【短編小説】不幸を呼び寄せる少女

@kuro1214

ただそれだけの物語

 柳葉村


 この村には、とある一つの掟があった。


 《閏間神社には絶対に近づいてはならない》


 この神社に祈りを捧げると、何でも一つ願いが叶う代わりに、悪魔が魂(たましい)に乗り移る。


 そのため、絶対に近づいてはならない。 


 村の人達はみんな、その掟をきちんと守っていた。


 しかしながらある時、一人の少女がその掟を破り、少女の魂に悪魔が乗り移ってしまった。


 悪魔の力で、少女の周りにいる人達はみんな不幸な目にあった。


 それが原因で村の人達はみんな少女を迫害するようになり、不幸を呼び起こす少女の話はあっという間に村全体に広まることとなった。



 「あ~くっそ暇……」


 大学一年の夏休み。


 一人暮らしで友達も彼女もいないから、ただひたすら一人でアニメや漫画を見ていた。


 「誰でもいいから、女の子と話して~」


 中学の頃から女の子と話した経験がほとんどない俺は、もう誰でもいいからとにかく女の子と話したかった。


 「あ、そういえば……」


 女の子なら誰でもいいといということで、「不幸を呼び寄せる少女」の話を思い出す


 噂によると……その子はいつも一人で、寂しそうにしているという話だ。


 「あの子なら、もしかしたら……」


 そんなこんなで、その女の子なら友達も彼氏もいなさそうだしワンチャン彼女にできるのでは?などというバカみたいな妄想を膨らませて、俺はその子に会いに行くことにした。


 

