[短編小説]死神ロケット

ゆきあき

死神ロケット

 目を覚ますと私は学校の屋上にいた。


 私は制服姿のまま仰向けの体制で寝転がっていた。いつの間に寝てしまったのだろうか、辺りはすっかり暗くなり、星が輝いていた。星はいつもよりとても綺麗だった。高校の天文部に所属して二年、結構な頻度で星を見てきたが、ここまで多くの星を見たのは初めてだった。


 私は体を起こした。前後の記憶があやふやで少し気持ちが悪い。どうしてこんなところで寝ていたのだろう?


 その時トン・チン・カンと背後で金属同士がぶつかる音がした。振り返ると、一人の女性がトンカチを持って何かを作っていた。それは高さが二メートルくらいの金属でできたた円柱型のモニュメントみたいなもので、先端は円錐型に尖っていた。女性は私に気がつくと作業をしていた手を止めて振り向いた。


「お目覚めかい?もう少しで出来るからちょと待ってておくれ」


 ストレートの黒い髪を後ろで結んだ綺麗な人だった。年齢は二十代前半くらい。淡い色の着物を少し着崩していて、その姿は私に映画やアニメで見たような花魁を思い浮かばせた。ただ、軍手とトンカチ、履いていた安全靴がどこか場違いな印象を醸し出していた。


