428話 わたしと私と幼い皆と

「みなさん、こちらです」

「そうです、これに乗ってください」


わたしたちは、ノームさまの導きに従い――アルアさまに救われた方々を安全な「町」へ運ぶのを幾度となく繰り返しました。


『……それは良いとして……みんな。 運転、できる?」


――そして、私の待っていたこの時間が訪れました。


アルアさま――いいえ、「ハル様」が「ノーネーム様」を猫のように持ち上げたその瞬間に、私は「イスさん」へ飛び乗り。


この10年ですっかり慣れ親しんだ「タッチパネル」でのイスさんの制御に成功。


「ほら、子供たちだけで充分ですよ」

「じゅうぶん」


――ああ。


おふたりの声。


なにより――ハル様の、声。


「この乗り物をすぐに……ありがとう、リリー。 けれど、どうして」

「ぐすっ……いえ、なんでもありません、お姉様」


思わずで涙が出そうだったところを、ぐっとこらえます。


――ああ、小さなお姉様。


「えっと、これからはあたしたちだけでやれってことか?」

「う、うん……武器も充分だし、リリーさんも動かせるみたいだし……」


「へー。 よくあるタブレットの画面だけど、文字もさっぱり。 よく、いきなり渡されて動かせるのねぇリリーって。 あとで言葉通じるようになったらすごいって言ってあげなきゃ!」


――「言語が統一されていないときの」みなさんの声。


そして、記憶にある通りに、幼い声。


……特にキャシー様は、大きくなってすっかり変わってしまいましたものね。


いえ……変わったのは、私たち――全員ですね。





――現代火器の重低音が、響き渡り始めます。


「リ、リリー!?」


「大丈夫です、これは……人の造り出した鉄の絡繰り……だと思います!」


「ないない」によって出現する人々は、おふたりの上空からの攻撃でモンスターたちから解放され――その近くを、声をかけながら飛び回る私たちのイスさんについて回っています。


