2-2

 その声はとつぜん背後から聞こえてきた。足音が全く聞こえず慌てて振り返ると、そこには変装姿のヘデラが立っていた。


「ど、どうしてヘデ……っ」


 ヘデラの正体を自分は知らないことになっている。あやうく名前を口にしそうになったダリアは、慌てて言葉をみ込んだ。


(あっぶねえ……! 変装姿を見てヘデラだってわかる人間なんてそうそういねえよな)


 ゲーム知識がなければ、ダリアも彼がヘデラだと気づくことはなかっただろう。


は、もう大丈夫なのですか?」


 どうよう|をさとられないようにダリアはそうたずねた。


「まだ全快ではないけれど、つうに動く分には大丈夫だよ」

(普通に動けるなら早く帰れよ! 今、国中でヘデラの失踪が話題になってんだぞ?)


 平気そうなヘデラを見て色々とみたいところだったが、下手にげんきゅうして目をつけられても困る。「良かったです」とお茶をにごして会話を終わらせた。


「では、わた……僕はこれで……」


 実家の暗殺かんについて聞いてしまった後だ。余計に彼と関わるべきではないと思ったダリアは、そそくさとその場を去ろうとした。


女性が、、、剣の練習をしているなんて、不思議だね」


 その言葉にダリアはピタッと足を止める。あっさりと男装を見破ったヘデラに、ダリアはゆっくり振り返ってするどい視線を向けた。


「この国では、女性はしゅくじょらしくあるべきだ」

「……」


 ヘデラはうっすらとみを浮かべていて、ダリアを馬鹿にしているようなふんが感じられる。ここはスルーして立ち去るのが身のためだとわかっていても、聞き捨てならない

 セリフにダリアは反射で言葉を返した。


「どうして剣を持つのが男だと決めつけられているのですか? 女であろうと実力があれば関係ないのでは? 国にこうけんするのは男だけではありません」

「この国で優位なのはいつだって男なんだよ。権力者は全員男。まさか君、にでもなるつもり?」

「そんな決まり、私がくつがえしてみせます。女だろうと騎士になって証明してやる!」


 ダリアが断言すると、ヘデラはふっと笑みをもらし、帯刀していた剣をすらりと抜く。


「その心意気、俺の忘れられない人に似ているな。君がその気なら、俺も手伝うよ」


 まるでみするような表情で向けられた切っ先だったが、ダリアは別の意味で食いついた。


「本当ですか!?」

「え?」


 ダリアのうれしそうな顔に、ヘデラはきょとんとした顔をする。


「……あ、いえっ、結構です!」


 ひとりで素振りをしていても手ごたえがない。そう思っていた矢先に相手をしてもらえると聞いてつい飛びついてしまったが、すぐさま我に返る。


(相手がヘデラじゃなかったら喜んでお願いしたのに!)


 ヘデラはそんなダリアの様子にふっと笑みを浮かべると、事情を察したようにつのる。


「どうして? こんなところで男のかっこうまでしてひとりで練習していたんだ。本気で騎士になるつもりなんだろう? 君にとっても願ったり叶ったりな提案なはずだ」

「それはもちろん……だけど、そもそもぼ……私、貴方あなたのこと知りませんし」

「ああ、そうか。まだ名乗っていなかったな。今は変装しているけれど、俺はこの国の第一皇子、ヘデラ・グラディーだ」

(はい、知ってますとも! できればだまっていてほしかったけど!)


ダリアはここで自分も名乗るべきとはわかっていてもちゅうちょしてしまう。


「えっと……私は……その」

ぼうからのぞいている銀色のかみ、ルビーのような赤いひとみ


 ヘデラはダリアに近づき、すっと手をばす。かぶっていた帽子を取られ、まとめていた髪がはらりと落ちる。

 ダリアの長いぎんぱつが、夜空にかがやきを放つかのようにきらめく。満足そうにヘデラは笑みを浮かべた。


「とてもれいだ」


あまりにもストレートな言葉に、不覚にもダリアは照れてしまう。


(そりゃダリアが美人なのは知ってっけど……こんなイケメン皇子にド直球でめられたらずかしいに決まってる!)