「えっと……どちら様ですが?」


 先ほど女性は気さくに話しかけてきたが、私は全く知らない人だった。


「あたいの名前は鎮葉しずは。でも覚えなくていいよ。どうせすぐに忘れちゃうだろうし」


「はあ……?」


 私は分けが分からず目をパチパチさせた。まだ頭が混乱していた。目の前の彼女が何者なのか、どうして私は夜の学校にいるのか、何もかもが不明確だった。


「あれ?もしかしてあなた今の状況が分かっていない?」


 鎮葉さんはきょとんとした顔で私に質問してきた。私はゆっくり頷いた。


「あっちゃー、それじゃあ最初から説明しなくちゃいけないのか。めんどくさいなあ。どこから説明するのがいいのかなあ?」


 鎮葉さんは腕を組み「あれにしようか、これにしようか」と独り言を言いながら考え始めた。そして一分ほど考えた後、私に質問をした。


「んー、じゃあまず最初に、ここがどこだか分かるかい?」

「私の通っている東高校の屋上……ではないんですよね」

「……あなた、察しがいいね」鎮葉さんは不敵に笑った。「どうしてそう思ったの?」


 私は空を見上げた。空には満天の星が輝いている。


「私は天文部なんです。だけど、こんな星空は見たことがない。星座もバラバラ、全部がデタラメ……、もしかして私は今夢を見ているんでしょうか?」

「ここがあなたの知っている世界でないというのは正解。でも夢じゃない」


 鎮葉さんは私の目を覗き込むように顔を近づけてきた。その吸い込まれそうな瞳を見ていると、私はとても居心地が悪くなった。

 胸の辺りがまるで締め付けられるように苦しかった。思い出してはいけないと私の中の何かが警告した。


「……パラレルワールド?」

「違う。ごまかさないで」


 体が小刻みに震え始めた。既に答えは私の中に出ていた。私はそれを必死で否定する。しかし私は目の前の真剣な鎮葉さんの瞳に嘘がつけなかった。


「……天国?」私は絞り出すように言った。


「半分正解。どうやら自分の立場を思い出したみたいだね」


 私は首を縦に振った。既にはっきりと思い出していた。目の前に猛スピードでトラックが迫ってきて私をはねた。それがここで目覚める前の最後の記憶だった。


「ここは俗には『霊界』と呼ばれている場所。あの世とこの世の境。現世とは少し位相のずれた場所とでもいえばいいのかね。そして、あそこが彼岸さ」


 そう言って鎮葉さんは空に光る星を指さした。


「あそこに光っているのは星じゃあない。人間の魂だ。死んだ人間の魂はあそこにいくことになる。死んだらお星様になるっていうやつさね。そして私はその水先案内人さ」

「死神ですか?」

「そうとも言うね。一応鎌だって持っているよ。あんまり必要のないものだけどね」

「……どうして学校の屋上なんですか?」

「あんたの魂がここに引かれてきたからさ。きっと思い入れのある場所なんじゃないのかい?」


 私は頷いた。学校の屋上は私の一番好きな場所だった。しかしここでは大好きだった、本物の星は見ることができなかった。


「……さあ準備ができた。これがあんたを彼岸まで届ける渡し船さ」


 およそ十五分ほど工作を続けて出来上がったものを指して、鎮葉さんは得意げに言った。


「ロケットですか?」

「そうさ。三途の川ならぬ宇宙のミルキーウェイを抜けて行くんだ。ロケットが適任なのさ」


 目の前には人が一人入れるようなサイズのロケットがあった。トイレットペーパーの芯を再利用して作った小学生の工作の様な出来映えで、底から導火線らしきものが伸びていた。


「あの、これ本当に大丈夫なんですか?」

「さあ、入った入った」


 鎮葉さんは入り口を開け、私を無理矢理中へ押し込んだ。中は狭く床がタイル敷きになっていた。丸い覗き窓が一つある他はスピーカーらしきものがあるだけで、それ以外は何も無い簡素な作りだった。


 窓から外を見ると、鎮葉さんが導火線にマッチで火を付けていた。導火線は火が付くと、シューと音を立てながら短くなった。そして床下まで火が来ると、ロケットは大きく炎を噴いて上昇した。


「本当に飛んでる。嘘みたい」


 窓から見える景色がどんどん小さくなっていた。ロケットは益々スピードをあげ彼岸に近づいていく。


「加速しているならGを感じて体が重くなるはずなのに。どうしてだろう、むしろどんどん体が軽くなっていく」


 それはとても奇妙な感覚だった。自分の体がどんどん溶けて希薄になって失われていくようだった。だけど不思議と怖さはない。


「ここは現実とは物理法則が違うんだ。この世であんたを縛り付けているものが、どんどん彼岸に近づいて薄くなっているんだよ。今あんたはむき出しの魂に還元されているんだ」


 スピーカーから鎮葉さんの声がした。どういう仕組みなのだろう。ちょっと疑問に思ったが、深くは考えないことにした。


 そうこうしている間にロケットは宇宙空間に到達した。窓の外ではくっきり丸々とした地球が光っていた。


「ああ、本当に地球は青いんだ」


 神秘的にな光景に私は息を呑んだ。こんな素晴らしい景色があったんだ。


「さあ、到着だ」


 鎮葉さんの声で私は我に返った。気が付くと私の体はほとんど透明になっていた。そして胸の辺りに小さい握り拳くらいの結晶のようなものができ、淡い光を放っていた。私は本当に自分が星になるんだと理解した。


「案内はここまでだ。あと数秒でロケットは解体されて、あんたは星になる。なあに怖いことじゃない。みんなかつてはここにいて、そしてまたいつか時が来れば、流れ星になって地上に戻ってくるんだ」


 鎮葉さんの優しく諭すような声が響いた。既にほとんど星になっていた私はその意味を素直に飲み込んだ。


「ありがとう。またいつか生まれ変わってまた死んだときには、あなたにまた案内して欲しいわ」


「ふふふ、嬉しいこと言ってくれるのね。ああ、またいつか案内してあげるよ。じゃあ、またね」


「うん、またね」


 挨拶を終えるとロケットは所々に亀裂が入り、静かに分解した。

 私の体は完全になくなり光る結晶体だけになった。私自身の意識も溶けるように薄くなり、もうほとんど残っていなかった。


 多くの星がまたたく彼岸の宇宙空間で、私は最後に祈るように呟いた。


「私はしばらの間、星になって眠ります。いつか流れ星になって生まれ変わるその日まで……おやすみなさい」




(了)

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