第7話

 捕まえた盗賊の少女は、健康的に溌溂としていて眩しいほどの肢体だった。その場にいる人の視線を集めるほどの眩い明るさを持つ美しさだった。

 彼女の表情は憎悪だ。目の前で、仲間を何人か殺された。凄惨な光景が広がり、五体満足なものはいない。少女はそれでも怯えもせず、憤る炎を瞳に映す。

 口の轡を取ると、少女は元気に吠え始める。

「この非人道! あんたらなんか、人間じゃないわ!」

「本当に半分人間じゃないからね」

「そうね。妾は人間だけど」

 そういえば、スヴェンのご両親に挨拶って、していないけれど。鬼籍なのかしら。スヴェンは秘密主義だから困るわ。

 少女は元気に罵倒を続けている。学園や修道院では聞かなかった言葉が頻出して、妾には意味がよくわからない。

 耳に響く声だ。妾達は目を見合わせた。どこまでこの減らず口が続くかしら。

 妾が鋏を取り出した。錆が浮いている、手入れをさせなければ。

 切り落としたら無くなってしまうもの、耳や指。唇。もったいない、こんなに芸術品のように美しいのに、それを損なう。欠損した場所に、魅力を感じてしまう。壊れた美術品。

 両の耳を切り落とし、絶叫する舌を裂いた。手間暇かけて壊して、スヴェンが回復魔法をかける。欠損した部位に皮が張り、元には戻らない。そうしてそれを繰り返して、丸い皮膚だけの人間が出来上がった。

「人じゃないのはあなたね」

 高揚した気分でスヴェンに口づけた。一つの芸術を協力して作り上げた。これは展示しなければ。家のエントランスに飾りましょう。

 スヴェンは、エントランスじゃなくて夫婦の寝室にしようと提案しながら、妾に熱い愛情表現を返した。妾達に怖いものはなかった。二人は完璧だった。この時までは。


「奥様にお手紙です」

「妾に?」

 いったい誰だろうか。そう思って、差出人を確認すると、懐かしい名前を見た。

「ニコライ…………」

 途端、学園での日々が蘇る。くだらない嫌がらせの数々、それらから庇ってくれていたニコライ、ニコライの優しさ、ニコライ、ニコライ……!

 手紙の中身は、妾の身を案じる内容で、もしよければ使用人として雇ってあげるから、そんな拷問卿の元から逃げ出すようにという内容だった。

 どこまでも優しいのね。そして、愚かだわ。妾も……。

 スヴェンに内緒で文を出した。不自由なく暮らしている、穏やかな日々だと。

 返答もまた文だった。スヴェンが今までの妻を全員嬲り殺していること、マリアにしたことが許されるだけの罰を受けたであろうことなどが書かれている。社交界に出ないのも、暴力を受けているのでは? と。

 社交界で会いましょう、と手紙を出した。手紙のことは伏せて、スヴェンにねだる。社交界に出たい、一緒に出て仲良しだと周囲に示したい、と。

 突然のことで面食らっていたスヴェンだが、そういうものに憧れる年になったか、と優しく頷いてくれた。


 星空のようなドレスを用意してもらった。紺地に金の糸。上品で、鏡に映る妾はすっかり貴婦人だった。

 いつの間にか大人になっていたのだ。

「似合うね。気に入ってくれたら嬉しい」

 スヴェンは妾の髪に口づけた。

「ありがとう。スヴェンも、とっても素敵」

 血の色も目立たなさそうな、暗い色。揃いのスヴェンの服は特にシンプルで、どの年代でも通りそうだった。

 裾を持ち上げて回ってみる。高いヒールももう履き慣れた。少女時代は終わったのだと実感する。

「ダンスの最終確認はいいかな?」

 そうだ、社交界のために一所懸命にマナーを叩きこみ、ある程度のダンスも踊れるようになった。スヴェンの横にいてスヴェンが恥ずかしくないように。

 平民出身ってだけでも嘲笑の対象になりそうなのだ。他のところはせめて……。

「ダンス、もう一度いいかしら」

「もちろん、何度でも」

 妾は久々に会うニコライの姿を思い浮かべながら、彼の手を取った。


 国王主催のそのパーティは、国の多くの貴族が参列した。学園で見た顔もちらほらあった。

「イリーナ……?」

 ざわざわと妾の名前が聞こえる。人前に出ると、ダメだ……自分が小さくなってしまう。昔を思い出す。

「イリーナ、緊張してる?」

 隣には仮面姿のスヴェン。口元だけが見える仮面をつけているが、それでも若々しい。

 そうだ、妾にはスヴェンがいた。もう一人ではないのだ。胸を張る。

「正直、緊張してる。でもあなたがいるから大丈夫よ」

 スヴェンは妾の手に口づけた。人前でそんな、と一瞬焦ったが、落ち着き払ってされるがままにする。多分貴族ってこんな感じだろう。

 国王に挨拶に行った。国王は、スヴェンの顔が隠れているのを残念がっていた。

 そしてスヴェンに守られるように移動して、ワインとケーキを楽しんだ。流石に一級品である。

 練習したダンスを踊っていると、酔いが回って楽しくなってしまった。声を上げて笑い、スヴェンの足を何度か踏んだりした。

 ふと、あんぐりと口を開けてこちらを見るニコライを見つけ、なんだか恥ずかしくなった。目を合わさないように踊る。

「スヴェン、妾少し疲れちゃった。中庭に出るわ」

「私もついていくよ」

「一人にさせて。たまには」

 スヴェンは少しショックを受けたみたいだった。そういえばスヴェンの元へ来てからほとんど二人で過ごしている。よく今まで嫌にならなかったな。

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