学級委員長と不良少女 Ⅵ

 校門を出て早々、私は後悔した。


 こんな平日の朝っぱらに、中学生が制服を着て、街中を出歩ける訳がない。

 きっと警察官や補導員に見付かって、親や学校に連絡が行って、こっぴどく叱られるに違いない。


「ねぇ白銀さん、やっぱり私帰る……」

「だいじょぶだって!」


 いや大丈夫とかそういう問題ではなく。

 いや大丈夫ではないから帰りたい訳で。


「そうじゃなくて、こんな時間に出歩けないよ。それに私、カラオケ行った事ないし」

「平気平気! お小遣い入ったし、あたしがおごってあげるから」

「そうじゃ、なくてね……」

 何だか、突然会話が成り立たなくなってしまって、ちょっと怖い。


「……ん、お小遣いって?」

「ほら」

 短いスカートのポケットから出て来たお札はくしゃくしゃで、何枚か重ねて丸く束ねられている。


 いやいや何その持ち歩き方!

 洋画に出て来るギャングしかやらないと思ってたよ!


 もう自分の中の恐怖心が様々な方向に飛び交って、目が回る。


「ここ、あたしの行き付け」

「ねえ待って。明らかにヤンキーがたむろする雑居ビルじゃない」

「いいんちょは心配性だなー。ここの監視カメラ全部壊れてるし、みんなあたしの事知ってるから、制服で遊んでも補導されないよ」

 ここの監視カメラが全部壊れている事は、決して安心できる情報ではない。

「し、白銀さんってやっぱり、ヤンキーなの?」

「んー」


 悩むな考えるな! 怖いから!


 でも白銀さんが口にした言葉は、意外なものだった。

「いいんちょが思う『ヤンキー』って、どんなやつ?」

「え……そりゃあ、いつも喧嘩したり、恐喝したり……えっと、とにかく怖い人、かな」

「だったら、たぶんあたしはヤンキーじゃないよ」

「いやヤンキーにしか見えないよ……」

 つい反射的に、声に出てしまった。

 彼女の視線が、真っ直ぐ私に向けられる。


「あたしはただ、逃げてるだけ。自分を守ってるだけ」


 その言葉に含まれた意味が、私には分からなかった。

 けれどそう話す彼女の瞳は、とても弱々しくて、悲しそうで、はかない影を放っていた。


「怖がってるのは、あたしの方なんだよ」


 驚いた。

 いつも強気で勝気で、誰も寄せ付けない強烈な眼力を持つ彼女が、こんなにも柔らかな表情をするなんて。


 女の私でも、思わず惹き込まれる。

 ずるい。

 自由に生きて、美貌も備えて、実は素直で優しくて、こんなにも弱い一面まであるなんて。

 いつも必死に自分を取りつくろう自分が、馬鹿馬鹿しく思えてならない。

 地味で無能な私の存在を、彼女が一層浮き彫りにする。

 隣に立つ自分が、霞んで見える。


「――ごめんなさい。やっぱり私、帰ります」

「そっかぁ……無理矢理連れて来てごめんね」


 畜生――。

 最後に塩らしく謝るなんて。

 これじゃまるで、私が我侭わがままを言っているみたいじゃないか。


 私は身体を一八〇度転回させて、亀裂だらけのアスファルトを見ながら三歩進んだ。

 知らない人の靴が視界に入る。


 顔を上げると、三人の男。

 リーゼント。

 鼻ピアス。

 金属バット。


 邦画の任侠モノでしか見た事無いような三人組だ。


「お嬢のダチだろ? 送ってやんよ」


 結構です!


 口は震えて、声は出ない。

 こんなのヒヨって当然だ。


「いいんちょ、気を付けて帰ってね! あたしちょっと歌って帰るから!」


 この界隈かいわいで一番、いや唯一話せる人物が、雑居ビルに消えて行く。

「待って、あぁぁ待って! 白銀さぁぁぁん!!」


 私は藁にも縋る思いで、彼女の背中を追い掛けた。


「置いてかないでぇぇぇぇ!!」

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