化け物

 幸司は、本当は色々と店内を見て回りたいと思うくらいこの場所が新鮮でソワソワとした気分でいるのだが、流石に子どものようにはしゃぎ回る訳にはいかない。と理解している。だから、大人しく座って視線だけをキョロキョロと動かしつつ、龍介が帰ってくるのを待っている。


「えっ……」


 そこで見つけたのは、幸司にとっていい思い出の無い人物だった。その相手もこちらをジッと見つめている。


相原あいはらくん……」


 誰にも聞こえないような小さな声でそう呟く。すると、彼は思い切り顔を顰めた。今にも殴りかかりそうな勢いで、幸司の方へ歩み寄って来る。


【今すぐ逃げて】


 幸司は金色に光らせた瞳で…真っ直ぐに彼の瞳を見つめる。ふわっと青くなびいた髪が元の黒髪に戻る頃には、彼はこの場からいなくなっていた。


「…………」


 幸司はチラッと窓の外を覗くと、かなり乱れた息を整える。


 そして、急いで鞄からペンケースを取り出すと、彼が座っていたであろう席に近寄って、紙ナプキンに一言書き込んだ。


「……疲れた」


 幸司は誰にも聞こえない声でそう呟いて、元いた自分の席に戻る。そして、今はどこかに避難しているの事を考えた。


 相原あいはらいさむ。彼と幸司は、中学生の頃のクラスメイトだった。と言っても、桜川中学校ではなく、転校前に幸司がいた学校だ。


 中学時代、幸司は今よりももっと感情の突起が無く、何をする時も、何かをされた時だって、ただ軽く微笑んでいるだけだった。そのせいだろうか……。幸司は、勇に嫌がらせをされていたのだ。


。。。


「あいつ、何してもヘラヘラ笑ってるし大丈夫だって!」


 教室で勇がそう話しているのを、幸司は黙って聞いていた。


「いい加減やりすぎだって」

「あーいう大人しいのが一番怖いパターンかもしれねえじゃん」


 周りがそう言って止めようとしているのも、幸司はただ無表情のままに聞いていた。


「何ビビってんだよ。あのスカした顔が歪むとこ、見てみたくねえの?」

「そりゃあ、最初は見てみたかったけど……。だからって最近のはやりすぎ」

「軽くからかってやるだけで良かったじゃん」


 話を聞いていた幸司は、何をされようが特に興味が無かった。だから、今日も無視をして好きにさせてやろうと思っていた。しかし……。


階段の踊り場で、幸司は初めて動揺する出来事を目撃した。


結月ゆづき


 妹だった。幸司があまりにも反応を見せないので、ひとつ歳下の結月が標的になったらしい。


「兄様……。この人おかしいのよ。兄様をいじめるために私を傷つけるんだって。どうやって傷つけるつもりなんだろうね?」


 結月も呪いを受けた本宮の人間だから、簡単に傷つく事など無いとわかっている。本宮本家の人間はだと例えられる事が多いくらい、肉体は強靭で、普通の人ではありえない能力を持つ。


 普通の人間が、結月に対して簡単に傷をつけられるわけが無い。幸司もそれは理解していた。それでも、妹を巻き込もうとした彼の事が許せなかった。


「えっ?」


 気がついたら、幸司は勇の腹を殴っていた。勇は面白いくらいに吹っ飛んで、頭を階段の手すりにぶつけてしまう。結月は隣で驚いた顔をして、すぐに幸司に駆け寄った。


「兄様。落ち着いて?」

「落ち着いてる……。こいつ、家族にまで手を出そうとするなんて思わなかった」


 本家本家の者がいくら強靭だろうと、化け物と罵られようと、ではあるのだ。双子の妹のように…死ぬ時は死ぬ。簡単では無いにしろ、傷つく事もある。


「許せないだろ」

「兄様。感情的になっちゃ駄目。私は大丈夫よ」


 結月が宥めようとしているところを、お腹を押えた勇が引き離す。そして、幸司の事を思い切り突き飛ばした。


 ドンッと大きな音を立て、幸司は気がついたら天井を見つめている。


「兄様っ!!」


 幸司も、自分の後頭部が血に濡れているのを感じた。


「あーあ……」


 幸司は目を閉じる最後まで楽観的だった。意識を失う前に考えていたのは…死んだ妹のようになれるのだろうか。だったのだから。


 幸司は自分が死ぬかもしれない。という事にすら、興味が湧かなかったのだ。


 結論として、幸司は本家の大広間で目を覚ましたのだが。本宮家に使える専属医から話を聞いたところ、との事だった。


「やっぱり化け物じゃん……」


 幸司はそう呟いて、心配そうにこちらを見つめていた妹の結月を抱き寄せる。


「勇くん。どうなったの?」

「……本宮に手を出してしまったから」


 返ってきた言葉はたったそれだけだった。


。。。


「……可哀想な勇くん。」


 現在も、幸司は彼に対して特に興味もなく情もない……。ただただ哀れに思う。


 幸司は本宮に監視されているから、早いところ逃げてもらった方がいい。幸司はそう思いながらも、すぐに彼への興味を失って、龍介の帰りをただじっと大人しく待っているのだった。

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