3話 王子との出会い

 どれだけ歩いただろうか。

 

 山道を行けども行けども、遠くに見える城は一向に近くなった気がしない。

 結局、ドレスの裾は裂けてしまった。トランクの持ち手が食い込んだ手のひらは、皮が剥けていた。

 つま先とかかとがジンジンと痛んだ。

 

「はあ……はあ……」

 

 切れた息はさびの味がする。喉の渇きに、膝の疲労。意識がもうろうとして、視界もあやしくなってきた。

 

 そんなとき、足元を見ないまま一歩踏み出した先に、大きな石があった。その石の端に、カトリーヌは靴を乗せてしまった。

 

「きゃっ!」

 

 ヒールがぐらつき、バランスを崩す。かろうじて転びはしなかったものの、ひねった足首はすぐに熱を持ち始めた。

 

(休めば痛みは引くかもしれないけど、そんな場合じゃない。行かなくちゃ……!)

 

 痛みよりも焦りが勝った。

 真上に届きつつある陽にせかされながら、カトリーヌは再び歩きだそうとした。そのときだった。

 

 前方の道に突然、五人の騎兵が現れた。


 騎兵のうち、先頭は大きな黒い馬に乗った騎士だ。

 真っ黒な甲冑に身を包み、黒い兜は頬までをおおう古式のもの。顔のほとんどは黒いひげに隠れていて、目は爛々らんらんと光っている。

 

 後ろに控える騎兵たちは、青、赤、黄、白と違った色の甲冑を着ている。

 彼らも、馬に乗っていた。それぞれの騎士の鎧の色と、同じ色の馬だ。

 鎧も馬も、白を除いてどれも暗い色調だった。

 

 白い鎧の騎士だけは、兜を被っていなかった。

 

 絹のような黒髪に、紫の瞳。

 無表情な彼は作り物のような美しさをしていて、ヒト族に近い外見だけれど、ヒト族ではあり得ない美しさに思えた。

 思わず見惚れそうになったカトリーヌだけれど、目が合いそうになって慌ててそらす。

 

 緊張のせいか、鼓動がはやくなって、頬がほてっていた。

 

「あ、あの、あの、私。私は魔王様の、その、王子様の、その、」

 

 騎士たちに見下され、カトリーヌはなんとか言葉を搾り出そうとした。

 

「フェリクス王子のご婚約者、カトリーヌ王女に相違ありませぬな」

 

 びゅうと熱風を吹かせながら先頭の黒い騎士が問う。

 王城で怒鳴られ慣れていたカトリーヌでも、恐怖のあまり気を遠くしてしまうような恐ろしい声だった。

 

 同時に、黒い馬の鼻息が、熱風となってカトリーヌに吹き付ける。

 

「ひっ」

 

 未体験の恐怖に、血の気がさあっと引くのが分かる。

 

(魔族の……王子の……遣いの方、よ、ね……)

 

 安堵して良いのか警戒するべきか、分からないまま、カトリーヌはいま意識を手放そうとしている。

 

(フェリクス王子と……いうお名前なのね……)

 

 婚約者の名前すら知らされていなかったカトリーヌは、王子の名前の響きの美しさを意外に思った。

 魔族にも名前があるということを考えてみたことが無かった。

 

「素敵な、お名前ですね……フェリクス、さま……」

 

「カトリーヌ王女!」

 

 気を失う寸前、涼やかな声が名前を呼んだ気がしたが、どの騎士の声かは分からなかった。


 * * *

 

「ど、どうするんだ! 僕の名を呼んだぞ! 助けを求めたのか⁉ ケガをしているのか⁉ なぜ一人なんだ⁉」

 

 麗しい白の騎士が、動揺のまま馬を降りて、カトリーヌに駆け寄った。

 

「フェリクス王子落ち着いて下さいよ。このご令嬢がカトリーヌ王女なのは多分、まあ、間違いないと思うんで、とりあえず運びましょう。事情はあとで調べられますから」

 

 白の騎士の背後から、青の騎士が声をかけた。

 

「そ、そうだな。うむ。では僕が……」

 

 フェリクス王子と呼ばれた白の騎士がうなずく。

 白の騎士に扮していたのはカトリーヌの婚約者、フェリクス王子だったのだ。




☆ ☆ ☆


あとがきです。3話までお読みいただきありがとうございます!

のんびりスタートの本作、やっとフェリクス王子が出てきてくれました。

出迎えに来てくれた王子と騎士たち、でもちょっと黒の騎士は迫力ありすぎました(;´Д`)

気絶してしまったカトリーヌはどうなるのか。

次の話もお読みいただけると幸いです!

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