 「噂ではここら辺にいるって聞いたけど……」


 柳葉村に来て、しばらく辺りを見渡してみると、近くにそれらしい人影が見える。


 …………


パッチリ開いてた青色の瞳に、ショートボブの綺麗な黒髪、肌もめちゃめちゃ綺麗で、近くで見たら思わず一目惚れしてしまうのではと思うほど、かわいらしい顔をしていた。


 勢いで来てみたはいいもののよくよく考えてみたら、バキバキ童貞のこの僕が女の子に声をかけるなど、なんて難易度の高いことに挑戦してるのか疑問に思えてきた。


 でも、このまま立ち尽くしていたらストーカーみたいでやだし、かといってここまで来て何もせずに家に帰るのもあれだし……


 ここは、誇り高き陰キャとして彼女に話しかけることに決めた。


 「ぁ……」


 「……?」


 「あの……」


 「……誰?私に何か用?」


 「あの、えっと……」


 ヤバい。緊張しすぎて頭が真っ白だ。


 何、話せばいいんだっけ?えー……


 「実は……誰でもいいから女の子と話したいなと思って……」


 「…………」


 焦りすぎて思わず本当のことを口走ってしまった。こんなクソみたいな理由で話しかけたと知ったら、嫌われるに決まってる。終わった……


 「あなた……私の話知らないの?」


 「……え?」


 「私が、周りの人を不幸にするって話のこと」


 「いや、知ってるけど……」


 「なら、何で私に関わってこようとするの?私と一緒にいたら、あなたが不幸になるだけなのに」


 「…………」


 確かに、彼女の言う通りだ。いくら女の子と一緒にいれるといっても、彼女と一緒にいるのは俺にとってデメリットの方が大きいはず。


 だけど何故だろう。彼女と実際に会ってみて、俺は彼女のことが少し気になった。


 「君のことが少し気になって……不幸になるっていうのは具体的にどういうこと?」


 「……別に、噂話の通り。閏間神社に行ったときから私の心には悪魔が宿って、その悪魔の影響で私の近くにいる人達はみんな不幸なことが降りかかるってだけ」


 「不幸なこと?」


 「例えば、たんすの角に小指ぶつける程度のこともあれば、トラックにひかれて大怪我を負うこともあるから、不幸なことっていっても何が起こるかは私にもわからない」


 「ただ一つ言えることがあるとすれば、私と一緒にいても不幸になるだけ」


 「…………」


 本当に自分でもどうしてかわからないけど、何故か彼女の話を聞けば聞くほど彼女のことが放ってはおけなくなる。


 「これでわかったでしょ。もうこれ以上私に関わらない方がいいよ」


 彼女と一緒にいたら不幸な目に遭うのはわかってるけど、それでも――


 「いや、その話は聞けない。俺は君と一緒にいるよ」


 「……どうして?私と一緒にいても、あなたが不幸になるだけなのに」


 「だって君……本当は関わってほしいんでしょ?」


 「……!?」


 「本当は他人と関わりたいけど、自分と一緒にいたら不幸な目に遭わせてしまうから、だから自分の気持ちを押し殺して他人を遠ざけてるんでしょ?」


 「…………」


 「結局君はただ強がってるだけで、本当は他人と一緒にいたいんでしょ。違うの?」


 「……だったら何?」


 「確かに私は強がってるだけで、本当は誰かと一緒にいたいよ。でもしょうがないでしょ?こうするしかないんだから」


 「私が一緒にいたらまた誰かが不幸になる、また誰かが傷つく……だから私は、誰とも関わらずに一人で生きていくしかない……」


 「…………」


 「それとも、あなたはこんな私とも一緒にいてくれるの?どれだけ不幸な目にあっても、どれだけ傷ついても、私と一緒にいてくれるって……約束してくれるの?」


 ……正直、トラックにひかれて耐えられる自信はないし、それ以上の不幸な出来事があるなんて考えたくもない。けど――


 「ああ、約束するよ。どんなことがあっても、俺は君と一緒にいるって」

 

