一勝負終えて

「……負けちゃった」


 ティアがとぼとぼと肩を落としながら個室から出てくる。

 まるでこの世の終わりに直面しているみたいな顔をしており、その後ではゼネが面倒くさそうな表情を隠す素振りも見せずに、やれやれと肩を竦めていた。


「おう。ティア、対あり」


「うん……対あり」


 別行動を取るよりも明らかに覇気が無くなっている。

 それほど俺に負けたのがショックだったか。


(——いや、そうじゃねえな)


 多分、対戦に負けたことそれ自体より、完全にメタ読みを通されたことが悔しいのだろう。

 俺が安定行動っつーか、博打に出なきゃほぼティアの勝ちだっただろうから。


「あ……そうだ。ティア」


 何となく心情を察すると同時に、俺はあえてニヤリと笑みを浮かべてみせる。

 めちゃくちゃわざとらしく、見せつけるように親指を立てて、


「択読みを決めるの最高に爽快だったぜ!」


「うわあああああん!!! アラヤのバカあああああっ!!!」


 ——渾身の右アッパーが飛んできた。


「うっわ! あっぶね!?」


「なんでああいう時のギャンブル無駄に強いのさ!! 悔しいから星になって飛んでっちゃえ!!」


「だからってリアルファイトに持ち込もうとすんな!」


 フレンド同士でのステゴロの喧嘩だったとしても普通にFFなったりすんだぞ!


「……だったら、アラヤ。まずお前は煽るな」


「ご尤も!」


 ため息混じりのゼネに正論をぶつけられる。

 けど、煽りに暴力を返すのは良くないと思いまーす!!


 とりあえず今にも再び拳を飛ばしそうなティアをどうにか宥め、落ち着くのを待ったところで持論を述べる。


「——でも、今回は俺が勝って然るべきだったと思うぞ。育成やら装備事情とかで俺が有利だったわけだし」


「……言われてみれば、そうかも?」


「だろ」


 俺は盾とショットガン二丁のソガマ時代にメインで使っていた武器の組み合わせと戦闘スタイルをほぼほぼ再現出来ていた上に、プラスαで火炎放射器やらのサブウェポンを揃えられていたわけだが、残念ながらティアの場合はそうではない。

 ロールというシステム上の壁があるせいで、本来あったはずのもう一つの攻撃軸である魔法が制限されていたからだ。


 一応、マシンガンと罠だけでもティアの戦闘スタイルは大体完成しているし、十分過ぎるくらいに脅威なのだが、そこに魔法が加わる事で鬼に金棒状態になる。

 だから、さっきの対戦でのティアは全力を尽くしていたとしても、真価は発揮されていないという状態だった。


 そんでもってそれはゼネにも同じ事が言えたりする。

 アイツもアイツで今は……というか、ゼネが一番絶賛変態縛りプレイ中なわけだしな。


 百二十点のスペックを出せる俺と八十点のスペックでしかないティア——どっちが有利かだなんて語るまでもない。

 つまるところ、今回の対戦に関して言えば俺が勝たなきゃいけなかったわけだ。

 じゃないとシンプルに俺の立つ瀬がない。


「——ま、そういう事だ。ってわけで、今回の勝ち負けはノーカンって事にしようぜ。ガチンコ勝負は全員の育成が終わってからな」


「……仕方ないな〜! じゃあ、今度やる時はコテンパンにしてお礼参りしてあげるからね!」


「あ、何言ってんだ? また俺がボコすに決まってんだろ。次は一方的にな。ついでにゼネも一緒にな」


「何を〜! 見てなよ、ゼネくん共々ストレート勝ちしてやるんだから!」


 なんてティアが息巻く傍ら、


「……何を言っているんだ?」


 心底不思議そうにゼネが首を傾げる。


「お前らと戦ったら、俺が勝ち越すに決まっているだろう」


「おい、ゴラ! ゼネ、テメエ……なにナチュラルに喧嘩売ってんだ、あ゛ぁ゛ん゛!?」


「そうだそうだ!! ソガマはそうだったけど、こっちじゃ分からないじゃん!?」


 俺とティアが同時に食ってかかるも、ゼネは涼しげな表情のまま、


「それなら……今からでも試してみるか?」


「ああ、上等だ! ついでに言い訳が利かねえように、ハンデでサブ武器のスロット片方封印してボコしてやるよ!」


 昂るままに叫びながら対戦ルームへと踵を返そうとした。

 その時だった。


「——ごめんねー。取り込み中のところ悪いけどちょっといいかな?」


 突然、横から声を掛けられる。

 振り向いた先に立っていたのは、見知らぬ女性プレイヤーだった。


(えっと……どなた?)


 白メッシュの入った黒髪のショートヘア、ニコニコと細めた金色の瞳。

 それと白を基調にして仕立てられた戦闘服は、見るからに高級品だと分かる作りをしている。

 どこの誰かかは知らんが、かなりこのゲームをやり込んでいるだろうってことは分かる。


「はいはーい、なんでしょう?」


 ティアが応えると、女性プレイヤー——ミャーは、ティアの目の前まで距離を詰め、そのままじっとティアと何故か俺を見つめてくる。

 俺らの顔と頭上に表示されているであろうPNを交互に見やると、


「なるほど……ティアちゃん、ね。それと君が——アラヤ君か。いやー、こんなところで会えるとは。うんうん、やっぱり我が愛しの妹は持ってますな」


 一人うんうんと何度も首を頷かせてみせた。


 ——妹?

 つーか、この口ぶり……俺とティアの事を知ってる……?


「ねえ、アラヤ。この人知り合い?」


「いいや、ふつーに初対面だけど……あ」


 頭を振ろうとして、ふと気がつく。

 ミャーがやって来た方向のちょっと後ろ方向——少し離れた位置からミャーに向けて少し不安げな視線を向ける白髪少女の姿が。


 あの鋭い目つきは、間違いねえ。

 ——確か、ヤミ……だったか。


 そして、PNを確認しようとして、灰色の瞳と目が合うのだった。

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