迫る決断、遮断される結末 その3
四階に上がれば、目的とする部屋が何処なのか、すぐに分かった。
エルサの読みが正しければ、そこを中心に魔物が広がっている筈で、そしてある一室の扉付近にベリトが複数姿を見せている。
食料などがあったからこそ、その匂いに釣られてやって来たのかもしれない。
そして今、既に食べる物もなくなった所為で、木の扉に齧り付いている有り様だった。
まだ距離は十分離れていたが、マコトの存在に目敏く気付いて、ベリトは一斉に顔を向ける。
見える範囲で数は十匹。つい先程までなら、竦んで逃げ出していてもおかしくない。
だが、階下の激戦を制したのだ。
マコトに疲労はあっても、ベリトがどれ程いようと全く相手にならない。
飛び掛かってきたベリトを手早く処理し、室内へと踏み込む。
簡単に確認した範囲に魔物は隠れておらず、まだ卵も植え付けられていなかった。
探している間に、壁際の昇降機が目に入る。
近付いてみると、やはり人が出入りできる様な大きさにはなっていないと分かった。
構造としては暖炉に近く、煙突の中を通っていく形を考えれば想像しやすい。
頭を昇降口に差し込み中を窺ってみると、内部には卵らしきものが張り付いているのが見えた。
即座に穴の奥、階下目掛けて【
目的地は一つ下の二階だが、どこに卵があるかは分からない。
降りてる最中に孵化して襲われない為にも、そして降りてるマコトに気付いた魔物が上がってくるのを阻止する為にも、有効な方法だった。
落ちて行った炎は、一番下まで落下すると火炎を巻き上げ、植え付けられていた卵に引火させながら敵の侵入を拒んでくれる。
魔物の悲鳴も聞こえて来て、突然の火の手に混乱する様子も伝わって来た。
今の混乱に乗じれば、二階への侵入は容易そうだ。
「――フッ!」
マコトは呼気と共に拳を振り抜き、レンガ造りの昇降口を破壊して間口を広げた。
そんな簡単に破壊できないと思っていたが、ガントレットが衝撃を完璧に抑え込んでくれたお陰で、難なくレンガを打ち砕いていく。
マコトは足から先に穴へ入り、そのまま肩と足を壁に押し付けながら、自重で引っ張られるままに落ちた。
落下速度は肩と足の突っ張り具合に任せ、適度に減速させながら二階に到着した。
しかし、そこで予想外の事態が起こった。
昇降口は鉄の扉で閉められていて、入り込めない。
マコトは迷う素振りで少しの間固まり、結局は乱暴に殴り付けて破壊を試みた。
一度の殴打で鉄板が圧し曲がるのを確認すると、続いて何発も殴り付け、最後には凹んだ鉄板を蹴り飛ばして入口を作り出した。
鉄板を殴り付けた音は小さくなく、吹き飛んで壁に当たった鉄板も、魔物の注意を引くには十分な音量だった。
幸運にもこの近くに魔物はいない様だが、駆け付けてくるのは時間の問題だ。
マコトは即座に昇降口を抜けて床へ降り立つと、出入り口の傍に身を寄せる。
そこから慎重に外を窺った。
「エルサが言うには、この部屋から出てすぐ裏手がバルコニーだっけか……」
今からでも真っ直ぐ向かいたい。
だが、魔物もまた、今こちらに向かって迫っている最中だろう。
下手をすると、大量の魔物を引き連れていく事になりかねない。
スタミナも十分と言えない今、三階と同じ大立ち回りは流石にできないだろう。
マコトは出入り口から覗かせていた顔を引っ込め、思案する様に腕を組んで首をひねる。
そして、唐突に懐を弄り出すと、見覚えのある一つの袋を取り出した。
それはシュティーナから受け取った、魔物を引き寄せる匂い袋だった。
――残っていた最後の一つだ。
惜しいと思う反面、死蔵していても意味がない。
この先でより有効な場面もあるかもしれないし、その時になって後悔するかもしれないが、この場面でも十分に有効だ。
それに、ケルス姫と顔を合わせ、一言交わして即別れる……それで終わるとは思えない。
