西棟奥の階段
ジリリリリ
「うーん……ハッ」
洋子はいつも通りの時間に目覚ましの音で目を覚まし、カーテンを開いて朝日を浴びる。
彰と幸愛の話を母から聞いたあの日から、一週間が経った。あれからも、時折夢を見ている。今日も夢の中で緑色の光を見た。
「幸愛さん、今日はいなかったなあ……」
洋子は少しだけ寂しそうな表情で、今見ていた夢の内容を思い出していた。
太陽のように眩しく輝く金色の大きな光から分裂して、洋子の元に飛び込んできたのは緑色の光だった。彰を思わせる緑色の光は、なんだかいつもよりも濁って、元気がなさそうに見えた。
洋子は夢の内容を鮮明に思い出すと、更にしゅんと肩を落とす。
「彰くんに会いたいな……」
洋子はそう呟いてから、学校に行くための支度を始める。早く下に降りないと、また兄が心配してしまう。だから、洋子はなるべく急いで制服に着替えて部屋を出るのだった。
。。。
今日は通学路にある歩道橋で、会いたいと思っていた彰に会えた。彰は相変わらずキラキラしていて、その輝きが太陽光に反射して少しだけ眩しく感じた。
「おはよう。洋子ちゃん」
「おはよう! 彰くん!」
「相変わらず元気だね」
彰はくすくすと可愛らしく笑って、そう言った。すれ違ったサラリーマンが彰に見とれて、危うく階段を踏み外しそうになったくらいだ。
「彰くんは、相変わらず可愛いね」
「ふふ。ありがとう」
洋子に褒められて、彰の笑顔が更に可愛らしく深まる。さっきのサラリーマンではないが、洋子も思わず見とれてしまった。転ばなくてよかった。とほっと胸を撫で下ろす。
「僕も、洋子ちゃんに会ったら少し元気になったよ。実は、今日の学校は憂鬱だったんだよね」
彰はそう言って、ムムっと眉を寄せる。そんな顔すら可愛いので、洋子の頬が少し染まる。
「今日、何かあるの?」
「うん。今日は学級委員の集まりがあるからね。入学して初めての集まりだから、帰るのが遅くなりそうなんだ」
彰は面倒そうに顔を顰める。顰めているのに、やっぱり彰の顔はそんな些細なことなど関係なく、可愛らしかった。
「そっか。初めての委員会、ちょっと緊張するよね。頑張ってね!」
「うん。ありがとう」
。。。
放課後。彰は洋子の前でも話したように、憂鬱な表情を隠しもせず幸司の元に近寄った。
「早く行って早く帰ろーよ」
「早くって言ってもね。俺達だけ早くても、集まり自体が早く終わる訳じゃないでしょ」
「あの、私は今回も記録で大丈夫でしょうか……」
幸司と彰の間に入って声をかけるのは相当勇気がいるらしい。真奈がおずおずと小さな声で、二人の顔色を窺いながら声をかけてきた。
「そうだね。真奈ちゃん、ノートにまとめるの得意そうだし」
「字も綺麗だよね。ほら、俺隣の席だから。授業中にチラッと見えたんだ」
「あ、ありがとうございます」
真奈が学級委員用のノートと筆記具を持つ。幸司と彰も念の為にメモ用紙と筆記具を手に持って、三人で教室を出た。
「西棟の特別教室でやるらしいんだけど、その教室の場所は三階にあるんだって。初めて行くし、迷わないといいな」
「まだ生物室しか使ったことないもんね。僕達の授業」
特別教室へは、普通教室がある東棟から二階の連絡通路を使って、西棟へ移動しなければ行く事が出来ない。その西棟の中でも、彼らが使ったことのある教室がまだ二階にある生物室しかないので、三階へ足を踏み入れるのは初めてなのだ。
西棟の奥の階段を使って三階へ上がろうとした三人だったのだが、真奈は思わず足を止めてしまった。
その理由は、階段の真ん中に立っている女の人にある。女の人が
黒いモヤのようにも見える立ち姿。二メートルはありそうな身長。目がどこにあるのかも分からないほどの長い髪。彼女が裸足であること。そして何より、首がかくんと九十度に曲がっている。これで生きていたら驚きだ。
幸司と彰も霊感を持っているが、真奈も強い霊感を持っている。二人の霊感よりも、より強い霊感を持っているのが横山真奈だった。
真奈の家は霊媒師の家系で、一族全員が霊感を持っている。その中でも、真奈が持つ霊感は一族随一だ。大きすぎる故にコントロールが効かず、霊媒師としての技術を全く持ち合わせていないのは彼女のコンプレックスだった。幽霊を見て驚いてしまったのも、その辺りの理由が大きい。
「ほら、新入生が先輩を待たせるなんて心象悪いし、早く行くよー」
彰に背突かれ、真奈はサッと女の幽霊から目を逸らして階段を駆け上がる。しかし、一度死人に反応してしまったのが悪かった。真奈の後ろをピッタリと、女の幽霊が着いてきているのだ。
真奈の背中を冷や汗が伝う。これ以上は反応しないように、真奈は幸司と彰の後を離れずについていって、委員会の行われる特別教室についた。
教室に集まっているのは、予定人数のまだ半分だけだった。
三人は教卓前にいる、おそらく代表であろう三年生に声をかけられ、幸司が委員長として全員分の出欠確認にチェックをつける。
「黒板の通りの席順に座って待っていてくれ」
「はい」
三人は先輩に促された通り、席に座る。座った真奈の真後ろには、今もまだ女の幽霊が佇んでいる。
「ねえ、真奈ちゃんのとこって霊媒師の家系なんでしょ? 何でほっとくのさ」
彰が不満げに唇を軽く尖らせながら、真奈を横目にそう言った。幽霊がチラチラと視界に入るのが鬱陶しいのだろう。
「ご、ごめんなさい……」
真奈が萎縮して謝ると、彰は複雑そうに眉を寄せて、「別に謝れなんて言ってないんだけど……」と呟いた。
「私、力の制御が出来なくて……。駄目なんです。一族の中で私だけ、落ちこぼれなんですよね」
と、真奈は誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべながら、そう言った。彰はまた複雑そうに眉を寄せつつ、尖らせていた唇を軽く噛んだ。
「そっか。なら、もう目を合わせちゃ駄目だよ」
「は、はい。すみません……」
「謝るような事じゃないし……」
彰がまた不満げな顔をするので、真奈は一瞬ビクッとする。その隣で、幸司がクスッと小さく笑った。
「彰くんは真奈ちゃんを心配しているだけだよ。不機嫌そうな顔をしてるけど、真奈ちゃんを怒ってるわけじゃないから。安心して」
「幸司くんはうるさーい」
「何だよ。彰くんが怖がられてるから、フォローしてあげたんじゃないか」
「頼んでないし。僕みたいに可愛い男の子が怖いわけないでしょ? ね、真奈ちゃん?」
ニコッと笑う彰はたしかに可愛らしいのだが、何となく圧が篭っているような気がして、真奈は結局ビクリとしてしまう。必死にこくこくと頭を縦に振って、彰をまた複雑そうな顔にさせてしまうのだった。
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