お手柄
ウゾガムゾル
お手柄
「小学生がお手柄 窃盗犯を知らせる」
ある日の報道番組に、こんなニュースが流れ込んできた。ある日の住宅街で車上荒らしが発生したが、塾帰りの小学4年生がそれを見つけ、通りがかった大人に伝えたところ、逮捕に繋がったというのだ。どうやら常習犯だったらしく、件の小学生は警察から感謝状を受け取った。彼は「将来は立派な警察になりたい」と語った。
*
「ごめんね」
最期の言葉はそれだった。母親は息子の目の前で、静かに息を引き取った。少年は涙した。まだ17歳だった。
少年は人一倍強い正義感を持っていたが、体力がなかった。それに、彼の家は貧乏だった。昔は警察になりたくて、本気で目指していたこともあった。だが彼には到底無理な話だった。彼の母親も、治療費が払えなくて死んでしまったのだ。結局彼は中学を卒業したあと、製造業で働き始めた。工場の機械のすり減るのとともに、彼の精神もすり減っていった。
*
「明日から来なくていいよ」
これが、青年が最後に聞いた他人の肉声だった。
工場をクビになり、日雇いのバイトを転々とし、そこでも疎まれる日々が続き、青年はついに心が折れた。彼はもう一ヶ月も外に出ていなかったし、ここ数日何も食べていなかった。
朦朧とする精神の中で、青年は昔のことを思い出した。
昔はただ好きなことをしているだけで生きられた。皆が褒めてくれた。そうだ、俺だって昔は褒められることがあったのだ。そういえば、車上荒らしを捕まえたことがあったな。あのときは人生で一番輝いていた。家族にも親戚にも警察にも、とにかく褒められた。あのときの俺は正義感に燃えていた。警察になって、悪い奴らを全員捕まえるんだって、心から思ってた。誰も犯罪に怯えず、幸せに生きられる世の中にしたいんだと。今はそんな気概はない。
否、待て。青年は考えた。俺が今苦しんでいるのは、良いことか、悪いことか? 悪いことに決まってる。それは罪だ。誰が悪い? 社会だ。悠々自適に生きて、飯を食いすぎて吐いてる奴らがいる一方で、俺は飢えて死にそうなんだ。使い切れないくらい広い家を3つも4つも持ってる奴らがいる一方で、俺はこんなウサギ小屋のような部屋でうずくまっているしかないんだ。ふざけるな。
「夢を叶えるときがきた」
正義の執行だ。彼はある日の夜、一ヶ月ぶりに外に出た。弱そうな中年の女性を狙って追いかけた。そして、勢いよく走って近づき、荷物をひったくった。
家に帰り、青年は財布を見た。コンビニでおにぎりが2つ買えるかというところだった。今どきは現金をあまり持たない人も多いのか。クレジットカードもあったが、すぐに止められてしまうだろう。その前になんとかするか。いや、そうか。そもそも、欲しい物があったら万引きしてしまえばいいだけの話なのか。
何、悪いことはないさ。これは富の再分配だ。社会の奴らどもが不公平に専有している富を、元の状態に戻しているだけなのだ。これこそが本当の「正義」だ。
夜はもう深かったが、青年の目の前は昼間のように明るかった。彼は近くのスーパーの駐車場に向かい、高級そうな車の前に立った。そして、窓ガラスを割って中に侵入し、金目のものを探した。現金やネックレスが無造作に置かれていた。彼はそれらを持って、逃げ出そうとした。
「何してるんですか」
振り返ると、そこには屈強そうな男性が立っていた。彼は立ち去ろうとしたが、その場で取り押さえれられた。
その横を見ると、そこには塾帰りと思しき小学生くらいの少年が立っていた。
お手柄 ウゾガムゾル @icchy1128Novelman
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