短い話では済まないだろう。
それを思えば、ここで注意を引ける道具は十分以上に意味がある。
マコトは匂い袋を、中身を割らないように注意しながら遠くへ投げた。
袋は大きく放物線を描いて壁にぶつかり、殻が砕ける音を立てて、そのまま床に落ちていった。
袋には染みが出始めているので、きっと十分な誘引効果を発揮してくれるだろう。
「これで、よし……」
マコトは一つ頷き部屋を飛び出すと、バルコニーへと続く通路へ走り込んだ。
そうしながらも、魔物が何処から飛び出して来ても対処できるよう、注意深く観察しながら進む。
そうすると、自然に城の作りや外装にも目が行って、さすが本城と思える見栄えした装飾が随所に見られた。
しかし今は、魔物に引っ掻かれたり、擦り傷があったりで、その面影が垣間見えるだけだ。
どこも荒れ果てたもので、この城で見栄えする様な場所は、もう四階以外残されていないのかもしれなかった。
通路脇には、魔物に植え付けられた卵なども散見され、同時に魔物の気配も窺える。
それらを刺激しないよう注意し、発見されないように急ぐ。
だが、やはりどうしても見つけて来る魔物はいる。
せっかくの撒き餌が、無駄になるのは避けたい。
何より、ここで仲間を呼ばれて、次から次へと押し寄せられても困るのだ。
「シッ……!」
最小限の物音と、最小限の戦闘時間を目指し、剣を振るってその頭を落とす。
しかし、頭が落ちたからと安心できない、それが魔物という生態だ。
卵を体内に隠しているかどうか判別できない場合、燃やして処理するまでが討伐なのだ。
火の勢いも慎重に絞りながら、魔物を確実に焼却する。
焼かれた匂いで他の魔物を呼び込んでいない事を確認し、姿勢を低くしながら、再び裏バルコニーへと急ぐ。
正確な場所は、当然マコトも知らない。
だが、裏バルコニーというからには、正面入口と逆方向へ進めば辿り着けるのだろう。
そうして実際、進んだ先に大扉が見えて来た。
左右には長く続く通路が見え、人の姿は勿論、今は魔物の姿も確認できない。
締め切った扉に鍵は掛かっておらず、中からは押し殺した呼吸音だけが聞こえてきた。
隠しているつもりなのかもしれないが、極度の緊張から全てを隠せてはいない。
マコトは一度だけ、小さく深呼吸する。
それからレバー式のドアノブを握り、ゆっくりと下に降ろした。
音もなくスムーズに開いた扉の向こうで、まず目に入ったのは、魔法王国を象徴する巨大な結晶剣だった。
城の横幅、その約半分を締める巨大な結晶は、日が昇り始めた明かりを受けて、一層綺羅びやかに輝いている。
突き出したバルコニーは、その結晶剣に触れられそうなほど近い。
脈動する様に輝いていては、薄っすらと光の波が広がる様は、現実では見られないほど幻想的だ。
きっと、その膨大な魔力を外に発散しているから、起こる現象なのだろう。
結晶剣に込められた魔力量が膨大なのは、その波紋から想像できてしまう。
だが、今はそこに目を奪われている場合ではなかった。
感動を奥へ押し込み周囲を簡単に観察しても、バルコニーの中には誰の姿も見えなかった。
てっきり待ち構えているのだとばかり思っていたし、扉を開ければすぐ見つけられると思っていたのだが、予想は外れてしまった。
マコトは改めて視界を巡らし周囲を探る。
扉の両端には左右へ植木が並べられていて、これらは未だに魔物の餌食になっていなかった。
殺風景なバルコニーを、彩る景観として置かれていたのだろう。
人の身の丈を優に超える高さがあって、人が隠れるには十分な幅も持っている。
そして、どうやら押し殺した呼吸音も、そこから聞こえて来る様だ。
始めから姿を隠して待っていたのだと、ここでようやく悟る。
ケルス姫は直前まで、何かから逃げていた。
逃げ切ったつもりでも、別の魔物が入って来る可能性もある。