 だって、一人ぼっちで寂しい思いをしてる女の子が目の前にいれば、助けるのは当たり前のことだから。


 「……そりゃ、口ではなんとでもいえるでしょ」


 「口だけじゃない。俺は絶対に約束を守る」


 「……なら、証明してみてよ。あなたの言葉が口だけじゃないってことを」


 「もちろん、証明するよ。どんなことがあっても俺は、君と一緒にいるって」


 「じゃあ、今日から私はあなたと一緒に生活するから」


 「……え?」


 「だから、今日から私はあなたの家であなたと一緒に暮らすから。そういうことで」


 「いやいや、俺が一緒にいるって言ったのはあくまで心の距離的な意味で、決して物理的に一緒にいるって言ったわけじゃ……」


 「何?さっきまで散々かっこつけてたくせに、もう自信がなくなって言い訳するの?あ~あ、せっかく期待してたのに。まあ、童貞じゃ仕方ないよね」


 ……あ?どうやらこのメスガキには、童貞の威厳というものを教えてやらねばならぬようだ。


 「……そこまで言うなら仕方ない、お前に見せてやるよ。お前がバカにした童貞という存在が、どれだけ威厳に溢れてるかということを!」


 「はいはーい、期待してまーす。それより、お兄ちゃんの名前って何て言うの?」


 「お兄ちゃんじゃない、俺の名前は優だ。お前こそ名前は何だ?」


 「私の名前は楓。よろしくね、優おにーちゃん」


 「だから、お兄ちゃんじゃないっつってんだろ!」


「お前みたいなクソかわいい女にそんなこと言われると、こちとら理性がいくらあってもたんねえんだよ!だから今度からお兄ちゃん呼びは禁止な」


 「え、私ってかわいい?えへへー。ありがと、おにーちゃん」


 「禁止だ!!」


 そんなこんなで、俺は楓と2人で家に帰ることにした。



 「そういえば楓って、何で悪魔に取りつかれたんだ?」


 「え?そりゃあ、村の掟を破って閏間神社に行ったからでしょ」


 「それは知ってるけど、その神社で悪魔に取りつかれる代わりに何かをねがったんだろ。何を願ったんだ?」


 「ああそっちね……別に、綺麗な顔にしてくださいって願っただけだよ」


 「え?」


 「私、神社で願う前はマジで顔が不細工だったんだよね」


「それで、小さい頃から周りの人たちにいっぱい悪口言われてきたから、それに耐えられなくなって村の掟を破ってそんなお願いをしたってわけ」


 「……まじか」


 「じゃあさ、悪魔にとりつかれたんなら……悪魔を取っ払う方法とかはないの?」


 「ああ、あるにはあるみたい」


 「悪魔は、人間の負の感情を依り代にして、満たされてない人の心に取り付く」


 「逆に、心が満たされてる人には取り付けないみたい」


 「えー……つまり、どうすれば悪魔を取っ払えるんだ?」


 「私の心が満たされれば、悪魔を消すことができるみたい」


 「……なんか、よくわかんねえな」


 「それと……悪魔が消えたら、悪魔に取りつかれてる私も消えちゃうらしいんだけどね」


 「え……」


 「……まあ、今の話はあくまで全部うわさ話だから、そんなに真剣に考えなくていいよ」


 「そっか……」


 ただ興味本位で質問しただけだったのに、まさかこんな重い回答が帰ってくるとは思わなかった。


 「ごめん……まさかそんな重い話だとは思わなくて」


 「別にいいよ、気にしてないから」


 「ああ……」


 「…………」


 やっぱり、俺がデリカシーのないことを聞いたせいか、楓の気分が少し沈んでるように見える。


 この気まずい雰囲気をどうにかするために、何とか楓の元気を取り戻さなければ……


 ここは、俺のとっておきを出すしかなさそうだ……


 「なあ楓、お腹空いてないか?」


 「え?まあ、結構空いてるけど……」


 「そうか。なら、俺がとっておきのマーボー豆腐を作ってやろう」


 「え?優君って料理できるの?」


 「いや、俺が作れるのはチャーハンとペペロンチーノとマーボー豆腐の3つだけだ。しかもチャーハンとペペロンチーノは普通に不味い」


 「でも、マーボー豆腐だけは旨いものをつくれる。どれくらい旨いかと言うと、食に厳しい俺の母親から「他の料理はげろ以下だけど、マーボー豆腐だけは店に出せる」って言われたレベルに旨い」


 「……他の料理はできないのに、マーボー豆腐だけは店に出せるくらい上手って、何で?」


 「それに関してはマジで俺にもわからない。マーボー豆腐は5回くらいしか作ったことないのに、チャーハンは死ぬほど作っても不味いままのは本当に意味がわからない」


 「まあとにかく、とびきり旨いマーボー豆腐作ってやるから、楽しみにしとけ」


 「ん~。楽しみにしとくー」



 「ん~!凄い美味しい!」


 「だろ?俺の初期ステータスはほとんどゴミだけど、マーボー豆腐を作ることに関しては天才と言っても過言ではないからな」


 「いや、ステータス偏りすぎでしょ。それはそうとホントに美味しいねー」


 「そう言ってもらえてよかったよ」


 さっきまで元気のなさそうな顔をしてたけど……俺の料理を食べてから、どうにか笑顔になってくれて良かったと安心した。


 「……ねえ」


 「ん?」


 「何でこんなに優しくしてくれるの?」


 「……え?」


 「いやだって、初めて会った相手に対して無条件で家に入れてくれるだけじゃなくて、こんなに美味しいご飯も作ってくれるなんて……」


 「別に、優しくしてるつもりなんてないけど。楓が喜んでくれたら俺も嬉しいし、ただ俺は他人の喜ぶ顔が見たくて行動してる自己中心的な男ってだけだから、別に気にしなくていいぞ」


 「…………」


 「……?どした?急に黙り込んで」


 「……いや、優君ってちょっとステキだなーと思って」

  

 「……まじか、そんなこと初めて言われたわ」


 しかも楓みたいな美少女に言われる日が来るなんて……素直に感動した。


 そうして、二人で何気ない会話を楽しみ、この夜は過ぎた。



 その後……約一か月の間、俺は楓と二人で何でもない日常を過ごした。


 楓の言う通り、楓と一緒にいるとたちまち不幸な目に遭った。


 でも、運がよかったのかトラックにひかれるみたいな大きな不幸は訪れなかった。


 それに、俺にとっては不幸な目に遭うことの辛さよりも、楓と一緒にいることの楽しさの方が大きかった。


 今まで……一人で日々を生きてきて、本当に退屈な日常だった。


けど、楓と二人で過ごすだけで、生きているのが本当に楽しいと思えるくらい……この一か月間は、幸せな時間だった。



そんなある日の朝――


 「んあ?」


 玄関の方から突然ドアを叩く音が聞こえ、薄っすら目が覚める


 「――――――」

 

