212話 なんか居たから殲滅した
地面に広がる、うじゃうじゃとゴミ虫みたいな――いやいや違う、なんかちょっと表現違う――アリの大群みたいなモンスターさんたちを、遠くからぺちって潰したいなぁ。
近くで攻撃すると……あのダンジョンみたいに返り血とかついたらやだし、いつもの遠距離攻撃で、かつなるべく広範囲でさくさくっとやりたいなぁ。
そう思ったら、気が付いたら僕の指は魔力でできた矢を離していて。
ひゅんって飛んだ矢は、ちょっと進んだ先――僕より何十メートル先で、無数のまばゆい線に分裂。
それらは放物線を描きながら――僕からだと、まるで傘が開くようにして、地上へ金色の雨を降り注がせる。
音はなく、光だけしかなく。
そこからモンスターたち1体1体の真上に落ちると、ぱんって音。
あとは反響してる鳴き声。
……鳴き声で台無しだけど、でも。
クラッカーみたいに弾ける音と、綺麗な金色の光。
それはとっても、
「……きれい」
【聖】
【審判】
【え?】
【えーっと……ホーリージャッジメント……?】
【あの、知らない……こんな魔法……】
【そりゃあそうだろ、天使の魔法だもん】
【しゅごい】
【視界いっぱいに広がってたモンスターたちに、分裂しながら飛んで行く光の矢……】
【クラスター爆弾……なんてもんじゃないなこれ】
【あの、ハルちゃん? 魔王さんの軍勢……】
【一撃で吹き飛ばしちゃった?】
【えぇ……】
【すごすぎる】
【戦いの次元が違いすぎる】
【ハルちゃん自身、相当高いとこ飛んでるはずなのに見切れてる】
【モンスターもケタ違い、ハルちゃんの攻撃力も範囲もケタ違い】
【なぁにこれぇ……】
【今ほどその鳴き声が似合うシチュはないな】
【ああ、トカゲ お前のおかげでハルちゃんは天使に戻れたよ】
【お礼はお前の軍勢の壊滅な!】
【満足だろ?】
【草】
【ひでぇ】
【でもトカゲだからいいや】
【ことごとく嫌われてて草】
【だってハルちゃん傷物にしかけたんだもん】
【だってハルちゃんのこと子供産おろろろろ】
【やっぱトカゲだな!】
【そのへんの爬虫類だったな!】
【草】
下の方――羽のおかげで姿勢が自由なおかげか、気が付いたら体ごと地面に向かって水平になってたらしく、真っ正面に感じる――の地面に、張り付くように光の糸が張り巡らされていく。
絶え間ないモンスターたちの叫び声。
……うん、これ、離れてて良かったね……じゃないとさすがにモンスターさんのでも落ち込みそうだし……。
【経験値】
【:】
【集計中】
「……ふぅ……あ、かなり魔力、使っちゃったんだ……」
ほっとひと息ついたと思ったら、がくんっと落ちそうになってちょっと焦った。
……なるほど、これが魔法を撃つ感覚。
全力疾走した後に倒れ込むみたいな感覚。
「……あの空間で無意識に吸ってた魔力、ほとんど使っちゃったみたい……」
んー。
「……ねむい……」
【result】
【:4513585】
【:☆105】
【えーっと?】
【どうやら450万の軍勢だったらしいな】
【経験値の間違いじゃ?】
【もうここまできたら誤差で良いだろ】
【で、レベルは☆の105だと】
【ひぇぇ】
【なぁにそれぇ……】
【経験値だとしても、数字、バグってない??】
【いやまぁ、広すぎる空間一面にみっちり居たし】
【あの、平均的な中級者ダンジョン、湧き潰ししなくて溢れそうになる目安が千体とかなんですけど……】
【つまり?】
【もし今の数字がモンスターの数だったら モンスターが溢れるレベルのダンジョン、4500個分くらいをまとめて倒したってことだな】
【ちなみにダンジョンからモンスターあふれると、前回のノーネームちゃん騒動みたいに安保理が動くレベルだぞ】
