新たな出会い
学校に辿り着いた洋子達は、校門を入ってすぐのところで先輩達にコサージュを付けてもらう。『生徒会』と書かれた腕章をつけている先輩達は、1人1人に言葉をかけて歓迎してくれた。
「かっこいいね!」
素直な洋子は、とびきりの笑顔で圭子を振り返り、先輩達にも聞こえるのではないかという程の大きな声でそう言った。
「そうね」
言葉を返した圭子は、生徒会の先輩よりも先程の洋子の様子の方が気になっていたのだが、今の洋子はもう普段通りだ。
「何が綺麗だったんだろ……」
ボソリと呟いた言葉は、新入生や新入生を案内する先輩、先生達の声にかき消されて、誰にも届くことは無かった。
「ねえ、圭ちゃん! 私達、同じクラスだよ!?」
圭子が洋子のことを考えている間、洋子は先に昇降口で先生から名簿を受け取ってクラスを確認したらしい。自分の名前と、その名前の1つ上に書いてある圭子の名前を指さして、嬉しそうな顔で圭子に名簿を見せてくれた。
「本当ね。嬉しいわ!」
洋子が嬉しそうだから、圭子もあれこれ考える事をやめ、友達との新しい学校生活を楽しむことにした。だから、圭子も洋子と同じように嬉しそうに名簿を見て微笑む。
「はい、名簿。クラスの黒板に席順も貼ってあるから、時間まで座って待機していて下さいね」
圭子も名簿を受け取って、名簿の裏に描いてある校内図を見ながら自分達のクラスへ向かう。1年生の教室は4階にあるらしい。洋子達が4階まで上がる頃には、少しだけ息が上がってしまっていた。
「こんなに長いこと階段上がるのも久しぶりだわ」
「そうだね。中学校は3年生の時、2階の教室だったし」
「私、春休み中は結構ダラダラ過ごしてたからなあ」
それは洋子の方も一緒だった。と言っても、家の事はきちんとこなしていたのだが。それ以外に遊びに出かけることはほとんど無かったのだ。圭子と映画に行ったくらいだろうか。
「わっ! そこの子っ! どいてっ!!」
「え? わぁっ!?」
洋子達のクラスである<1年3組>の前に辿り着いた瞬間、クラスの扉から1人の男子生徒が飛び出してきて、洋子とぶつかってしまった。洋子には1年生にしては大柄な男子生徒の体を支えられるほどの筋力が無く、そのまま一緒に倒れてしまう。
「洋子!?」
「もう! 急に走り出すからそうなるのよ!」
同じ扉から、今度は女子生徒が出てくる。男子生徒のことを怒っているみたいだ。彼女は腕を組んで仁王立ちをして、男子生徒を睨むように見下ろしていた。
「痛た……」
「お…重い……」
「あ、ごめん」
洋子を下敷きにしていることに気がつくと、彼は急いで立ち上がってくれる。洋子は重さと転倒で体を痛め、圭子に起き上がらせてもらった。
「本当、ごめん。こいつが追っかけてくるからさ」
「私の机に悪戯したからじゃない!」
「ちょっとしたお茶目じゃん。怒りすぎ!」
洋子に目もくれず喧嘩を初めてしまった2人。すごい勢いで言い合っているものだから、洋子達の入る隙間など微塵も無かった。同じクラスの生徒達も、他のクラスの生徒達までこちらを注目し始めたので、洋子達は居心地が悪くなる。
「ねえ。クラスの前で何してるの?」
同じクラスなのだろうか。扉の前を陣取っている2人を見て眉を顰めた男子生徒が、勢いのあった討論を一瞬でかき消す。そんなに大きな声ではなかったのに、何故だかスっと彼の言葉が耳に入ってきたのだ。
2人も大人しくなったし、周りで喧嘩を見ながらヒソヒソと囁き合っていた生徒達もシンと静まり返る。この空間から全ての音が掻き消えた……。
彼はこの世のものと思えない程に綺麗な顔をしていた。喋って、動いていなければ精巧な人形だ。と言われても疑うことはないだろう。この現場を見ていた全員の動きが止まったのは、そういうことだった。
「青い……」
洋子はそう呟いて、彼に目を奪われた。目を逸らすことを許さないような神々しさが、彼にはある。
「で?」
喧嘩をしていた2人をチラッと見つめて、彼は口を開いた。その声を聞いて、やっと周りの生徒達が動きを取り戻す。洋子もだ。喧嘩をしていた2人と、彼を交互に見て行く末を見守った。
「この人が机に落書きしたものだから…つい」
「ちょっとした悪戯で……。テープ貼って上から描いたから、剥がせばすぐに綺麗になるし」
「ふうん」
言い訳じみた2人の言葉を、興味が無いというように受け流してコテンと首を傾げた。
「それで、仲直りは?」
「えっと……」
「ごめん。若菜ちゃん」
「わ、私もごめん」
2人が謝ったのを聞いた男子生徒は、満足そうにニッコリと笑顔を見せ、そのまま教室へと入っていってしまった。
なんだか見たことあるような気がする……。そして、彼は惹かれてしまう程に綺麗で、不思議な人だ……。と、洋子は思う。
「あの、あなたもごめんなさい。私が追っかけ回したせいでぶつかったんでしょ?」
「え? 私……?」
洋子は教室へと入っていった男子生徒の方を唖然と見ていたので、<
「そうよ。あんたももう1回謝って!」
「ええ!? さっき謝ったのに……。ごめんね。ぶつかって」
彼は教室へ入ろうとしていたところを若菜にグイッと引っ張られ、仕方がなさそうにもう一度、洋子に謝ってくれた。
「ううん。大丈夫。もう痛くないし!」
2人が喧嘩をしている間に、痛みは完全に消えていた。その場でピョンピョンとジャンプをして、洋子の身体に本当に痛みがないことが証明されれば、2人とも安心したようにホッとため息をついた。
「私、
「私も3組だよ! 水森洋子って言うの。仲良くしてね? 若菜ちゃん!」
「うん。よろしくね」
「私も、3組の水森圭子よ。よろしくね」
女子3人が自己紹介を終えると、今度は男子生徒の方にジーッと視線がいく。彼は居心地が悪そうにグッと一瞬眉を顰めたが、観念したようで、ため息混じりに口を開いた。
「
「あ、鹿倉亮太ってもしかして草野第三中学校?」
「そうだよ。若菜ちゃんのお母さんが俺の担任だった」
「それで私の名前を知ってたのね」
洋子達は2人とも友達だと思っていた。けれど、実際には初対面だったらしい。
「だから悪戯したんだよ!」
「はあ!? 意味わかんない!」
また喧嘩が始まりそうだと思って、洋子は慌てて手をバタバタと動かした。当たり前だが、動かすだけでは何かが起こることは無い。
「また注目浴びるでしょ。早く入ろ」
圭子は洋子と違って、スッとスマートに若菜を連れて、教室へと入っていく。
取り残された洋子と亮太は、唖然と2人の方向を見つめていた。
「……洋子ちゃんだっけ?」
「はい」
「置いてかれてるけど」
「亮太くんも……」
「俺は…向こうに友達いるし」
亮太が廊下の窓際で固まって会話をしている男子達を指さした。洋子は急に寂しくなって、「待って」と慌てて圭子達を追いかけて行くのだった。
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