422話 全てを包み込む女神さま

「おねえさま。 わたし、アルアさまと結婚します」

「リリー? 落ち着きましょうね??」


いつものお風呂。


そこで私たちは一糸まとわぬ姿になっています。


「つまりこれは結婚ということですよね」

「どうしたのリリー?? 最近のあなた、ときどき変よ??」


小さいお姉さまが、慌てています。


「ふふっ……お姉さま、かわいい」

「……過度な精神的負担で……わたくしがもっと気を配らなかったから……」


ぶつぶつと考え込んでいらっしゃるお姉さま。


――たったの数歳なのに、もうそんなにおとなびて。


けれどもやはり子供は子供。


確か王家の教育により、この歳で既に「中学生」くらいまではマスターしているはずですが、それはしょせんは知識。


経験は――特に感情に関することは、まだまだですね。


だから――年後――――わたしは、おねえさまを出し抜いて、


「……あれ、わたし、なんでこんなこと……おねえさま?」


「リリー……今夜の食事は、あなたの好きなものにできるか、あとでみなさんに聞いてみますね……」

「え? はい、ありがとうございます……?」


お風呂に入ってぼんやりしていたらうとうとしてしまったのか、寝言でもしゃべってしまっていたのかもしれません。


「ほら、リリー……アルア様に甘えましょう……?」

「え? あ、はい、そうですね……?」


おねえさまに背中を押され、ちゃぷちゃぷと女神様の元へ進んで行きます。


「あるぅ」

「あるてぇ」


「ほら、キャシー様もアレク様も甘えていますよ?」

「……裸で抱きつくのは、さすがに恥ずかしいのですが……」


「アルア様はわたくしたちの誰よりも年上。 恥ずかしくありませんよ?」

「いえ、でも……」


「それなら私だけ加わってきますね」


「えっ。 い、いえっ、わたしも……」


女神様。


アルア様。


おねえさまたちより何歳か年上に見える御姿が、お湯に浸かっています。


長い金色の髪の毛も無造作にお湯につけ、湯船の縁にはお好きなお酒の瓶を何本か置いて。


……そうして、最近はすっかり懐いた3人が左右の腕にじゃれついていて。


「……アルア様」


おねえさまがそうねだると、静かに両手を広げてくださいます。


――アルアさまは、わたしたち人類の守護者。


遙か昔から、ずっと見守ってくださった方で――そんな方を、今はわたしたちだけが、ひとりじめ。


「んっ……」

「んん……」


静かに腕で頭を引き寄せられ、まるで幼子のように。


お母さまよりはずっと小さいですが、それでも女性としての膨らみに……そっと、頬が当たります。


「……あたたかい……」

「ええ。 柔らかくて……安心しますね」


最初の頃の恥ずかしさはどこへやら。


1度顔が触れてからはもう何も思うことなく、ただただ幼い頃に戻ったように――さすがに吸うことはありませんが――顔をうずめ、しあわせな気持ちになります。


……え?


吸わないともったいない?


こういうことができるのはこのタイミングだけ?


…………また、夢うつつ。


最近のわたしは、いつもこうです。

なんだかすごくずるい考えが、次々と浮かんでしまうんです。


――同時に、アルアさまに対して不埒な考えまでも。


不埒?


何という意味なのでしょう。

なぜ知っているのでしょう。


……そんな考えを振り払おうと、ぐりぐりと顔を追う付けていたら……頭を優しく撫でてくださる手の感覚。


しばらくそうしていたら、なんだか肩にこそばゆい感触。


「……あ、ノーム様」

「ごめんなさいノームさま、アルアさまをうばってしまって」


ぴたりとアルア様に――わたしたちの頭で挟まれるところに張り付いていました、ノームさま。


【♥】


【悦】


ノームさまも喜んでいるのですね。


そうはそうです、だってあなたたちは


「………………………………」


……わたしは、どうしてしまったのでしょう。





「すんすんすんすん」

「すんすんすんすんすんすんすんすん」

「あへぇ……」


夜。


ランタンを消した後。


アルアさまが寝入った後。


お酒の匂い。


アルアさまの匂い。


――濃い、匂い。


「こんなことをして……すんすんすんすん」

「しょ、しょうがないじゃない! 止められ……すんすんすんすん」


「なんだろ……すんすんしてるとおなかが……すんすんすんすん」

「あへぇ……」


いけないことだとは、子供心にも分かります。


でも、止められないのです。


どうしても――この匂いを、嗅がずには居られなくて。


嗅がないと、頭がおかしくなりそうで。


けれど嗅ぐと、頭がおかしくなって。


「すんすんすんす……あへぇ」

「……っと危ない……アレクはすぐ落ちるな」


表現できないほどの至高の香り。


それを嗅いでいるとだんだんと意識が遠のいていきます。

だからまだ、アレクさまとわたしは最後まで嗅げません。


くやしいです。


「すんすんすんすんすんすんすんすん……」


――相手が女の子、しかも神さまなのにこんなことをして。


でも、止められないのです。


それにわたしは知ることになります。


この方が遠い昔には、女の子ではなく――――


「……あへぇ」

「お休みなさい、リリー」


世界が遠のく瞬間――おねえさまの声とアルアさまのぬくもりを感じて、わたしは意識を手放しました。



◆◆◆



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