2-2


「三日月さんには退学の措置を取らせてもらうことになりそうなんだ」

「嘘ーー!? じゃあ今の進路相談はなんだったんですか!?」

「ご、ごめんね」

「詳しくは私から話そう」


 校長先生がしゃしゃり出てきた。

でもそれも気にならないくらいショックで頭が真っ白だ。

なんだか現実じゃないみたい。


 校長先生だけは一人清々しい顔をしている。


「そう、あれは君が五歳の頃。十年前の事だね」

「随分遡るなぁ……」

「うむ。まぁ聞きたまえ」


 聞きたくないけど、校長先生は勝手にペラペラと話しはじめた。


「ここに君の入学願書が届いた時、私は野心に震えたよ。我が校から素晴らしい魔法師を輩出できるかもしれない。そうしたら、この田舎のしがない魔法学校も名門と呼ばれるだろうと。何でか分かるかい?」


 あぁ、嫌なことを聞かれている。

頭にそれだけ浮かんだ。

だから私は一息ついてから、吐き出した何倍かの息を吸った。


「私の姉が三日月瑠璃と三日月琥珀だからですか?」


 瑠璃ねぇだけじゃない。

琥珀ねぇも人並み外れた魔法の才能の持ち主で、特にすごいのは魔力を嗅ぎ分ける嗅覚。


 遠くからでもどこで何の魔法が使われているのか察知できるし、残り香ならぬ残り魔力で過去にその場所で使われた魔法も当てることができるのだ。


 魔法が使えるかどうかは、言い換えれば魔力を感じることができるかどうか。

琥珀ねぇは嗅覚で魔力を感じるらしい。


 ちなみに、私にとって魔力は光として見えている。

昼間は良いけど夜になると眩しいのが難点だ。


 校長先生は「その通り!」と指を鳴らした。


「君のお姉さん達は素晴らしいよね。琥珀さんは魔法学校を飛び級で卒業して史上最年少で魔法警察官になったし、その飛び級制度も」

「作ったのは瑠璃さんだし」


 台詞を奪った私を、校長先生はじとっとした目で見た。


「そうだ。だから君にも期待していたんだが……」

「すみませんね、期待外れで」

「ああ。テストの点は平均以下、実技では毎回魔法を爆発させて校舎を壊すし、我々の手に余る人物だったみたいだね」


 校長先生はまるで被害者かのようにそう言った。

けれど、むしろ傷ついたのはこっちの方だ。

お姉ちゃん達はお姉ちゃん達、私は私なのに。

勝手にがっかりされても困る。


 それに、私だって本当は勉強もできるんだ。

ただ、テストになると緊張して頭が真っ白で何も書けなくなっちゃうだけで……。


 なんて、言い訳だよね。


 魔法社会は結果主義。

過程を頑張っても結果が出ないのなら出来ていないのと一緒。

むしろ今までよく面倒を見てくれた方なのかもしれない。


「いつか芽が出るはずだと待ってみたが、君ももう十五歳。見込みはないようだから退学とさせてもらうよ。せめて一般の高校受験までは待とうか。親御さんにも後日話すから」


 ーーと、これが退学勧告の次第だ。

私が話し終わると、まず琥珀ねぇが怒りに震えた。


「何だそれ!? 入学させた理由も退学させる理由も勝手すぎるだろー!」

「琥珀、落ち着きなさい」


 瑠璃ねぇは冷静に琥珀ねぇをなだめて、それから嘆かわしそうにため息をついた。


「なるほど……そうだったのね。まずはお父さんに連絡しましょうか」


 瑠璃ねぇがスマホを手に取る。

少しして、早速画面にお父さんの姿が映し出された。

でもなぜか逆さだ。


「おーいみんなー、元気ー?」


 と言って逆さのお父さんは大きく手を振った。

背景に真っ青な大空が広がっていて、お父さんの茶色い髪をキラキラ輝かせている。

その後ろでは研究員のような風貌の人達が魔法で地面を掘っているから、どうやら海外の鉱山にでもいるようだ。


 私たちのお父さんは魔力の研究員。

新しい魔力を発見するために世界中を飛び回っているのだ。

地球には870万種の生物が生息していると言われているけれど、その大多数はまだ発見されていない。

つまりそれは、見つかっていない魔力の数にも当てはまると言える。


「教授、それ逆ですよ」


 横から助手らしき男性が笑いながらやってきて向きを直した。

どうやらスマホが逆さだったみたいだ。


「お父さん、相変わらずだね」


 私の感想にお父さんは照れながら笑って、ごまかすように手にした水筒の中身をガブガブと飲んでいる。


「あはは、暑いからかなぁ? 父さんボケちゃアァーーっと!?」


 突如、お父さんの手にしている水筒が粉砕した。

何が起きたかと言うと、お父さんが眼鏡の位置を直そうとしたらなぜか指が引っかかって眼鏡が吹っ飛び、手元の水筒と衝突したのだ。

それだけで水筒が壊れるなんてどんな怪力?


「ああ~。またやっちゃったよ」


 と申し訳なさそうに言うお父さんはよくこんな風に物を壊してしまう。


「あのさ、重要な話があるんだけど」


 琥珀ねぇが切り出した。

その声音で何か察したのか、お父さんは心配そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「みかげちゃんが魔法学校を退学させられることになったの」


 瑠璃ねぇがそう言った後、その場は無言に包まれた。

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