたけど……。頼む、どうか義足込みのものとして判断してくれ! 握力はもう諦めよう……。


「ら~むだちゃんっ。その脚で体力テストって、案外イケるもんなの~?」


 甲高くも芯のある声がこちらに問いかけてくる。少なくとも高世のそれではない。彼が女声が得意だったのなら別だけど。


「ひゃあっ!? だ、誰……!?」


 おそるおそる振り返ると、そこに立っていたのはなんとも奇抜な格好をした女子……と言いたいところだが、絶妙に断定しづらいラインだ。長いこと女子をやっているからしても難問である。

 ピンク寄りの赤いサイドテールは腰回りまで伸びており、それとは対照的な太い黒縁の眼鏡をかけていた。黄色に輝く目がこれまた映えている。なんか、見ていて目がチカチカする。


「いや、クラスメイト相手に誰はないでしょ~! 『花咲く』の『咲』に『羅生門』で咲羅さくら、ね。覚えた? 覚えたなら気軽に『レイン』って呼んでいいからね~! そんじゃ!」


「……はぁ?」


 見た目も言動も個性が強すぎて、逆に謎が深まるばかりだ。とりあえず二年二組のクラスメイトらしい。あんな人いたのか……。

 『咲羅』っていうのは本名なんだろうけど、それを覚えた途端に『レイン』なんていう新しい呼び方を覚えさせてきた。こういうことはあまり言っちゃいけないとは思うけど、あの人はどこかイっちゃってると思う。


 何より怖いのは、同じクラスゆえに一方的に名前を知られていることなんだけど……。

 ねぇ、また『その日の放課後に勝負!』なんてことになったりしない……?

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