335話 しばらく住み着いてた「地上」

「この町、意外と狭いよね。 たぶん4キロ四方……普通の、近代までの町の、普通のサイズだし」


僕は、日課になってる町の散歩をしてて、ふと思ったことを口にする。


【さすハル】

【ハルちゃん、そこまで地球を探索し尽くしたのね】

【やっぱり11年くらい前に地球を救ったついでであっちこっちほっつき回ってたんだね、ハルちゃん……】

【草】


【というかマジ?】

【ああ、古代から近代までの町は、1時間から長くて数時間を徒歩で歩く程度の範囲に収まるぞ】

【じゃないと移動も厳しいし、守りも厳しいしな】

【予想はしてたけど、この世界の人間も地球人類とそう変わらなかったのか……】


暗い空――天井、暗い壁――壁。


「……あれ? そういや、ここに来る前にうっかり壊したダンジョンからの壁は?」


きょろきょろと見回してみても、イスさんで乗り込んできたときのあの大穴は見当たらない。


【ハルちゃん! とっくに直ってたよハルちゃん!】

【草】

【ハルちゃん、興味ないと何にも見ないからねぇ……】

【ま、まあ、毎回まとわりついてた子供たちで忙しかったみたいだし……】

【なんか毎日ちょっとずつ塞がってたもんね】


「しゅうふく」

「かんりょう」


「あ、そうなんですか。 ていうかあれ、町の一部だったんですか」


僕の片手を握りしめているノーネームさんが、いつもみたいにぼそりと反応する。


この子、自分に関係ない会話は徹底的に無視――っていうよりは反応しないで聞いてるだけで、僕から質問されてるとかっていう場合にはちゃんと反応するんだよね。


そのあたりは人間味あるかも。

普段は表情、変わらないのにね。


【かわいいいいいいいいいいいいい】


【世界ダンジョン協会『繰り返しお伝えします。 nai-nai先の状況は不明です。 悩みごとや相談は、各国のダンジョン協会にてフリーダイヤル、24時間受け付けています。 決して自暴自棄にならず、まずは相談を』】


【草】

【良いな? とうとうダンジョン協会の元締めからの直々だからな?】

【いつもお疲れさまです】

【本当にお疲れ様だよなぁ】


【あとついでに、うちの国のダンジョン協会は信用されてないからな!】

【ああ、うちんとこはトップ層が爺だし……】

【引き継いだってのも始原の一員らしいし……】


【呼んだ?】


【No thank you】

【お引き取りください】

【そうそう、ハルちゃんのすばらしさだけ語ってて】

【草】

【扱いが姉御っぽくなってきて草】


僕たちがこの町にたどり着いて、もう何日……いや、10日以上経ってるかもしれない。


なにしろ、あまりに居心地が良すぎたせいで、ついつい好き勝手してたから日付とか忘れちゃったんだ。


『あるあ……♥』

『あるて』

『あるー』


「今日も散歩してるだけだから……どっか行かないから」


僕の片手は必ずノーネームさん。


もう片方は、子供たちの誰かが握ってきて……だから、いつも僕は両手が塞がってる。


『のうむ』

『のーむ!』


「のーむ」


ノーネームさんも、最近は矢印とか数字みたいな記号以外は、ぽそりとだけどもしゃべってる。


ま、子供たちが分かる程度のだけどね。

もともと寡黙なところもあって、1日に何回かだけども。


【ノーネームちゃんも、すっかり懐かれちゃって】

【まー、救世主で女神で天使なハルちゃんの双子だし】

【懐くのも当然だな】

【子供たち的には、たぶん、親とかから伝え聞いた女神様そのものだしねぇ……】

【あの石碑見たら、まあ、そうよねぇ……】


視線を遠くにやると、町の外縁部。


そこは背の高いビル群で、他のところよりもぎっしりと、まるで壁のように町を取り囲んでいる。


よく考えたらたぶん、来たときに結構ぶっ壊しちゃってたんだけども……今は直ってるっぽいし、きっとこの町が自分で修復したんだろう。


古代都市なんだ、それくらいあるよね。

僕たちが寝泊まりしてるビルとか、中の設備が動いてるくらいだし。


その内側は、大通りの中にぽつぽつとビルが建ち並んでる感じ。


狭い道がないのに何か理由があるのかもしれないけども、どこでも今のイスさんで軽々通り抜けられる程度には広い道だ。


多分、飛行機……僕たちがよく見る旅客機、ジェット機でも普通に通れるんじゃないかな。


電線とか無いし、ビルがかくかくしてるとこはあるけども、基本大通りを邪魔しないように作られてるっぽいし。


「でも、いくら歩いても人は居ない……」


「みんな」

「しんだ」


「……ノーネームさん」

「だいじょ、ぶ」


ぽつり。


この町の人たちについて聞くと、必ず返ってくるその言葉。

……このときだけは、ちょっとだけ、ぎゅっと手を握ってくる彼女。


【ノーネームちゃん……】

【すっごく昔の女神様だもんなぁ……】

【ノーネームちゃん、元気出して】

【ハルちゃんと同じで、基本優しいもんなぁ】


僕が目をやると、必ず僕を見てくるノーネームさん。


この体に――見知らぬ女の子の体になってから、鏡とかで見慣れている顔。


ちょっとだけカラーリングが違うけども、髪の毛も頭の上の輪っかも、服もサンダルも何もかも同じな彼女。


「ノーネームさん、泣きたくなったらいつでも良いですからね」

「てれ」


【かわいいいいいいいいい】

【かわいいいいいいいいいいいいい】

【まーたダンジョン協会から言われてるのに】

【しょうがない、かわいいの前にはすべてが無力なんだ】


「………………………………」


僕は、軽く目をつぶって体に意識をやる。


――町の外――ダンジョンには、たくさんのモンスターがまたポップし直してる。


その下にもさらに何十層もあって――地上にも、気配は無数に。


そうだ。


この世界は人間が居なくなってて、モンスターの支配する領域なんだ。


そんな、世界。


よく分からないけどもなぜか懐かしくって、ノーネームさんが大切にしてる町――世界。


僕の魔力は、もう、回復してきてる。


多分、やろうと思えば……この前の戦闘の8割は出せるはず。


なら。


「よし。 そろそろ上、行こっか」

「ん」


【おろろろろろろ】

【おろろろろろろ】

【もうだめだ……】

【短い人生だった……】

【草】

【なんでいきなり阿鼻叫喚なんだよ草】


【だってハルちゃんが出陣の意思を表したんだぞ?】

【もうおしまいだ……】

【草】

【この世界の地上……もし、この前の光景の後なら】

【恐らくは……】

【やっぱり、最初の予想通りにモンスターの支配する世界に……】



◆◆◆



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