目覚めの時、或いは微睡みの継続 その8

「……まだ僕には納得も出来てないし、覚悟だってない。でも、今は他に……何をすれば良いかも分からない。だから、とりあえず今はやってみるよ。ドーガのマコトが言ってたように」


「それで宜しかろうと思います」


「それで、どこからどう向かえば良い?」


「まず、本城へ向かうべきでしょう。全てはそこからです。ただ、一階にはアルビドがいます。あれは何でも喰らいますので……」


「一階……、あの恐竜みたいな奴?」


 マコトからすると分かり易い例えのつもりだったが、シュティーナには聞き馴染みがないらしい。

 表情を替えぬまま首を傾げつつ、言葉を続ける。


「そのキョウリュウについては存じませんが、大型の厄介な魔物がいるのです。魔力を多く含むものを好み、また女性の肉を好みます。――いえ、これはどの魔物にも共通した捕食傾向で、あのアルビドは更に輪を掛けて狙ってくる、というだけの話ですが……」


「え、そうなの……? じゃあ、どうにか上手く避けないと……。あなたは大丈夫?」


「えぇ、私はあれらが好む匂い袋を持ってますので、それを利用して上手く回避していました。……一応、あなたにも渡しておきましょう」


 言うや否や、エプロンドレスに手を入れ、その中から三つ、小振りな袋を取り出した。

 掌に乗った袋は小さく、非常に心許なく感じる。


 だが、微細な匂いで十分というなら、それで十分な効果を発揮するのだろう。

 その効果についても、ここにシュティーナが無事に居る時点で、証明されている様なものだ。


「強く投げつければ、中の容器が壊れます。混ざり合うと効果倍増ですが、割れ方次第の運、みたいなところもあります。あまり過信しない方が宜しいでしょう」


「……なるほど。でも、よく見つけたね、そんなもの」


「あれらは何でも食べますが、好んで食べるものが幾つかあると発見しました。それを細かく刻んで、密閉した容器に詰めただけです。脆い殻を利用してますが、容器が割れないと意味がないので、その部分だけは注意して下さい」


 マコトは掌の中で転がした匂い袋を、ありがたく顔の前で掲げて懐にしまった。

 それを見届けてから、シュティーナは更に言葉を続ける。


「奴らは何でも食します。魔力を含むものなら、何でもです。草や木、石でさえも食べるのです」


「木を食べてる奴は見たけど……」


「近くに魔力を持つもので、それが一番マシだったからでしょう。そうした含有量の少ないものを食べたものから産まれた卵は、孵化まで時間が掛かるようです。人の場合は即座に孵りますから、奴らからすると良い食料に見えるのでしょう。だから人は率先に、執拗に狙われ……そして、数を増やされています」


「つまり、それが奴らの生存本能……?」


 シュティーナは考える素振りを見せてから、重い仕草で頷く。


「あなたは、まさにそう予想していました。とにかく喰い、そして増やす事を第一に考えているのだと。城内の全ての人は、その生存本能故に喰われてしまったでしょう。ですが、何も食べるものがないとなれば、石壁にすら手を付けかねません」


「じゃあ、城壁を食うとか、城門の扉に食い付くとか、そういう事も……」


「有り得ます。食料がなくなれば自滅、という線は期待できません。少しでも食い繋ぐ為に、汎ゆるものを食い破る。城壁に穴を開けられたら、そこを押し広げて外へ溢れ出るでしょう。……そうなる前に、終わらせなくてはなりません」


 草木はともかく、石すら食べるとは予想外だった。

 そして、それが事実なら、確かに食糧不足で自滅は期待できなかった。

 だが、魔力が多く含むものを好む、というならば、何より巨大な魔力物体を先程聞いたばかりだ。


「それってつまり、結晶剣すら危うい、という事になるんじゃ……? いま外にあぶれているのは、そこにありつけていないだけかもしれないけど……。でも、魔力を欲して食べるというなら、魔力タンクこそが危ない筈だ」


「はい、ですからこれは、スピード勝負になりますね。結晶剣が食い尽くされてしまえば、それを誘爆させて諸共吹き飛ばす、という手段すら失われます。姫様がしてくるだろう妨害を潜り抜けながら、何としても辿り着かなくてはなりません」


