第5話 母国からの手紙

 本屋へと寄った後は、真っすぐサラの邸へと帰ってきていた。牛乳缶やその他市場で買った諸々を持ってもらった手前、そのままさようならというわけにはいかない。そういうわけで午前中はジャックとお茶をするのもサラの日課となっていた。

 

「今日はフルーツティーにしたわ。お好き?」

 

 小さな邸ではあるが、客を招いての茶会ができる小さなサロンがあった。そこは温室となっており、観葉植物が植わっている。サラ一人では管理をしきれないので、公爵邸の庭師が毎日手入れをしてくれていた。

 

 サラはそこで本を読みながら好きな紅茶を飲むのが至福のひとときであった。最近ではそこにジャックが居座るようになった。

 

(この人がここに居るのは不思議と嫌じゃないのよね)

 

 結婚前の男女が女性宅へとこうして出入りするのはご法度ではあるが、サラは国外追放の身であるし、ジャックはそれを見張りにやってきている。お互いに理由があるからこそ、楽な関係が築けている気もしていた。

 

「ああ。フルーツティーはよく飲む」

「それはよかったわ。りんごとオレンジを入れてみたの。お口に合えばいいのだけれど。こっちはカップケーキよ。昨日焼いたの。焼きたてとはまた違った美味しさがあるわ。イチゴジャム使ってね」

 

 盆にのせてきた食器を丸い木のテーブルへと移す。どれも二人分だ。

 

「うまそうだ」

「おいしいのよ」

 

 軽口が始まりそうになったところで、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

「アメリーかもしれないわ」

 

 ブリスがアメリーにトマトを届けさせると言っていたことを思い出し、二人で玄関へと向かう。ジャックもアメリーと面識があるのだ。

 

「どちら様かしら?」

「郵便です」

 

 思っていた来客とは違ったので、二人で顔を見合わせる。サラへ郵便が届くなど、ありえないに等しい。ゆっくりと扉を開けると、そこには本当に郵便屋が立っていた。

 

「まあ。ご苦労様です」

「サラ=オデール殿でお間違いないでしょうか」

「ええ。間違いないわ」

「ウォールド王国のレオン王太子よりお手紙です」

「!」

 

(レオン様ですって!?一体何の用だと言うのかしら!)

 

 心の中では悪態をつきながらも、郵便屋には罪はないので「ありがとう」と言いながら差し出された封書を受け取った。「では!」と郵便屋が返って行くと、サラとジャックの間にはどうにも気まずい空気が流れる。

 

「レオン殿下と今でもやりとりをしているのか?」

「まさか!レオン様から手紙をもらったのなんて何年ぶりか分からないくらいよ」

 

 幼い頃はいつも二人で遊んでいた。サラの初恋であったとも思う。しかし二人の結婚がどういうものか分かるようになってからは、ただの幼馴染でもただの恋人でもいられなくなってしまった。窮屈すぎるそれは、少しずつサラの心を蝕んでいたのだ。

 

「そうか。とりあえず中を確認した方がいいのでは?」

「それは……。そうね」

 

(エミリア嬢と結婚した報告かしら。もしくは懐妊とか。どちらにせよ、私にはもう関係のないことだわ。中身だけ確認して放っておきましょう)

 

「えっと、ペーパーナイフを持ってくるわ」

「ああ。俺が持っている」

 

 ジャックの胸ポケットから、ペーパーナイフが差し出された。そのペーパーナイフにサラはぎょっとする。一介の騎士が持つような代物ではないからだ。

 

(この人、まさかとは思っていたけれど。随分と名高い家柄の方なのね)

 

「使っていいの?」

「俺が開けよう」

 

 サラが恨めしい顔をしかけると「いや、違う」とジャックは弁解した。

 

「このペーパーナイフは切れ味が良すぎるから危ないのだ。だから開けるだけだ」

「そう?」

 

 おずおずと手紙を差し出すと、一瞬にして封が切られた。

 

「どうぞ」

「どうもありがとう」

 

 ジャックに見えないように中身を取り出し、目を通す。すると一瞬にして琥珀色の瞳は大きく見開かれた。目玉が飛び出してしまう勢いだ。

 

「どうした?」

「ばっっっっっっっっっっっっかじゃないの!?」

「ええ!?」

「ああ、あなたじゃないわ」

 

 サラの口から怒りの言葉が出たのを、ジャックが見たのはそれが初めてだった。

 

(なんて面の皮が厚い人なんでしょう。とんでもないわ)

 

 手紙を持つ手に力が籠る。皺が寄り始めるそれに、ジャックは「なんと書いてあったんだ?」と優しく問いかける。

 

「見たら分かるわ」

「読んでも?」

「どうぞ」

 

 手紙はジャックの手に渡る。翡翠色の瞳がそれに目を通す。次第にその瞳には怒りの炎が灯り始めた。

 

「なんだこれは」

「呆れるでしょ」

「どうするんだ?」

「無視に決まってるじゃない」

 

(私の人生をなんだと思っているのよ!)

 

 ジャックから手紙を奪い取り、それをぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱へ捨てた。サラは地団駄を踏みながらサロンへと行ってしまった。ジャックは見つからないようにそっと先ほどの手紙を拾い上げ、皺を伸ばす。

 

「まったく。冗談じゃない」

 

  サラ殿

 元気に過ごしているか。

 お前が国を出てから一ヶ月以上が過ぎたな。

 どうだ。

 頭は冷えたか?

 この頃合いでお前のことを許してやってもいい。

 そろそろ国に戻ってこい。

 そして再度婚約をしよう。

 待っている。

                レオン=ウォールダン

 

 

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