ヒロインと魔術師

次にリリーが向かった先はヒロインであるシルビアの所。


子爵の屋敷へ向かう途中、籠を手に意気揚々と森の中へ入っていくシルビアを見かけたのでそのまま後を追った。


着いた先には小さな可愛らしい家が建っており、すぐにここが魔術師の家だと言うことが分かった。

気づかれぬよう息を潜めて小窓から中の様子を伺うと、シルビアは楽しそうに笑いながら籠を手渡している。

相手は真っ黒なローブを頭から被っていて顔は分からないが装いから魔術師だと言うことは間違いないだろう。


アバンと呼ばれる魔術師は森の中で空腹のあまり行き倒れになっている所をシルビアに救われた。それ以降シルビアは定期的に食料を届けてくれる様になり、恋に落ちるのも必然だった。


ちょうど今日がその配達日だったのだろう。

アバンの顔は見えないが何となく嬉しそうな雰囲気は察することが出来た。


ここまでは小説の通りに進んでる。そう思っていると


──ビクッ!!


リリーが突如肩を震わせた。

中からリリーを睨みつける視線……アバンだ。


アバンはシルビアに帰るよう促し、姿が見えなくなった所でパチンッと指を鳴らした。

すると、外にいたはずのリリーが家の中へと招かれた。


「さあ、何をそんなにコソコソ嗅ぎ回っているのか聞かせてもらおうか?」


ローブの下から見下ろすように睨みつけられ、酷く冷たい視線に息を飲んだ。


アバンは極度の人嫌いだと書かれていた気がする。

魔の象徴である魔術師は人々に忌み嫌われていた。

幼い頃から迫害されて育ったアバンが人嫌いになったと言うのも頷ける。


とはいえ、このままでは婚約破棄する前に人生が終わる。

相手は魔術師。下手な言い訳は通用しないだろう。


リリーは腹を括り、アバンに向き合った。


「別に嗅ぎ回ってはいない。だって私にはこれから先のが分かるもの」

「……へぇ?」


リリーは冷や汗をかきながら応えたが、嘘は言っていない。


アバンもそれは分かったようで、まるで珍しい玩具を見つけたかのように口角を上げた。


「未来が分かるとは随分大口を叩くなぁ。──……という事は、ここに来たのも必然ということかな?」

「いいえ。私は未来に抗う為にここへ来たの」

「抗うねぇ……」


アバンは頬杖しながら怪訝な表情をしながらリリーを睨みつけていた。


「……貴方は私の事を知らないと思うけど、私にはルーファスという婚約者がいるの」

「ああ、最年少で宰相に成り上がったって噂のだろ?」

「そう。……理由は言えないけど、私はルーファス様と婚約を解消したいの」

「へぇ~……?」


一切目を逸らさず言い切ると、アバンは不敵に微笑んだ。

しばらくの沈黙の後、アバンが口を開いた。


「……嘘は言っていないようだね。けど、分からないなぁ~。巷で人気の高い宰相様を自ら手放す令嬢がいるなんてね」

「それは偏見と言うものよ。地位も名誉も財力も備えて更には外見までいいなんてとんだ食わせものよ……それに、他者からの恨み妬みに耐えるのには強靭な忍耐力がいる。正直疲れたのよ……」


この理由は建前。

嘘は言っていないが愛のない結婚をして、虚しく一生涯過ごす方が断然疲れる。


「ふ~ん。確かに女の執着は面倒で醜いけどね。それで?君はどう決着させる気でいるの?」

「……プランは決まってる。ルーファス様に嫌われるか周知に婚約者としてふさわしくないと認識させればいい。──その為に私は悪役になる」


真っ直ぐ一片の曇りないのない目で言うリリーにアバンは興味が沸いた。


「いいね、君……」


ニヤッと微笑みながらローブを下ろすと、真黒な髪に思わず見とれてしまう程綺麗な碧眼。

原作ではあまり語られたことがなかった容姿を目の当たりにして言葉を失ってしまった。


言葉を失っているリリーの耳に「僕も手を貸してあげる」なんて言葉が聞こえた。


「……え?」

「こうして会ったのも何かの縁だし、何より面白そうだし。ちょうど暇してたんだよねぇ」


頭の後ろで手を組みながら言うアバンにリリーは困惑した。


確かに魔術師であるアバンが味方でいれば心強いが、この人はヒロインの対象者……

悪役令嬢になろうとしているリリーにとっては敵でしかない。


「いや、あの、その、申し出は大変嬉しいんだけど、他人を私の事情に巻き込むのは何というか──……」

「は?僕じゃ不満ってこと?」

「いやいやそんな事言ってないでしょ!?」

「じゃあ決定。異論は認めない」


キッと睨みつけられたリリーは何も言えず、その言葉を飲むしかなかった。


「……………人嫌いじゃなかったの?」


ボソッと呟いたつもりだったがしっかり聞かれていたらしく、先ほどとは別人かと疑う程雰囲気が変わったアバンに壁際まで詰め寄られた。


「……そんなことまで知ってるなんて本当に面白いね君。ねぇ、どこまで知っているの?教えてよ?」


その目は興味に交じって狂気を含んでいた。

その表情にヒュッと喉が鳴ったがアバンは気にも留めず更にリリーを追い詰めようと距離を詰める。


「し、知らない!!他は知らないわ!!」

「本当に?」

「本当よ!!私が知ってるのはあんたがシルビアに恋焦がれてるけど、当のシルビアはあんたの事を兄ぐらいにか思ってないってことしか──……あッ!!!!」


リリーは全身の血が一気に抜けたような感覚に陥った。慌てて口を塞いだが後の祭り。

全てを聞いたアバンは呆けたように目を丸くしてこちらを見ている。


そりゃそうだ。なぜ初対面の人間に自分の想い人の事がバレているのか……そんなの恐怖でしかない。

顔面蒼白になり嫌な汗を流していると、笑い声が部屋中に響き渡った。


「あははははははは!!!おかしなことを言う。僕がシルビアに恋?ありえないね」

「え?だって……」


原作では確かにアバンはシルビアに恋していた。


「何を勘違いしてるのか知らないけど、僕とシルビアはそんな関係じゃない。それにシルビアにはもう想い人がいるらしいからね」

「うそ!!!」

「そんな嘘ついてどうすんの?ああ、因みに相手は知らないよ。そこは自分で勘ぐってね」


アバンの言葉を聞いていリリーは困惑した。

何が起きているのか頭で理解が追い付かない。


どういうこと?ここは間違いなく小説『恋の花紡』のはず……そして目の前の彼は対象者……


「まあ、そう言う事だから変な誤解はしないでよ」


そういうアバンの声はリリーには届かなかった。

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