【それが4500回分……】
【しゅごい】
【もはやすごすぎて感覚マヒしてきた】
【しかもそれでも、あのトカゲの経験値の数%って言うね……】
【これが神々の戦いか】
【天使と悪魔だな】
【神と悪魔じゃね?】
【ただでさえ天使のハルちゃんが女神になっちゃったかー】
【実際この見た目だと天使でも女神でも似合うって言うね】
「……眠い……おしゃけ、のみすぎたときみたいぃ……」
ほっぺつねってもしゃべっても、どんどん眠くなっていく僕。
多分、1回でも目を閉じたらそのまま溶けるように寝ちゃう。
「これ……ちょうしにのって、いっしょうびんあけたときみたいなねむけ……」
【草】
【もしかして:ハルちゃん魔力切れ】
【ああ……】
【なのにその表現がお酒って】
【しかも一升瓶とか】
【一升瓶……ひと晩で空けたのかこの幼女……】
【せ、せめてJKの体で……って信じとこう……】
【いや、それでもやばくね?】
【ま、まあ、天使だから大丈夫でしょ……】
【そ、そうそう、人間の尺度じゃないはずだし……】
【もう体の仕組みからして違うだろうし……】
【それなら、あのちょっとおかしい(婉曲表現)数々もまだ納得できるな!】
眠い。
眠い眠い。
人は眠気には抗えないんだ。
眠いって言ってるのに何で寝ちゃいけないの?
僕は眠いのに何で寝ちゃいけないんだ。
【あ、ハルちゃん】
【落ちる落ちる!】
【たまに羽の音でちょっと浮くけど】
【ハルちゃん! こんな死に方はダメよ!】
【ここまで来て魔力切れでの落下ダメージとか悲しすぎる】
【ハルちゃん起きてー!】
ひゅるるるる。
あの空間でずっと聞いてた風の音がしてくる。
「なんか……なつかし……」
「地面にぶつかったら、さすがのこの体でも傷つく」――そんな意識で、どうにか羽を動かしながら不時着できる場所を探す。
できるだけ高台で、落ちても痛くなさそうで、できたら安心できる場所。
地面が近づいてくる。
「無数のくぼみがあって、その中に結晶化してるモンスターさんたちが居る」地面が。
ごつごつしてる地面が。
無機質で痛そうな地面が。
「いたいのはや……いたくないとこ……」
【おちるぅぅぅぅぅ】
【ああああああ】
【落ちたら痛いぞ! がんばって飛ぶんだ!】
【ノーネームちゃん! 噛みついてでも起こせ!】
なんかもう眠すぎて何かに甘えたくなってる僕。
大人になって、すっかり忘れてた甘えたい欲。
……それは、恥ずかしくて突っぱねてた、あの子たちと一緒のとき。
るるさんが元気にぎゅってしてきたり、えみさんが縛られるの覚悟ででっかいのを押し付けてきたり、九島さんが優しく撫でてきたり、リリさんに背中から抱きしめられたり。
……あ。
指先でくいくいと引っ張る力。
その方向に、とろんとした目をやる。
――ああ。
「あれならきっと、やわらかくってあったかくって、あんしんできる」。
【あああああ】
【落ちる落ちる!】
【あ、待て、浮いたぞ!】
【よかったぁぁぁぁ】
【お、洞窟】
【壁に横穴が】
【!?】
【ちょ、人居る!】
【潜ってた人たちか!?】
【いや待て、どう見ても】
【子供!?】
【小学生とかだよな!?】
【どうしてぼろぼろな服のロリとショタがこんなに!?】
――ぽすっ。
「……ふぁあ……」
僕は、最後の力を振り絞って「そのやわらかくってあったかくって、安心できる場所」にしがみついた。
『――――――? ――――――??』
「それ」は心配そうに、おどおどと話しかけて来る。
「……おやすみぃ……」
そうして僕は、あったかさとやわらかさとにおいに包まれて、一瞬で溶けた。
◆◆◆
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