 「――!?」


 楓と……なにやら知らない男の会話声が聞こえた。


 ……少し嫌な予感がして、慌てて玄関に向かう。


 「……!?」


 そこには、いかにも不良のような風体をした二人の男と、それに怯える楓の姿があった。


 「大丈夫か、楓!」


 「……うん、大丈夫……」


 「……それで、あなた達は誰ですか?」


 「ああ、すみませーん。勝手にお邪魔してま~す」


 「人の家に勝手に入って来て、何の用ですか?」


 「お前には何一つ用なんてねえよ。俺たちが用あんのはそっちの女だけだ」


 「なら、楓に何の用があるんですか?」


 「別に、ただそいつをボコしにきただけだけど?」


 「……何のためにそんなことをするんですか?」


 「俺たちは昔、そいつが原因で事故に遭って大怪我を負うっつう不幸に襲われた。だからその憂さ晴らしをするためだよ」


 「何で楓がこの家にいるってわかったんですか?」


 「村の奴らに話を聞いて、そいつがこの家に入って行くのを見かけたっつう情報を聞いたから、ここにやってきたってわけ」


 「まあそんなわけで、しばらくの間そいつは俺たちが預かりまーす」


 「…………」


 「ああ、心配しなくても俺たちの気が済んだらすぐお前に返品してやるよ、こんな不良品ww」


 「…………」


 「にしてもあんた、よくもまあこんな女と付き合ってるもんだな。不幸を呼び寄せる女なんざ、誰もいらねーだろ」


 「あ、もしかしてコイツ童貞なんじゃね?顔も陰キャっぽいし。だから無理してそいつと付き合ってんだろ」


 「あ、マジ?陰キャと不良品のカップルとか、めっちゃお似合いじゃね?ww」


 「お前流石に言い過ぎだろww」


 「wwwwwwwwwwwwww」


 「――それで、言いたいことはそれだけですか?」


 「……あ?」


 「残念ですけど楓は渡せないんで。どうしてもって言うなら、俺が力ずくで相手になりますけど」


 「……へー。陰キャ君ごときが、俺たちに勝てるとおもってるんでちゅか~?」


 「……!?」


 突然、背後から力強く両手で腕をつかまれる。


 「……楓?」


 「優君が私のことをかばってくれてるのは凄く嬉しいし……ありがたいなって思ってる」


 「でも、私なら大丈夫だから。こーゆうのは慣れてるし……だから、優君は気にせず、ここで私の帰りを待ってて、ね?」


 「…………」

 

 楓は、「大丈夫」だと言った。震える両手で……俺の腕を掴みながら、震えた声で……


 何が、「大丈夫」だよ……強がってんじゃねえよ、バカ……


 「――そんなに震えなくてもいいよ、楓」


 「……え?」


 「俺が、速攻であいつらぶっ飛ばしてくるから」


 「優君……」


 ……と、楓を安心させるために、人生で一度も喧嘩をしたことのない陰キャが必死に強がってみる。


 「言うね~www」


 「……それに、俺がこんな頭の悪い猿どもに負けるわけないし。俺にボコされる前にさっさと動物園に帰ってメス猿と交尾でもしてれば?」


 「……お前、マジでいい度胸してんじゃん」


 「その不良品をボコす予定だったけど、先にお前を殺してやるよ」


 「…………」


 とりあえず、楓に手を出させずに俺の方を狙わせるために煽ったつもりだったけど、流石に煽りすぎたか……?


