第6話

 久々にスヴェンが休みを取った。フェンを連れて近くの湖までピクニックに行こうという話になる。

 つい、そわそわしてしまう。それだけ? 本当に? スヴェンと目が合うとくすくすと笑う。

 湖には、串刺しになった人間が何体もいた。

 これにはフェンも大はしゃぎ。焼けた人間も生の人間もいる。どこから食べようかとあっちへうろうろ、こっちへうろうろ。リードを持つのも楽じゃない。フェンはあっという間に大きくなった。今は大型犬くらい。手を放しても遠くへは行かないけど。

「病気の人間は混ざっていない?」

 フェンがお腹を壊したら大変だ。

「大丈夫だろう、フェンリルなら」

「一応確認しておいてほしかったわ。この人達はどこから集めたの?」

 スヴェンは嬉しそうだ。

「最近隣の領地を荒らしてた盗賊達だよ。捕まえるのを手伝ったお礼に、後始末は任せてくれるって」

「まあすごい! 流石スヴェン!」

 昔シスターにされたのを思い出して、思わずスヴェンの頭を撫でた。彼は目を大きく見開いて、妾の手を取りもっともっとと頭を撫でさせた。可愛い人ね。

「まさか全員串刺しなんて芸がないことしないわよね」

 確認すると、もっと褒めてほしい、というのが顔に出ているスヴェンが二十人くらい捕まえてあると言う。わしゃわしゃと頭を撫でて、顔を赤くしたスヴェンが恥ずかしいと言って少し遠のいた。

 これでしばらくフェンの食事も妾達の暇つぶしにも困らないだろう。どうやって遊ぼうか。スヴェンは即物的な暴力を好むが、妾はそこに精神的な遊びを加えるのも好きだ。例えば、串刺しの先を丸くして徐々に体内をゆっくり貫通させる絶望、なんてどうだろう? うん、すごくいい。スヴェンに言ってみると、「君は最高だ」と破顔した。

 スヴェンはそういう対象の美醜にあまり興味が無いようだった。魔物であっても割と楽しそうにいたぶる。妾は美しいものを壊すことに執着した。魔人、人魚、美しい女。処女の血。

 スヴェン曰く、妾が来てから支出が増えたそうだ。美しいものをオークションや市場で落とすから。でも、妻の我儘を聞くのも夫の甲斐性だと嬉しそうにしているから、甘えている。

 妾達は、串刺しになった人間達にフェンが喰らいついていくのを鑑賞しながらサンドイッチを食べた。ローストビーフが絶品で、妾はこの湖のピクニックが大好きになった。


 帰宅して、意気揚々と地下牢を見に行く。粗忽な男が多いが、一人、よく日焼けした褐色肌の美しい少女がいた。妾よりも少し小さい。

 美しい、と思ったのだ。この上なく。思わず息が漏れるほどに。

 隣のスヴェンはどう反応しただろう、と咄嗟に思った。彼は淡々と、いつもの奴隷を眺めるような顔をしている。

 はじけるような美貌を前に、何を考えているのか……妾は怖くなってきた。妾とスヴェンは良い関係を築けていると思う。だけど、妾は特別美人ではない。彼が目移りしたら妾は……殺されるのだろうな。

「イリーナが気に入りそうじゃないか?」

 妾が色々と考えているうちに、スヴェンがいつもの笑顔で美しい少女を指さした。

 それだけ? あんなに綺麗なものを見て、感想が「妾が気に入りそう」?

 妾はまたスヴェンが好きになった。ニコライには持たなかった感情だ。

「ええ、そうね! 妾、あの子を侍女にしたいわ」

「それはどうだろうな……盗賊だからな、イリーナの身が心配だ」

「あら、大丈夫よ。でも、無理にとは言わない」

「うん……保留にさせてくれ」

「ありがとう」

 盗賊達がこちらを罵る言葉をかけてくる中、妾達は仲睦まじくやりとりしていた。


 部屋の隅の定位置では、お腹がぽんぽんに膨れたフェンがくつろいでいる。

 妾はスヴェンの肌の熱を感じていた。むき出しの胸に耳を当てると、とくんとくんと彼の生きている音がする。何よりも安心する音だ。

「イリーナ」

 妾の名前が呼ばれる。そうするとスヴェンは泣きそうな顔で、妾の首に手をかける。

 妾がゆっくりとその手に手を重ねると、スヴェンは凍えたように震える。

 彼は何も言わずに手をどけた。

「あなたが妾を殺す前に、妾があなたを殺すわ」

 彼は口を真一文字に閉じて、目を開く。

「ありがとう……」

 ああなんて、可哀想で可愛い人。


「そろそろ、卒業シーズンだね」

 スヴェンの仕事を手伝っていたら、ぽつりと彼は言った。

「あら、妾が退学した学園も卒業シーズン。殺人未遂事件が起きなければ、妾も卒業だったのね」

 スヴェンはころころと笑う。

「その事件を聞いて、求婚したんだから、良い話だ」

「そうね」

 妾は自分に関する噂の真偽に触れられたくなくて、スヴェンに話を振った。

「スヴェンも学校に通ったの?」

「君と同じ王都の学園にね。卒業生として寄付もしてる。卒業式典に招待もされてるけど、見た目が変わらないから行けない」

「へぇ……仮面でもつけて行けば? オークションみたいに」

「はは。行きたいかい?」

 妾は学校に良い思い出があまりない。でも、行ったらニコライを一目見られるかもしれない……。

「行きたいわ。気分だけでも卒業したい」

「そうか……」

 スヴェンは妾に甘い。多分、連れて行ってくれる。本当に仮面かもしれないけれど、ニコライに最後一目でも会えればいい。

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