それを考えると、逃げ場のないバルコニーで、姿を晒して待つのは危険と判断したのだろう。
もしもの時に備えて、息を殺して隠れていたに違いなかった。
そして、その懸念は的中し、マコトの姿を認めるや否や、一つの人影が植木から現れた。
出てきた人影はたったの一人で、安堵に似た表情で息を吐いている。
彼女には護衛となる戦士が、少なくとも三人は居た筈だ。
扉の前、そして今もその姿が見えないというのなら、ここに辿り着く前にやられてしまったのだろう。
ケルス姫を逃がす為に犠牲となったのか、それとも――。
彼女は魔法を使おうと構えていた手を降ろし、優雅に見える足取りで前に出る。
東棟で目覚めてからというもの、長らく姿を見ていなかった。
着ているドレスは薄汚れ、スカートの裾も所々破れている。
髪型は乱れ、顔にも汚れや汗が付着していて酷いものだ。
しかし、それでも美貌に陰りはなく、目の前にいるのはケルス姫で間違いなかった。
どれほど薄汚れ、身なりが乱れていても、溢れ出る気品までは汚れていない。
その表情には僅かばかりの安堵以外に、これからの事を思う緊張が現れていた。
今までして来た妨害行動、それをマコトがどう思うか。
それに思いを巡らせているのかもしれない。
だが、妨害行動と一言に言っても、何を妨害と取るか、そこから考えないといけない。
最初マコトは、ドーガの内容から現状の危惧や勇者の決意を受け取り、それを遂行する為に動いていた。
心の底から納得していた訳でないものの、自分が言った事だから、と行動基準の中心に置いていた。
それを防ごうとしたケルス姫の行動こそは、確かに妨害だった。
だが、今となっては――。
遂行する事が本当に正しいのか、分からなくなっている。
何もかもが嘘まみれ、ドーガは編集できてしまう代物だ。
可能だとして、それがシュティーナにも行えるのか、という問題については、まだ分からないとしか言えない。
だが、彼女には数多の疑惑がある。
ドーガに対する信用以外に、召喚士のシュティーナを殺めたり、魔物をケルス姫にけしかけた疑惑がある。
マコトの為に魔物を誘導すると言いつつ、それをケルス姫攻撃の材料にしたのではないか。
シュティーナの行動には、マコトへの献身があったと思うが、それこそ信用を得る為の演技だったとしたら……。
シュティーナという側仕えは存在しない、というケルス姫の言葉。
それもある所為で、疑惑は一層大きくなった。
そして、そのシュティーナは、今も姿を眩ませている。
どこにいるのか、何をしているか不明の状況だ。
いつも煩く念話を送って来ていたというのに、今は全く音沙汰がない。
思考に没頭していた所為だろう、ケルス姫の方から声を掛けてくる。
「……少し、前に出ましょうか」
ケルス姫はそれだけ言って、先導する様に歩き出す。
マコトが何も話そうとしないものだから、彼女の表情も固いままだ。
大人しく付いて行くと、二人はそのままバルコニーの先端へと辿り着いた。
結晶剣の間近まで迫り、その堂々たる威容を波紋から受け取る。
ともすれば、単に巨大な水晶としか見えないけれど、この国の魔力を補う根幹となっているのは、間違いない事実だ。
そして、だからこそ魔力を喰らう魔物を持つ特性が、予想を遥かに超える繁殖を見せたのかもしれない。
女王蟻の様な魔物が子を産むとしても、それを取り逃がしてから敗北までが早すぎる。
初動で遅れを取ったとしか思えず、そしてそれは、女王の異常な繁殖を見誤ったからで間違いないだろう。
魔力を繁殖力に変えられるとは思わず、だからこそ慎重に事を運んでいる間に、魔物の爆発的繁殖を許し、手に負えなくなったのでは――。
魔力の波動を目の当たりにし、今更ながらにそう思った。
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