 「そんじゃあ先ず……1発目!」


 「……っ!?」


 顔を本気で殴られるのは初めてで、予想よりもよっぽど痛くて……思わず足がよろける。


 「まだまだァ!!」


 「……がはっ……」


 今度は腹を思いっきり蹴られて、今まで痛感したことのない程の痛みと衝撃が同時に襲い掛かる。


 「オイオイ、イキってた割にそんなもんかァ!?」


 「もっと楽しませてくれよ!!」


 その衝撃が何度も何度も体に響いて、だんだん心が折れそうになっていく。


 ……別に、俺なら勝てるなんていう根拠のない自信があったわけじゃない。


 けど、楓を守ることぐらいなら出来ると思っていた。


 「これで、終いだ!!」


 今までで一番力強い拳の攻撃が、顔面にクリーンヒットする。


 「…………」


 俺って、こんなに弱かったんだ……


 「……ぁ……」


 脳の意思とは裏腹に、背中から地面に倒れこむ。


 「ハ、でけー口叩いた割にあっけなかったな」


 「まあでも、準備運動くらいにはなっただろ」


 「だな……さあて、お次は」


 「――オイ、なに勝手に倒した気になってんだよ」


 「……は?」


 ボロボロの体に精一杯力を入れて、何とか体を起き上がらせる。


 「マジかよ、コイツ……」


 確かに、俺は弱くてちっぽけで……漫画の主人公と違ってヤンキーをボコボコにするなんてこと、出来るはずもない。


 だけど……すぐそばに助けを求めてる女の子がいて、倒れるわけにはいかねえだろ。


 「俺はまだ……全然ピンピンしてるぞ」


 「ぼさっとしてないで……かかってこいよクソ野郎共。お前らが満足するまで……俺が付き合ってやる」


 「面白れぇよお前……なら、お望み通り天国に送ってやるよォ!!」


 「オラァ!!」


 それから、何度も何度も殴られ続けた。


 殴られる度、心が折れそうになり……いつ意識が途切れるかわからなかった。


 それでも、ひたすら意思を強く保って、なんとか立ち続けた。


 そうして、長時間が過ぎた。



 「……ハア、ハア……」


 「コイツ……どんだけタフなんだよ……」


 「まだ、まだ……」


 とはいいつつも、もう流石に限界が近づいていた。


 「……なあ、もうよくね?なんかもうめんどくせーし」


 「……確かに、俺ももう手が痛えわ」


 「だな。帰ろ、帰ろ」


 「…………」


 ヤンキーたちが去って行くのを見て、一気に体から力が抜け……膝から崩れ落ちる。


 「は~マジ疲れた……大丈夫か、かえ……」


 「……なさい」


 「え?」


 「ごめんなさい……ごめんなさい……私、私……」


 振り向くと、涙を流しながら頭を下げて、必死に謝ってる楓の姿が見える。


 「……どうして、楓が謝ってんだ?」


 「だって……私のせいで、優君をこんなにも傷つけちゃったから……」


 「それは、楓のせいじゃないだろ。それに……こんな傷どうってことないし」


 まあ実際はクソ痛いけど


 「だから別に、楓が気にする必要なんてねえよ」


 「それだけじゃない……私、最低な人間だった……」


 「え……どゆこと?」


 「優君があの人たちと戦う前に……私は、あの人たちについていかなくちゃいけなかった」


 「……どうして?」


 「そうすれば……傷つくのは私で、優君が傷つく必要なんてなかった。なのに……」


 「なのに私は、優君の優しさに甘えた……」


 「…………」


 「私がついていけば、解決したのに……私が喧嘩を止めていれば、こんなことにはならなかったのに……」


 「自分が傷つくかもって想像したら……怖くて、体が震えて、動けなくなって……」


 「気づいたら私は……何もできずに、ただ優君の優しさに甘えて……優君が傷つくのを見てるだけだった……」


 「…………」


 「私は、最低な人間だ……こんな私に、優君のそばにいる資格なんて……」


 「楓……」


 「…………」


 「――お前、何にもわかってねえな」


 「……え?」


 「俺が、仕方なくお前を助けたとでも思ってんのか?んなわけねえだろ」


「俺は、守る相手がお前だったから、こんなにも必死こいて戦ったんだっつうの。お前以外だったらとっくに倒れてたし」


「そもそも……もしお前が最低な人間だったら、こんなことせずにはなから見捨ててるし。そうじゃないから、俺はお前を助けたんだよ」


「でも私は……優君の優しさに甘えちゃって……」


「甘えることの何が悪いんだよ。お前が俺に甘えたいんなら、好きなだけ甘えればいいだろ」


「ぇ……」


「困ったことがあれば、一人で解決しようとしなくていいし……助けてほしかったら、素直に助けを求めればいい。お前がどこにいても、俺が必ず助けてやるよ」


「……優君……」


「まあつっても、俺はただの陰キャで……漫画の主人公みたいな凄い力なんて持ってなくて……俺に出来ることなんて、たかが知れてるかもしれない。でも……」


「俺は……お前を守るためなら、何度だって立ち上がるから」


「……っ……ひぐ……」


「だから、もう泣くなよ。せっかくかわいい顔してんだからさ」


「……あり、がとう……」


「ありがとう……ありがとう……ありが、とう……」


「よしよし」


「……っ……ぐすっ……ひっく……」


 ともあれ、これにて一見らくちゃ……く……?