「嘘でしょ……」


 力なく息を吐くマコトは、正に暗澹たる、といった声で嘆いた。

 魔物からも、人間からも襲わながら、その目を掻い潜って目標を達しろと言うのだ。

 魔物の氾濫を防ぐ為、城内だけで全てを解決するには、非常に厳しい道を通るしかないらしい。


 王族の代わりに尻拭い――。

 それもまた、勇者としての役割なのだろうか。

 たとえそうだとしても、余りに報われない。

 またも溜め息を吐いたところに、シュティーナの方から声が掛かる。


「本城へ向かうには、三階の空中回廊を使うのが一番早いのですが……あれは落ちてしまいましたし……」


「落ちた? その場を見たの?」


 これには一瞬の沈黙があり、それから無表情で顔を横に振った。


「……いえ、降りてくる最中、丁度三階付近で爆発音が聞こえたものですから。この目で見た訳ではありません。音の具合からして、きっとそうだと感じただけです」


「ふぅん……」


 取り繕った返事を妙に思いつつ、マコトはそれ以上追求しない。

 ただ、困った様な溜め息を吐いて、部屋の出口へ視線を向けた。


「まぁ、それは実際見てみないと分からないんだろうし、無事なら一番早い道なんでしょ?」


「はい、それは間違いありません」


「だったらまぁ……、確認だけはしておかないと。使えるんなら、そっちの方が良いだろうし」


「然様ですね」


「だから、それは良いとしても……結晶剣を目指すんでしょ? 破壊するにも新魔法が必要らしいんだけど……。姫と共同開発したとかいう……」


 シュティーナは難しい顔をさせて歪め、形の良い柳眉を顰めながら言う。


「新魔法……そうですね。それをあなたは今も体得……いえ、申し訳ありません。覚えている筈もありませんでした」


「ドーガでは必要だ、と言ってたから、体得すらしてない可能性もあると思うんだけど……。仮に体得していても、名前を知らないと使いようもないし」


「そうですね……。ですが、何にしろ、まずは移動です。どちらにしろ、本城へ向かう必要はあると思います」


「……うん、そうか。そうだね、まずは移動だ……」


 そう言って落ち着き無く、身体を揺すり、視線をあちこちに飛ばす。

 覚悟と決めたといっても、魔物が跋扈する中、息を潜めて移動するのは相当なストレスだ。


 覚悟を決めたとはいえ、また魔物の群れに飛び込む事を思えば、そう簡単に踏ん切りが付かないのも無理はない。

 マコトは台座の方へ目を向けて、そこに魔石が入れられていた箱に目を留めた。

 あのとき読めなかったメモも、そこには張り付いている。


「あ、そうだ。これ……、このメモ。何て書いてるの?」


「あぁ……。他の人に知られず見ろ、と書いてありますね」


「他の人……。でも、君は知ってるんでしょ?」


「私は例外でしょう。その内容を何も知らない第三者に知られたら、反発されるか、妨害されるか……大体そんな所でしょうから」


 確かに、全てを巻き込んで自爆しろ、という記録がされているのだ。

 勝手に自分の命まで、その爆発に巻き込むつもりだと知られれば、大抵の人は猛反対するだろう。


 だが、勇者マコトはこの蹂躙を外に広げてはならない、と断固たる決断を下した。

 そして、信頼できる相手としてシュティーナを選んだ。

 その彼女が真摯な瞳を向けて頷く。


「新魔法が必要であるにしろ、まずは、本城へ到着しなければ話になりません。ですので、私は必要な支援をする為に、別行動を取らせていただきます」


「……え、そう、なんだ……。必要なって、具体的には?」


「それは色々です。露払いであったり、あるいは姫様の妨害を未然に防いだり……。接触する事で、意識を逸らす機会もあるやもしれません。マコト様が無事本城へ辿り着き、結晶剣へ至る道を作るのが、私の役目です」


「……聞くだに大変な感じだけど、大丈夫……?」


「これまでも大丈夫だったでしょう? ご心配なく」


 シュティーナは無表情のまま、自信を持って断言した。

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