「ダリア・アグネスじょう。俺を助けてくれて感謝する」

「……えっ」


 ダリアの顔からサーッと血の気が引く。ヘデラに名乗った覚えはなかったが、なぜかすでにじょうがバレていたようだ。


「な、にを……」


 ヘデラは驚きと混乱でしどろもどろになるダリアにさらに言葉を続けた。


「俺が忘れていると思った? 幼少期に一度、会ったことがあるのに」

「あっ幼少期……」


 一度だけおとずれたこうぐうのお茶会のことだ。あいさつわし、軽く話しただけだったが、ヘデラはしっかりその時のことを覚えていたようだ。


「失礼いたしました。まさか第一皇子殿下だったなんて……改めてご挨拶申し上げます。アグネス侯爵家長女のダリアです。ええ……と、それで、大変厚かましいお願いですけど、どうか今までのご無礼をお許しください」


 ダリアは開き直って謝罪した。できればすべてを水に流してこのまま立ち去ってほしいところだが……。


「もちろんだよ、君は命の恩人なのだから。もう一度会えて嬉しく思うよ。それで、けんじゅつをやりたいんだろう? 騎士になりたいって言ってたよね。なら、ひとりでやるよりふたりの方がよりじっせんてきだと思うな」

「それは……確かにすごくりょくてきなのですが……」


 ダリアはありがたい申し出に頭をなやませる。


「殿下は皇都に戻られなくて大丈夫なのですか? 失踪したという情報が国中に広がっているのに」

「数週間程度なら問題ないよ。おそわれた時に俺の側近も深手を負っていてね、その怪我のりょうもかねてここに残ることにしたんだ」

「そうだったのですね」


 その襲われた事件に侯爵家が関わっているかもしれないと思うと、ダリアは気まずくなった。しかし事情を知らないヘデラはなおもたたみかけてくる。


「君にとっても悪い話ではないはずだよ」


 ダリアの目下の目標は、一発合格で騎士団に入ることだ。あれこれ考えている場合ではない。かくを決めたダリアは、改めてヘデラの手を取った。


「ぜひ、よろしくお願いします」


 こうして、ヘデラの指導のもと、ダリアの剣術の訓練が始まった。まずはヘデラの実力を確かめようとかんめたダリアだが、勝敗はあっさりとついた。キインとかんだかい音がひびいたあと、気づけば手から剣が抜けたような、そんな感覚だった。


(負けた……のか? こんなにあっさり?)


 ぼうぜんくすダリアに、ヘデラは地面に落ちた剣を拾ってわたす。


「残念だけど、これが今の君の実力だよ」


 今までの努力はすべてだったとでも言うような、全否定的な言い方に腹が立ったダリアは、手渡された剣を持つ手に力を込める。


(なんかやさしい雰囲気かもし出してるけど、普通にウチをバカにした言い方だったよな)


 段々と怒りがいてきて、ダリアは感情のままにヘデラへといどむ。

 だが何度やっても結果は同じで、無駄のない動きとすきのないけんさばきを前に、ダリアはまったく歯が立たなかった。


「くっそ……負けた!」


 ついにダリアはその場にべたりと座り込む。

 令嬢らしからぬことづかいと体勢だったが、ダリアに気にするゆうはない。ヘデラはそんなダリアを見ても、顔をしかめるどころか優しく微笑ほほえんでいた。


「少しきゅうけいしようか」


 息ひとつ乱れていない姿を見ると、力の差は歴然。恋愛メインのゲームだったため剣術の見せ場などなかったが、ヘデラの実力は本物らしい。

 ふと、ダリアは疑問に思ってヘデラにたずねた。


「こんなに強いのに、どうしてあんなめいしょうを負わされたのですか?」


 数で襲われたらとうていかなわないだろうが、それでもヘデラの実力ならばあそこまで怪我を負うこともないように思えた。


「生きる気力のない人間はしかばねと同じだよ」


 ヘデラの答えになっていない返答にダリアは首をかしげる。


「えっと……それってどういう意」

「知らなくていいことだよ」


 それ以上語る気がなさそうなヘデラに、深く突っ込むべきではないと察したダリアは、「そうなのですね」と、その場を終わらせたのだった。


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