 「……あれ?」


 無理をしすぎたせいか、頭がボーっとして……だんだんと視界が狭まっていく。


 「……?優、君?」


 「……かえ、で……」


 体が地面に倒れる寸前、完全に意識を失った。



 今まで、17年間生きてきた。


 その17年間の私の人生の感想を一言でいうと、「苦痛」だった。


 不細工な顔面に生まれて、不細工な私は村の人たちの誰からも必要とされなくて、子供の頃……誰かに必要とされたくて悪魔と契約し、顔が綺麗になった。


 顔が変わった私を、最初はみんな認めてくれた。


けど、悪魔の影響で私に関わった人たちがたちまち不幸になり、親を含めて村の人たちはみんな私を必要とせず、むしろ私のことを不良品扱いした。


そうして今に至るまで、一人で何の価値もない日常を過ごしてきた。


私にとって人生は……本当にただ苦痛なだけだった。


もしかしたら、子供の頃に悪魔と契約なんてバカみたいなことしなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。


けど、その場合私の顔面は不細工なままで、結局誰からも必要とされず、今よりかは少しましな苦痛を味わうだけの人生になってたと思う。


どの道、苦痛な日々を送るだけの人生だったなら、私は……何のために生まれたんだろう。


幸せな人生を送れないんなら生きる意味なんてないと思うし……ましてや、苦痛な人生を送るんなら生まれない方が良かったとも思う。


なのに、なんで私なんかが生まれてきちゃったんだろう。


あー、さっさと死にたい。死んで、とにかく楽になりたい。この苦痛から、早く解放されたい。


……でも、本当は……死にたく、ない……


死にたいとは思ってる。けど、それ以上に……こんな人生で終わりたくないって思ってる。


こんな、身勝手な願いを持つ私を、誰か……誰でもいいから、救ってはもらえませんか。


お願いです。こんな不良品で、惨めで、生きてる価値のない私を……誰か、誰でもいいから、必要だと言ってはくれませんか。


こんな私を必要としてくれるなら……こんな私を、救ってくれるのなら……私は、あなたのためだけに生きることを誓うから。


だから、お願い……誰か、誰でもいいから……


私を、助け……


――その時、誰かの足音が聞こえた。



「おはよ、優君」


「……おはよ……」


沢山寝たおかげか、痛みはまだ引かないけど……体の疲れは十分とれたみたいでホッとする。


「……えと、俺ってどれくらい寝てた?」


「朝から夕暮れ時までだから……だいたい10時間くらい?」


「マジか……そんなに寝てたのか、俺……」


「それより……大丈夫?」


「ん?ああ、痛みはまだ少し残ってるけど……体の疲れとかは回復したから、別に心配する必要ないよ」


「そう?それならいいんだけど……優君、寝てるときなんかうなされてたから……」


「……え?」


「けがとか、いろいろ……大丈夫かなって、少し心配しちゃって」


「……ああ、それなら大丈夫。俺がうなされてたのは……たぶん、悲しい夢を見たからだと思うから」


「……悲しい夢?どんな?」


「……どんなだったっけ?」


悲しい話だったことは覚えてるけど、肝心の内容は起きたと同時に忘れてしまった。


「……なんか、俺にとって大事な人の夢だった気がするんだけど……」


「まあ……そんなに大事な話なら、そのうち思い出すんじゃない?」


「あー……それもそっか」


まあ、わからないことをいくら考えたところで時間の無駄だし、とりあえず起きて……行動しながら考えることにしよう。


「もう夜だし、晩ご飯の準備するかー」


「あ、その前に……ちょっと、優君に話したいことがあるんだけど……」


「え……どした?深刻そうな雰囲気だして、なんか悲しい話?」


「優君にとってはどうかわからないけど、私にとっては悲しい話かな……」


「そっか……わかった。何でも話してくれ」


「ありがとう。ここじゃあれだから、少し場所を変えたいんだけど」


「え、ここで話しちゃだめなのか?」


「だめってことはないけど……なんか、外で話したい気分だから」


「……ふーん。別にいいけど」



「…………」


「それで、話って何?」


薄暗い夜の公園にて、神妙な面持ちで男女2人が向かい合って立っていた。


「実は……」


「私……後もう少しで、この世界から消えちゃうの」


「……ぇ?」


言葉の意味がわからなくて、一瞬頭が真っ白になる。


「消えるって……どうして?」


「前に言ったと思うけど……私の中の悪魔が消えれば、私も一緒にきえる。そして、悪魔が消える条件は……私に負の感情がなくなること。つまり……」


「楓の心が満たされれば、悪魔と一緒に楓も消える……」


