おもい出のあめ玉

夏風小春

おもい出のあめ玉

「このごろ、困っていることがあります」


ある日のことです。お母さんとお出かけをしたかえりみち、しほちゃんは、みちにまよっていました。お母さんとはぐれてしまったのです。

 見たことない、細くてうすぐらいみちをトボトボと歩いていると、すこし先に、小さな明かりが見えました。お店です。かんばんにはこうかいてありました。


"あなたのねがいをかなえます"


 とびらをあけてみると、なんともふしぎなかおりがしてきます。


「いらっしゃいませ。ねがいをかなえるどうぐやさんへようこそ」


 お店のおくには、かおをかくした女の人がすわっていました。


「このお店に来れたということは、あなたは何か、なやんでいることがありますね?」


 女の人は、しほちゃんにたずねます。なやみがないひとは、ここには来れないんだよ、と、わらいかけました。

 ここは、ねがいをかなえるどうぐやさん。さあ、なやんでいることを言ってごらん。

しほちゃんは口をひらきました。


「おばあちゃんがわすれんぼうさんになっちゃったの」

 

 うつむきながらつづけます。


「さいきんは、お母さんの名まえも、わたしの名まえもわすれちゃったの。だから、お見まいに行ったら、はじめまして!ってじこしょうかいをするんだけど、お母さんがかなしそうなんだ……」


 お母さん、おこってばかりいるんだ。それにおばあちゃん、あいにいくと、いつもまどの外をぼーっとながめているの。また、元気なおばあちゃんにあいたいな。


「分かりました。それではこれをどうぞ」


 女の人は、たなのおくからガラスのびんをもってきました。ビンのなかにはビー玉のような、ふしぎな色の丸い何かがたくさん入っていました。しほちゃんに手わたしながら言いました。


「これは、"おもい出のあめ玉"。なめた人は、たのしかったおもい出をおもい出すことができるのです」


 おだいはけっこうです、と女の人は、しほちゃんにやさしくほほえみました。

 気がつくと、しほちゃんはいつものみちにもどっていました。


 次の日、しほちゃんはあめ玉をもってお母さんとともにおばあちゃんのお見まいに行きました。おばあちゃんは、いつものようにぼーっとしています。あめ玉をあげました。


 おばあちゃんの目に光がもどります。


「あら、ゆうこ。大きくなったねえ」


 さんにんはひさしぶりに、おもい出ばなしにはなをさかせました。

 それからお見まいに行っては、まいかいひとつずつ、あめ玉をおばあちゃんにあげることにしました。お母さんが子どものころのおはなし。おばあちゃんがお母さんをしかったはなし。しほちゃんが生まれたときのはなし。たくさん、いろんなはなしをしました。公えんにさいたパンジーがきれいだったね。かさがなくて困っていたおばあちゃんのおむかえに来てくれたよね。はまべでひろった貝がらをおばあちゃんにくれたね。夜に見に行ったほたるをつかまえようとしてひっしになったね。ひろったもみじでしおりを作ったね。ゆきがっせん、おばあちゃんにはこたえたけれど、たのしかったよ。

 たくさん、たくさん。


 でも、たのしいじかんはつづかないのです。ついにあめ玉はのこりひとつになってしまいました。これでさいご。おばあちゃんは、あめ玉をなめながら言いました。


「しほ、たのしいおもい出をおもいださせてくれてありがとう。ゆうこ、下をむいてばかりじゃあ、いけないよ。おばあちゃんはね、いなくなるの。おじいちゃんにもう会えないように。でもね、こんなにも、すてきな、むすめとまごがいるんだ。わたしは、しあわせものだよ」


 生まれてきてくれてありがとう。


 おばあちゃんはしあわせそうなえがおでいきを引きとりました。ふたりに見まもられながら。


 すうねんご、しほちゃんはおねえさんになりました。しほちゃんは、今日も元気です。



おしまい

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