シュガーコート

三ツ沢ひらく

一、失恋のち告白

第1話

 

 好きな人に好きって言ってもらえる確率って、どれくらいなんだろう。


 アイスの当たりが出るくらい?

 街で芸能人を見かけるくらい?


 わたしは、宇宙から隕石がちょうど学校に落ちてくるのと同じくらいなんじゃないかと思っている。


千花ちかちゃん、わたしね……玉之江たまのえ先輩と付き合うことになったんだ」


 そんな奇跡の確率で、親友のひなたがわたしの好きな人と付き合うことになった、らしい。


 放課後、まだクラスメイトがちらほらいる教室のど真ん中で、わたしは座ったまま椅子からひっくり返りそうになる。


「え?  た、玉之江先輩と!?」


「うん……千花ちゃんも先輩のこと好きだった、よね。実はわたしも初めて千花ちゃんに先輩を紹介してもらったときから、先輩のこと好きだったの」


「う、うそ。初耳なんだけど……」


「だから一番に千花ちゃんに言わないとと思って。――本当にごめんね」


 申し訳なさそうに頭を下げるひなたに、わたしの心は虚しい思いでいっぱいになった。


(そうだったんだ。わたし、ひなたに先輩とのこといろいろ相談していたのに。その間に二人はうまくいってたんだ)


 ――なんだかわたし、馬鹿みたいだね。


「そっ……か、おめでとう」


 ちゃんと笑えたか分からないけれど、ひなたは嬉しそうにはにかんだ。


 ふわふわの髪に、守ってあげたくなるようなまあるい瞳。少し気の小さいひなたは小学生の頃からの友達だ。


 ひなたが先輩のタイプなら、わたしは最初から望みなしだったに違いない。


 小動物系のひなたとは真逆で、わたしは背も高い方だし髪も真っ黒のストレートヘア。寝不足の日は目つきだけで熊が逃げるとまで言われている。


 ひなたが自分のクラスに戻るのを見送った後、わたしは盛大なため息をついた。


「これはちょっとキツいなあ」


 わたし――北田きただ千花には好きな人がいる。一つ年上の玉之江先輩。


 男子バレー部の部長をしていて、女子バレー部に所属するわたしは以前から交流があった。成績優秀でスポーツ万能、かっこいい憧れの先輩だ。


 たまたまわたしに用があって体育館に顔を出したひなたに先輩を紹介したのは、他の誰でもないわたし。


(中学二年になったばっかりなのに、青春終わっちゃった……)


 涙がこぼれそうになって机に伏せていると、ちょんちょんと肩を突かれる感覚に気づく。


 泣く寸前で顔を上げると、そこにはクラスメイトの佐藤さとうくんの姿があった。


 あまり話したことはないけれど、ゆるめの天然パーマヘアと、優しげな目元が印象的な男子だ。ついでに線が細くて色白。


 とんでもないイケメンというわけではないのにその場にいると不思議と目を惹く存在で、クラスでも隠れファンが多いと聞く。


「北田、大丈夫? 具合でも悪いの?」


「あ、ううん。気にしないで。……いまね、盛大に失恋したところなの」


 体調を心配してくれる優しさにぐすんと鼻を鳴らす。そんなわたしを佐藤くんは驚いた表情で見つめていた。


 当然だ。特に仲がいいわけでもない相手に失恋宣言なんて。普段のわたしだったらするわけがない。


 でもいまはメンタルがズタズタなのだ。


(もう、誰にでもいいから笑い飛ばしてほしいよ……)


 佐藤くんはしばらく黙った後、わたしの机に肘をついてわたしの瞳を覗き込む。


 そして、柔らかな笑顔を浮かべてささやくように言った。



「じゃあオレとつき合おっか」


「え?」



 その場の空気がしーんと静まりかえる。わたしは自分の耳を疑った。


(絶対に聞きまちがいだよね……?)


 佐藤くんは妙に近い距離でニコニコ笑顔を浮かべている。


「えっと、いまなんて?」


「オレとつき合おっか」


「え……ええ!?」


 聞きまちがいではなかった。今度こそクリアに聞こえたその言葉に思わず叫んでしまい、教室に残っているクラスメイト達の視線が刺さる。


 わたしはぱっと口を押さえてから、ヒソヒソと佐藤くんに問いかけた。


「ち、ちょっとまって! なんでいきなり――」


「ねえ、ちかちゃんって呼んでいい?」


「は、話聞いてよ」


「オレのことはけんけんって呼んで♡」


「はい?」


(まって、どんどん話が進んじゃう!)


 突然の告白に心臓がバクバクする。顔も耳も熱くてどうすればいいのか分からない。


「オレじゃだめ?」


「だめっていうか突然すぎてなにも考えられない……!」


(だって告白されたのなんて初めてだから)


 そのまで考えてわたしはふと思った。


 さっきのは本当に告白だったのだろうか?


 好きとも言われていないし、失恋したから「じゃあ・・・つき合おっか」だなんて、まるで冗談で慰められているようにも、最悪の場合からかわれているようにも思える。


 一瞬でも舞いあがってしまった自分が、一気に恥ずかしくなった。


 わたしは身を縮めて椅子を引き、佐藤くんから距離をとる。


「じ、冗談だよね。いまはそういうのやめてほし……」


「冗談? まさか」


 わたしの精一杯の拒絶は食い気味に否定されてしまう。


 佐藤くんはわたしの机に手をついて、真面目な表情で言った。


「好き」


 それはいままで聞いたことのない、信じられないような重さを感じさせる響きだった。


 佐藤くんは真剣で――でもどこかすがるような表情を浮かべている。


 わたしはそんな佐藤くんから目を離せず、なにか言わなきゃと必死に口をぱくぱくさせた。


(わたしは先輩のことが好きで、でも先輩はひなたを選んだ)


(失恋したばっかりなのに、佐藤くんの言葉で気持ちがぐちゃぐちゃになる)


(彼はほんとうにわたしのことが好きなの?)


(どうしよう、頭まっ白でなにも答えられない!)



 好きな人に好きって言ってもらえる確率って、どれくらいなんだろう。


 じゃあクラスメイトに好きって言われる確率は?


 そして、そのクラスメイトに、自分が好きって言う確率は?


 放課後の教室に、静かな時間が流れる。


 どうかわたしの心臓の音は聞こえないで。




♢♦︎♢



 ――千花が泣いてる。


 教室の入り口に立ちながらオレはぎゅっと拳を握った。


 机に伏せているけれどオレには分かる。


 泣かされたんだ。さっきまでいた千花の友達に。


 オレの中で千花を心配する気持ちと、千花を泣かせたあの女にムカムカする気持ちが入り混じる。


 北田千花。オレが憧れて、恋焦がれてやまない同級生。


 サラサラの黒い髪が綺麗で、運動中はお団子にしているのがかわいくて、すらっとしたスタイルの女子バレー部のエース。


 正直そんじょそこらの男じゃ全然釣り合わない。高嶺の花。


 千花はオレのことなんてちっとも覚えていないかもしれない。でもオレは千花と出会った日からずっと千花のことが好きだった。


「千花……好きだよ」


 どうしたら恋人になってくれる?





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