「でもそれは、あくまで噂の話だって言ってたのに……どうして……」


「簡単なことだよ。噂話だと思っていたものが真実だったってだけ」


「そんな……」


確かに……よく見ると、楓の体から少し光の玉のようなものが浮かんでいる。恐らく、楓がもう少しで消えてしまうという前触れなのだろう。


あの時、楓からその噂のことを聞いた俺は……有り得ない話だと思って、あまり考えないようにしていた。


いや、今思えば……考えたくなかっただけだったかもしれない。


楓が消えるなんてことになったら……俺は、どうなってしまうのか。そんなことを考えるのが怖かったから、有り得ない話だと自分に言い聞かせていただけかもしれない。


「本当に……消えちゃうのか?」


「……うん」


「…………」


こんなことになるのなら、もっと早めに楓が消えないよう対策を考えておけばよかった……。


今さら後悔しても遅いことはわかってる。けど、どうしてもその後悔が……頭の中から離れてくれない。


……俺は、どうすればよかったのか……。


「でもね、優君」


「私は、これでよかったと思ってる」


「……え?」


「優君は知らないかもしれないけど、前までの私は……幸せになることに希望が持てずに、人生を諦めかけていた……」


「…………」


「生きていても嫌なことばっかりで……人生を変えようと頑張ってもいいことなんて起きなくて……」


「辛い、悲しい、寂しい……私にとって人生は、そんな負の感情に耐え続けるだけの時間だった……」 


「でも……優君に出会って、私の人生は大きく変わった」


「……俺、そんな大層なことしてないと思うけど」


「一人ぼっちで寂しかった私に、優しく手を差し出してくれたこと……人生に楽しいことなんてなにもないと思ってた私に、誰かと一緒にいることの楽しさを教えてくれたこと」


「そして……ボロボロになりながらも、必死に私を守ってくれて……私が困ってる時は、どこにでも助けに行くって言ってくれたこと……」


「優君は知らないかもしれないけど……私は、優君に何度も何度も救われてるんだよ」


「…………」


「確かに、消えちゃうことは悲しいし……今となっては、何で悪魔となんか契約しちゃったんだろって後悔してる」


「けど……悪魔と契約しなかったら、たぶん優君とは出会えなかっただろうし」


「それに……優君と出会えなかったら、こんなにたくさんの……かけがえのない思い出を手に入れることは、できなかったと思うから」


「だから私は、これでよかったんだと思う」


「……本当に、そう思ってんの?」


「……え?」


「消えるのは仕方がないって……消えちゃってもいいって……本当に、そう思ってんの?」


「…………」


「さっき楓は、俺と出会えてよかったって言ってくれたけど……俺だって、楓と同じ気持ちだよ」


「楓と出会えてよかったって……楓のおかげで、たくさんかけがえのない思い出ができたって……俺も、楓と同じことを思ってる」


「でも……だからこそ俺は、楓に消えてほしくないって……楓と、もっと一緒にいたいって、思ってる」


「…………」


「なあ、楓はそうじゃないの?本当は、俺と同じで……消えたくないって思ってるんじゃないの?」


「……っ……」


「今からでも考えようよ。楓が消えないで済む方法を。まだ間に合うかもしれない……今すぐ一緒に考えれば、まだ……」


「しょうがないでしょ!!!」


 「……!?」


 「私だって、消えたくないよ。まだ……これからも、ずっと……優君と一緒にいたいよ。当たり前じゃん……」


 「でも、しょうがないんだよ。私が消えることは、もう確定してる……この現実は、どうあがいても覆せない」


 「そんな、こと……」


 「ほら、よく見て……私のこと」


「……ぁ……」


楓を覆う光が、さっきよりもどんどん多くなっていく。このままだと、すぐにでも楓は消えてしまうと、直感でわかった。


「……そんな……」


「だからもう、悲しいけど……諦めるしかないんだよ」


「……そんな、ことって……」


「……でも、その前に……この想いだけは、ちゃんと伝えておかないと」


楓が、ゆっくりと俺のそばまで歩いてきて……


「――ぇ」


柔らかくて、暖かいものが……一瞬、口に触れた。


「……突然、どうし……」


「好きだよ、優君」


「……ぇ……」


「いつから好きになったのかはわからないけど……たぶん、優君に出会ったときから、優君のことが気になりはじめて……」


「それで、いつからかそれが恋に変わって……今日の朝の一件で、自分が恋してるってことを自覚した……みたいな感じ、だと思う」


「……みたいな感じって何だよ……」


「だって、誰かのことを好きになったのなんて初めてなんだから、しょうがないじゃん」


