6-2
「そういやこの前魔法学校で会ったな。三日月さんの妹」
「あっ、そ、そうです! こんにちは!」
私が勢いよく頭を下げると、シトアさんも会釈を返してくれる。
瑠璃ねぇは少しホッとしたように後ろから私の両肩に手を添えていた。
「シトアくん、ありがとう。だけど……大丈夫? こんなことをして立場が悪くならない?」
「別に、そういうのどうでもいいです」
シトアさんはあくびをしながら答えると、ひらりと手を振ってエレベーターの方に去って行った。
その姿が見えなくなると、瑠璃ねぇは長く息を吐いてからくるっと私の体を反転させて向かい合わせになる。
「みかげちゃん、もうここでは働かない方がいいわ」
「え? どうして?」
「悔しいけど、ここに居るのは魔法の能力で人の価値を決める腐った人たちばかりなの。みかげちゃんの噂はすぐに広まるわ」
瑠璃ねぇがすごく悲しそうに言うから、私はこの前のことを思い出した。
私が魔法省に出店したいと言った時の瑠璃ねぇの様子を。
私が嫌な思いをするかもしれないから、瑠璃ねぇは渋っていたんだ。
私は瑠璃ねぇを安心させたくてニコッと笑った。
「大丈夫だよ瑠璃ねぇ! 悪口言われたって全然平気。心配しないで!」
「でも……」
「魔法を人を見下す道具にするなんて絶対間違ってる。私の方が正しいって自信あるもん。だから負けたくないよ」
瑠璃ねぇをまっすぐに見る。
瑠璃ねぇはしばらく私のことを見つめていた。
そして、少し目を伏せる。
「……どうして、みかげちゃんはそんなに強いの?」
「え? 私、強いかな?」
瑠璃ねぇは力強く頷いた。
「魔法学校でだって散々な扱いを受けていたでしょう? それなのに逃げなかった。どうして?」
「うーん」
私は首をひねる。
嫌なことがあっても通い続けていた事がそんなに特別だって、考えたこともなかったかも?
確かにどうして今まで頑張れていたんだろう。
「あっ、分かった!」
すぐに答えが見つかった私はめいっぱいの笑顔を見せる。
「だって学校で何かを失敗しても、家に帰れば笑顔でいられるから。お姉ちゃん達はどんな私でも受け入れてくれるもん」
その言葉一つ一つを飲み込むように頷いて、瑠璃ねぇは嬉しそうに笑った。
「そっか……。そんな風に思ってくれるのね」
「うん! いつもありがとう、瑠璃ねぇ大好き!」
「本当はすごく臆病で、上手くいかないと逃げてしまう情けない人間だったとしても?」
「え? んーと、何があっても瑠璃ねぇは瑠璃ねぇ以外にはなれないもん。私は瑠璃ねぇの存在自体が好き!」
私が自信満々に言うと、瑠璃ねぇは少しきょとんとした。
それから、突然クスクスと笑い始める。
「ふふ、ふふふ」
「えっなにー!?」
「いえ、良い発想だなと思って。私もみかげちゃんの事大好きよ」
「え? えへへ」
なんだかよく分からないけど褒められた!
私たちの会話に混ざるように、エントランスにある振り子時計が午後二時の鐘を鳴らした。
瑠璃ねぇは音が鳴り止むと大きく伸びをしてから、勢いよく両手を下ろす。
「よーし、みかげちゃんを見習って私も頑張るわね」
「うん、お仕事頑張ってね!」
「ええ。私も一歩踏み出してみるわ! 未来のためにやるしかないわよね!」
「うん?」
なんとなく、会話が噛み合っていない気がする。
でもにこにこと手を振って去っていく瑠璃ねぇがやけに元気いっぱいだったから、水を差すようで深く聞くのはやめておいた。
そして、これからの話はそれから半月ほど経った頃のこと。
世間では受験シーズン真っ只中。
案の定ハーブキッチンはお客さんが片手で余るほどしか来てくれなくなってしまったから、最近はお店より受験勉強の方が忙しい。
今日は日曜日で魔法省もお休みだから、当然ハーブキッチンも休業。
という事で私は朝から受験勉強に励んでいるのだった。
私の第一志望は家から一番近くて校則のゆるい高校だ。
なぜなら高校生になればいろんな場所で本格的に働けるし、家で魔法の勉強をする時間も欲しいから。
ふぅと一息ついて、私は勉強の手を止めてぼんやりと窓の外を見つめた。
そろそろ疲れてきたし、息抜きでもしようかな。
ベッドの上に置きっぱなしにしていた魔力辞典を手に取る。
何の気なしにめくっていると、ある一説に目が止まった。
『星は目に見えるものの、その物理的距離により魔力を吸い出すことはできない。
しかし、月程度であれば人によっては魔力を得ることができる。
月の魔力は守護霊を呼び出す力。
それはその者の縁のある形となって現れる』
そこに描かれている金色の髪の綺麗な妖精の挿絵を見て、私はふとシトアさんのことを思い出した。
私を庇ってくれたあの日からシトアさんを魔法省で見かけることはなくなった。
もしかして私をかばったせいでクビになったとか……?
いや、忙しいだけだよね?
そ、そう思いたい。
「おーいみかげ、瑠璃ねぇがケーキ買ってきてくれたぞー」
琥珀ねぇの声だ。
「ケーキ!? やったー!」
私は一目散にリビングにかけて行った。
リビングのテーブルにはすでにケーキと紅茶が用意されていて、瑠璃ねぇと琥珀ねぇが席について私のことを待っていた。
「私はどれでも良いわ。二人とも好きに選んでね」
「みかげ、どれがいい?」
「ショートケーキかなー」
「じゃ、あたしはガトーショコラで」
「なら私はモンブランね」
私がティーポットからみんなのティーカップに紅茶を注いで、ティータイムのはじまり。
「そうそうみかげちゃん、ポストにお手紙が来てたわよ」
……の前に、瑠璃ねぇがにこにことロイヤルブルーの封筒を私に差し出した。
差出人は書いていない。
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