その人々も不安そうですが、とにかく今はある程度を集めたら町へ誘導の繰り返し――それしかありません。


「そ、空を大声で素早く飛んでいる巨大な鳥が!!」

「あれは飛行機――こちらも絡繰りだと思います!」


「……リリー?」


――ずぅん。


「こ、今度は――」

「航空――あれも、味方です。 カメのモンスターなどではありませんよ。 ……だと思います!」


いちいちに驚いていますお姉様たち。


このタイミングでは他の方とは通じないようですが、とにかく運転して、たまに居る撃ち漏らしの小さなモンスターを中心に、みなさんに攻撃してもらいます。


「この人たちもお願いしますね、みんな」


「はい、ハル様ぁ……♥」


どうせ、このときには通じない。


それが分かっていても、やはり変わらない――今は少し大きくなってしまっていますが――ハル様は、お美しいのです。





「ん……おはよ」


「あるあぁ……♥」


ああ、素敵な夜でした。


ええ、本当に。


以前に堪能しました、幼い子供のお姿も大変に素敵でした……けれども、今のハル様は女性らしい体になりかけているために女性的な魅力が加わり、それはそれは素敵なお姿。


しかも香りも――やはり、こちらだからでしょうか、お肌と毛根、羽のつけ根からは脳髄を溶かすような、少なくとも私の知る中では最も甘美なもの。


……それを、たったの5人で独り占めできるだなんて。


「へるぷ」


しかも、今はノーネーム様まで、好きにし放題。


あのときは触れることすらできなかった、ハル様と瓜二つの女神様を合法的に、警戒されることなく味わえるのです。


そうして優雅な朝食、優雅な大群衆からの喝采、そして戦場へとたどり着き――もはや人類対魔王軍の現代戦が繰り広げられているのを、さすがに驚きながら見守ります。


「おさけ」

「しまう」


「はいはい」


「しまう」

「はいはい」


「……くすっ」


「リリー? もしかしてアルア様たちの会話が分かるように?」

「いえ……でも、なんだかおかしくって」


戦いはさらに拡大し、とうとう敵は前線へ直接にワープさせてくるほどに。


「ここまでは知っている展開……なら、恐らくは……」


――私が「こう」なっているのは、たぶん、この先のため。


だから私は、そのときまでは「子供のリリー」で居ないといけません。


ええ、そのときまでは。





幾度となく上空から話される、ハル様たちの攻撃。


光のシャワー。


戦闘機、爆撃機、ドローン、その他いろいろが飛び交う戦場を――私たちは回り、人々を町へと誘導してきました。


けれども。


「……もう、みなさん。 アルア様たちに救われたばかりなのに、ご自分たちで……」


「ええ。 もはや、女神様たちと鉄の絡繰りのおかげで、魔王軍の脅威は下がっています。 ……なにより、この状況で戦えるのに守られているなんて……できませんよね」


羽の生えている人たち、小さなドローン――ええ、イスさんと同じような働きを持つ乗り物を操る人たち。


彼らが私たちを見て同じようなことをするようになりましたから……もう、私たちは必要無くなりつつあります。


「――っ!? り、リリー!」


「――ええ。 『覚えて』います」


――お姉様が見上げた先。


町――大神殿、直上。


そこに、はぐれのワープホールが出現しています。


「あそこには、助けられたばかりの方々や、戦えない子供や女性が……ア、アルア様たちにっ!」


「その必要はありませんよ、お姉様」


「……リリー。 やっぱり、あなたは」


ふぃぃぃぃん。


すっかり手に馴染んだイスさん――イス様が、エンジンのうなりを上げます。


「――『翻訳魔法限定使用』。 みなさん、弓と魔法の準備を」


「リリー!? どうしたの急に!?」


「あれ、言葉が……?」

「なんでも良い! よくやっぜリリー、突っ込むんだな!」


一瞬きょとんとした皆様は――こんなにも幼いのに、覚悟の決まった顔つきをされています。


「ただいま、ハ――アル様とノーネ……ノーム様は、最後の戦いを。 このあとに出現します、魔王との一騎打ちをされるでしょう」


ふぃぃぃぃぃぃん。


手元のパネルを操作していき――「始原用・緊急モード」を作動。


「それを邪魔してしまいますと、簡単クリアの魔王戦がおじゃんです。 ……ごめんなさい、よく分からないことを」


――記憶と意識と体の感覚が同時に2つ存在するという、少しでも気を抜くとすぐに幼い私に負担をかけてしまう状況。


ですが、


「リリー」


お姉様が……背中を、ぎゅっと抱きしめてくださって。


「何があろうと、私はリリーの味方です。 ……それは、みなさんも」


「よく分かんないけど……あとで一緒に怒られましょ!」


――綺麗な赤髪のキャシー様が、やんちゃな顔をしていて。


「だな! 何より女神様たちは魔物たちをばったばったやって忙しいんだ! あの大神殿くらい、あたしたちで守れなきゃな!」


「あ、アルテさまたちだって、間に合わなくって助けられないより、ぼくたちがちょっとがんばって足止めしてる方が良いと……思うっ!」


――3人とも、私の両手に手を重ねてくださっていて。


「……みなさんは、強いです」


小さな手。


小さな体。


小さな心。


……なのに、一瞬でも迷った私の、あれから鍛えてきた心の逡巡なんて……いえ、きっと違うのでしょう。


子供、だからこそ純粋で――だからきっと、この場面では強いんです。


「……ではあの中に突入します! 捕まって――けれど、すぐに迎撃できるように――気張ってくださいっ!」


ちらりと上空を見上げると、巨大な鐘が天を突くように形成されつつあります。


「――ハル様」


イス様のリミッターが解除され、速度は既に戦闘機並み。


けれど空気抵抗もGも一切受けず、私たちは最高出力で光の矢となり――


「――――――ノーネームちゃあああん、ずぅるいぃぃぃぃぃぃぃ!!! ずるいずるいずーるいずーるーいー!! ハルちゃんのお胸に張り付いてなでなでされたりおふろとかおふろとか一緒のおふとんとかハルちゃんの匂いとか堪能しててずるいずるいずーるーいぃぃぃぃ!!! 全部ぜーんぶ見ちゃったんだからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! ノーネームさんのどろぼうねこさん! すました顔してずるすぎるぅぅぅ!!! あ!! 今もくっついてる!! 自分だけずるいー!! ひどい! でもかわいい! だから後で思う存分モフらせてくれないと許さないんだからぁぁぁぁ!!!」


「……くすっ。 るる様はいつも、お元気ですね」


最後に聞こえたのは――彼女の、いつもの声でした。



◆◆◆



次回作の用意があります。ですので以後、ハルちゃん&柚希くんは平日更新となります。


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