143話 はじめてのだんじょんはいしん(真) その5

【銃声か矢を放った音か石を投げる音がしたら画面を見る配信】

【集中力が途切れかけてたのに気が付くから助かる】

【数分に1回見上げる程度がいいんだよな】


【分かる】

【作業用配信だもんな】

【ハルちゃんも作業してるようなもんだし】


よいしょっと……あー、そっか。


結晶化したモンスターさんを持ち上げようとして、ふと思う。


小さくなって、腕力も体力も落ちてるわけで……ドロップ品もこれまで以上に厳選しないとなのかなって。


けども、今日の稼ぎは……寝ちゃってた時間とかのぞくと普段の7割ってとこ。


慣れてきたらもうちょっと行けそうだけども、換金のためのドロップ品が少ないからそんなに潜れないかも……なにしろ幼女だからね。


うん、しょうがない。


足ひねったとか腰打ったとかなら、男のままだったとしても2週間くらい休むんだし。


ちょっと効率落ちた程度なら、まだ良い方だよね。


そう思い込むことで、幼女化って言うとんでもない事態を「大したことない」ってしてる僕がいる。


……なんだかんだ割り切れないもんだよね、こういうのって。


ま、いいや。


リュックも気を抜くとふらつく程度には重くなったし、もう切り上げよ……もう夕方だし。


寝てた分長くなったけども、気が付けば普段の会社にいる時間をダンジョンで過ごしたことになるらしい。


そういうこともあるよね。


……や、準備しないで寝ちゃうのはさすがにまずいから気をつけないと。


【お、もう退勤か】

【9時17時組は良いよなー】

【けどそう言えば今日は平日だけど、ハルちゃんお仕事は?】

【代休とかなんじゃ?】


みんなのコメントをちらりと見る。


は――……普段のクセでうっかり配信しちゃってたけど、なんにもばれてなくてセーフ。


次はどうしよっかなぁ……配信止める?


