春のせい

夏目

第1話

「ずっと好きだったんだよなあ。」


不意の言葉に心臓が跳ねる。私にかけられるはずのない言葉なのに反応してしまった自分が恥ずかしくて、その動揺がバレていないかと綺麗な彼の横顔を盗み見た。


「でもさ、なんか、恥ずくて。」


彼は特に何かを気にした様子もなく、そう呟いて真剣な顔で手元のカメラを見つめる。彼の手に握られているのは年季の入った一眼レフカメラで、何度もファインダーを除きながらピントを合わせていた。


「何が恥ずかったの?」

「なんかカメラブームみたいのあったじゃん、それに乗っかってるみたいで嫌だったんだよね。」

「ふーん。」

「だからあんまみんなの前でカメラ好きとか言えなくて。兄貴のお古で型も古かったし。」


カシャ、となんだか少し絡まったようなシャッター音がする。まだ肌寒い春の日の朝に、私たちは公園にいた。花粉症なのか彼は小さく鼻を啜っている。秋にしか花粉に苦しめられない私にとっては今日の気候はとても心地よくて、柔らかい春の日差しに照らされた世界はなんだか天国のようだ。少し、ふわふわする。


「ていうか悪かったな、急に。」

「別に。」

「やっぱカメラっていったら1番に思い浮かんじゃって。昔もよく写真撮ってくれてたじゃん。部活のとか。」


まあね、と小さく呟く。私と彼は高校のクラスメイトで、昔からカメラが好きだった私は学校でもよくシャッターをきっていた。特に多かったのがサッカーの試合だ。別にサッカーは好きじゃないけど、正直人を撮ることよりも風景を撮る事の方が好きだけど、でもよく、撮っていた。


「どうなの?いい写真は撮れそう?」

「うーん、正直苦戦中。」

「そっか。まあいいじゃん別に、当日は基本的に私が撮るんだし。」

「いやー、まあ、そうなんだけどさ。」


ポリポリ、と頭を書きながら彼は少し照れたように笑う。その表情でもう彼の口から出る言葉にダメージを受けることが分かって、サッと身構えた。


「撮ってあげたいんだよね。綺麗に。」


私に背を向けてファインダーを覗いたまま、彼は言葉を続ける。


「大好きなカメラで、大好きな人を残せたらさ、なんて、ね。・・・うわ。きもいこと言ってるね、忘れて。」


首を振って恥ずかしそうに笑ったその拍子に、彼の柔らかい髪が揺れた。陽の光に透かされたその後ろ姿があまりにも綺麗で、思わずカメラを構えた。振り向かないで欲しかった。私のレンズに映る彼はいつだって後ろ姿だ。でもそれでいい、それがいい。


シャッターに指をかける。

息を大きく吸い込んで、言えなかった言葉を、いま。


さん、にー、いち


「結婚おめでとう。」


カシャ、と軽い音がした。シャッター音で振り返ってしまった彼を私はファインダー越しに見ていた。


この1枚で置いていく。大好きなカメラで残した大好きな人を、この時間が続けば良いなんて思ってしまう情けないわたしを、置いていく。


こぼれた水滴は、そうだそうだ、春のせいだ。

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春のせい 夏目 @natsu_haru

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