「……そっか……」


「あれ……もしかして、嬉しくない感じ?」


「さっきまでの優君の態度から、キスしても大丈夫かなーって思ったんだけど……イヤ、だった?」


「……いや、そういうわけじゃなくて……」


嬉しい。めちゃめちゃ嬉しい。女の子と話すことさえほとんどなかった俺の人生で、自分の好きな人にキスされて……その上、告白までされて……嬉しくないわけがない。


けど……それを上回るくらい、俺の心が……悲しい気持ちでいっぱいになる。


何で楓が消えるんだって……何でもっと、楓と一緒にいれないんだって……そういう気持ちが、心の奥から溢れてくる。


「――いやだ」


「……え?」


「いやだ、いやだよ……」


ダメだ。頭の中で、ダメだってわかってるのに……


「俺は……もっと、ずっと……楓と、一緒にいたい……」


「…………」


目から涙が勝手に溢れ出して来るのと同時に、俺の中の楓に対する思いが、心の奥底から溢れ出てくる。


「なんで、消えちゃうんだよ……俺は、こんなにも……楓のことが……大好き、なのに……」


「そんな、嬉しいこと言われると……楓おねーちゃんも、さすがに困っちゃうな~……」


「……っ……ぁぁ……」


「……ごめんね。本当は、優君が泣き止むように慰めてあげたいけど……」


「もう、時間がないから……」


「……ぇ……?」


楓を見ると、既に楓の全身が光に覆われていて、もうすぐにでもどこかに消えてしまいそうだった。


「……そん、な……かえで……」


「慰めることはできないけど……そのかわり、最後にちょっとだけ……お願い」


「……?」


 楓の両手が俺の頭をグイっと引き寄せて、楓に優しく包み込まれる。


 「え、かえ……」


「幸せになってね」


「……ぇ……?」


「他にもいっぱいお願いしたいことはあるけど……これさえ守ってくれたら、私も幸せだから」


「だから……私のためにも、絶対に……幸せになってね」


「……わかった……」


「うん。わかればよろしい」


「……それじゃ、そろそろ行かないと……」


「……まって……」


「私との約束、絶対守ってね」


「……守るから、ちゃんと……約束、守るから……だから……」


「バイバイ、今までありがとね。優君」


「まって、かえ……」


「――大好きだよ」


 「かえでーーーーーー!!!」


 必死に手を伸ばした頃にはもう遅くて……眩い光とともに、楓はどこかにいなくなってしまった。


 「……ぁ……」


 楓を失った喪失感で、全身の力が抜けて行って……膝から地面に崩れ落ち、両手を地面につける。


 「……っ……ぁぁ……」


 ……何で


 さっきまで止まりかけていたはずの涙が、またもや溢れ出てくる。


 「何で……いなくなっちゃうんだよ……」


 自分ではどうにも出来なかった現実に……多くの思いが頭の中を駆け巡る。


 後悔、悲しみ、怒り、喪失感……これらの負の感情から、たくさんの考えたくないことが頭の中を支配する。


「……もう、めんどくせえ……」


楓のいない世界なんて、生きてる意味ないし……もうこのまま自殺でもし……


そんな時、ふと楓の言っていた言葉を思い出す。


――絶対に……幸せになってね。


「……無理だよ、楓……」


さっきまで止まっていた涙が、今度はゆっくりとまぶたからこぼれる。


「だって、俺は今まで……」


涙を流す目を手で抑えながら、自分の思い出の中に残ってる楓の言葉に答える。


「楓がいたから……俺は今まで、幸せになれてたんだから……」


「楓がいないと、俺は……」


幸せになれない、そう思った。


「……でも」


大切な人との約束を、破るわけにはいかない……とも思う。


「だから、決めたよ……楓」


立ち上がり、空を見上げながら……いるはずもない相手に向かって、伝える。


「俺が必ず、お前を見つけ出す」


楓が今どこにいるのかわからないし、もしかしたら……もうこの世界にいないかもしれない。


俺が一生頑張ったとしても、楓を見つけ出すのは不可能かもしれない。


でも、それでも……


――大好きだよ。


自分を、好きになってくれた人を……自分の、こんなにも好きな人を……放って置くことなんてできないから。


だから俺は……この命が尽きるまで、あの子を探し続ける。


――約束、絶対守ってね


俺が幸せになるために……あの子との約束を、果たすために……


「いつか、必ず」


楓に、会いに行くから――


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【短編小説】不幸を呼び寄せる少女 @kuro1214

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