いや、この人たちのを最初と最後に眺めるのが日課だし、ひとりぼっちじゃないって感じられるし……変に思われているわけでもなさそうだからいっか。


帰り道は上り階段。


できる限り体力を温存するために、来るときとは違って索敵で見つけたモンスターたちを徹底的に回避するルート。


あと、普段の僕みたいに会社帰りとか学校帰りで潜る人たちが入って来るタイミングだから、来るとき以上に人の気配には敏感に。


そうして何個か目の階段をひーひー言いながら登ってるときに……だってさ、ほら、幼女ってことは歩幅も短いわけで、つまりは階段でさえ大変なわけで……気が付く。


……待って。


換金どうしよ。


そんな至上命題が浮かび上がる。


換金。


ドロップ品とかをダンジョンの入り口に連なるお店のどこかで渡してお金に換えること。


そうしないと今日の稼ぎはゼロになるんだ。

だからしなきゃなんだけども。


「……………………………………」


……この見た目だもんねぇ。


隠蔽使えば何とかなるとは思うけども、換金のときにカード使うし、そこから万が一にでも僕に注目が行ったらまずい。


……仕方ない、めんどくさいけど持って帰って郵送しよ……送料もかかるけど、こればっかりはねぇ……。


心なしか、背中の荷物がもっと重くなった気がする。

そんなわけないのにね。


……このご時世、中学生からダンジョン潜る子いるらしいから、この姿でも見とがめられないだろうけども、さすがに覚えられて噂になるよねぇ……。


僕だって……隠蔽スキルであんまり記憶に残らないようになってたとしたって、高校生以下の子供はなんとなく見ちゃうし、記憶に残るもん。


あんまり見ないくらいにちっちゃいし、あんまり見ないくらいにかわいいこんな姿……都会ならまだしも……いや、都会でもだろうね。


こういうときこそ、どこにでもいる普通の男ってのが良かったんだけどなぁ……。


あー、女の子が大変っての、ちょっと分かるかも。


何してても、何してなくても注目されて絡まれる可能性が高いって存在は大変なんだ。


……あ、そうだ、配信。


切り忘れるところだったそれをもう1回開いて、軽くあいさつだけしといて……っと。


【ハル「今日はおしまいです、ありがとうございました」】


【おつかれー】

【ちょっと疲れたまってる? 休み入れなよ】

【この配信が癒やしなんだ、続けてほしいから休んでくれ】

【マイペースだよハルちゃん】


「ハルちゃん」。


声も顔も体も出さないっていう配信のせいで、勝手に女の子設定にされてる僕。


それが現実になってる今、なんかちょっと……嬉しいって感じてるのがそこはかとないダメージ。


けど……あー、重い。


余計に重くなった気がする……しょうがない、ブースト使って持って帰ろ……魔力もったいないけども、たくさん寝るからいいよね、きっと……。


……この分も含めて、ドロップ、これからはもっと厳選しなきゃ行けなさそうだね。


そうだよなぁ――……。

僕、女の子になっちゃってるんだよなぁ……。


物理ボタンでぱちっと配信をオフ。

確実性がほしいときはやっぱり物理だよね。





階段を登り切って、1階層。


あとは入り口を過ぎてロッカー行ってこの荷物背負って帰るだけ……いや、長いよ。


これが男の体だったらまだまだ平気だったのに。

ま、意外と何とかなるし、別にこのままでいいや。


……ってとこはないから早く戻ってくれぇー。


心の中でノリツッコミってのをしちゃった僕。


……あー、あの泉また行くかなぁ。


いや、アレが原因とは限らないし……そもそも行き方なんて、ただの偶然だったし、2年以上潜って1回って確率だし……ん――……。





「……あー、疲れたぁ」


最後の方は探知と隠蔽と索敵スキルを総動員、身体強化で体を運ぶイメージで無心だった僕は、ばたんとドアを閉めて家の中って安心感に包まれてからとろける。


そうだよねぇ、普段はドロップ換金して持って帰って来ないし、体力というか筋力が、だし……。


なんだかんだこの体じゃ移動が疲れるし、見つからないようにするのも疲れるし。


端的に言って、僕は疲れているんだ。


体力……運動もしてない社会人でも結構あったんだなぁって、今さら思う。


やっぱ、なんだかんだ男だったんだね、大人だったんだねって。


男に戻れる……か不安になってきたけども、戻ったらジムにでも通おっと……幼女になっちゃったらジムにすら通えないんだし。


「ふぅ……疲れた疲れた」


壁にリュックを立て掛けて、お布団に体を投げ出す。


ぽふっと軽い弾力。

一瞬宙を舞う髪の毛。


……ちょっと潜っただけなのに、1日掛かりでどっか行った感じ。


そのくらいの疲労感だ。


体のサイズ的には往復2時間な場所に行って、延々歩いた感じだもんなぁ……遠足とか修学旅行とかそんなレベル。


しかも帰りは荷物重くってさ。

しょっぱなから体力的にものすごく不安になってきた。


そもそもダンジョンに着いてからちょっとして寝ちゃったし……あれは行けないね。


リストバンドのおかげで死にはしないけども、モンスターにどつかれなら起きるとか嫌すぎるもん。


実力的には大丈夫だったけど、当分は省エネ短時間だなぁ。

まぁしょうがない、とりあえず今日の戦利品を入力しよう。


ごそごそと荷物を布団に並べ、1個ずつスマホに撮ってダンジョン協会のアプリにアップロード。


しばらく待つと「ちろりん」って、概算の鑑定結果が出て来る。


「……………………………………」


……持ち帰るの厳選したから今日の稼ぎ、普段の……。


僕はしょんぼりした。


がっかりだ。


ま、まぁ、普段のレート的に週5くらい潜れば生活はできるし?


そうは思うけども、やっぱり普段以上の労力で普段未満の稼ぎだと疲れもするよね。


あー、荷物がたくさん入る袋ドロップしないかなぁ……あれ、安いやつでも百万単位なんだよなぁ……。


布団の上の邪魔者たちを端っこに寄せて、もっかい脱力。


……ほんと。


「僕、小さな女の子になっちゃってるんだなぁ」


かわいい声が僕の耳に届く。


「……すんっ」


何だろ、この良い匂い。


……じゃないよ、汗だよ……ちょっと汗臭いんだよこれ……あと土とかいろいろついてるし。


体に対して結構な荷物を背負って何時間も歩いたんだ、真夏でなくとも汗くらいかくか。


……普段の僕はかいてなかったってことは……相当楽してたんだね。


会社に響かないようにって、体のキャパに比べて相当楽をしてたって改めて気が付く。


と同時に、この体だと負担が大きいことも。


……まずは慣れないとね。


毎日汗臭くなって帰って来るのもやだし。


や、別にヤな臭いとかじゃないよ?


むしろ、


「すんすん…………すんすんすん……」


……う、うん。

自分の匂いだからね。


自分の汗って、服について時間の経ったりするのじゃなきゃそこまで気にならないというか、むしろ……うん……。


お、女の子だし……ね……?



◆◆◆



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