第3話

 スヴェンの婚約者として過ごすこと数日。食事は美味しいしスヴェンは優しいし、綺麗な洋服も着られる。妾は平穏に暮らしていた。

 ただ、気になることがあった。使用人がいつも何かに怯えているようなのだ。それに、多くの人が傷だらけ。傭兵とかではなく、普通の使用人が生傷だらけなのだ。

 どうして? 初日にメイクを担当してくれた若いメイドに聞いた。

 彼女は眉をきりりと歪ませて、こっそりと耳打ちしてくれた。

「スヴェン様が拷問卿って呼ばれてるの、知ってますか?」

 え、何それ知らない。

「あんなに優しくしてくれるのに……?」

「初めだけですよ。前妻も嬲り殺されていて……」

 使用人は皆妾に同情的らしい。新しい婚約者は幼いし、虐められオーラがあるのでまた殺されると思われてるとか。

 大丈夫、そんな事態にはならない。殺される前に殺すもの。


 スヴェンについての悪い噂を耳にしたけれど、本当ですか? と尋ねてみた。聞いてみないとわからない。

 彼は困ったように笑いながら、悪い噂ってどういうの? お給料を支払わないとか? それはしてないなぁ、と言う。

 やっぱりこの人は優しいだけの人かもしれない、と思った矢先、「君もああいうのが好きだって聞いてさ……趣味を共有できるかと思って、呼んだんだ。やっぱり、家族になるなら、共通の趣味と理解があった方がいいと思って」と頬を染めている。「ああいうのって?」

「だから……なんていうか……明日を楽しみにしていて」

 今日じゃ駄目なのか。駄目らしい。スヴェンは何だかワクワクしているようだ。


 そして翌日、スヴェンが用意したのは白い肢体の艶めかしい女性だ。一糸纏わぬその姿に神々しさすら覚える。顔を見たら、気さくに話をしてくれたメイク担当のメイドだった。力無く横たわっている。

 妾が戸惑っていると、つかつかとスヴェンは彼女に歩み寄り、倒れている手を取る。彼女は意識がないようで、されるがままだった。

 スヴェンは、彼女の爪の間に釘をあてがった。

「君も、こういうのが好きだと聞いたんだが……」

 スヴェンは釘を打つハンマーを、妾にどうかと差し出してくる。

 ああ、なるほど。話合わせておかないと妾も死ぬのか。

「別に好きではないです」

 ハンマーで思い切り釘を打った。メイドはギィッ! と大きな声をあげて目を開ける。妾を見て、大きな目をさらに見開いた。

「イリーナお嬢様……」

 爪の間からは血がにじみ出ている。ハンマーに付属の釘抜で抜いてあげようとしたが、結構力がいるようで、前後左右に揺らしながら抜こうと努力した。メイドは痛い痛いと暴れそうになって、それをスヴェンが押さえていた。

「噂も信じてみるものだね! 同じ趣味を楽しめそうだ」

 悪趣味な人だ。仲間だと思わせておこう。スヴェンは嬉しそうだ。

 釘が抜けた。メイドは大粒の涙をぽろぽろこぼしている。

「次はどこを打とうか」

 スヴェンが催促する。死なないように気を付けながら、妾は何度か槌を振るい、血を流させた。

 返り血が妾の唇を赤く染める。なぜだか妾は笑っていた。

 メイドの白い肌が赤くなるのが綺麗だ。とても、綺麗だ。

「素敵な人に出会っちゃった……」

 スヴェンが頬を赤らめて言う。

 その日、妾たちは赤い血に塗れて体を重ねた。妾の貞節は破られ、処女の血を飲み、妾に触れることをためらう彼を熱く受け止めた。


 スヴェンが取り寄せた魔物をいたぶっているのをなんとなく同席する日々が続く。

「魔物なんかいたぶって何が楽しいんです?」

「本当は人間とか獣人とか魔人がいいんだけど……」

 特に魔人に恨みがあるという話を聞いた。

 スヴェンの暴力性が妾に向くことはなかった。特等席で共に楽しんでいる。

 こんなことばかりしていては、神の国に行けない。でも、知ってしまった愉悦と快楽には勝てない。地獄には、スヴェンが共に行ってくれるだろう。

 この頃では使用人連中から妾まで青ざめた顔を向けられる。

 スヴェンに連れられて、屋敷のベランダに来た。風に当たりに来たのだろう。スヴェンに誘導されて、バルコニーに腰かける。

「ところで、そろそろ婚姻の話を進めるのはどうかな? 断ったらここから突き落とすけど……」

「なんて物騒なプロポーズ! そんなに自信がないんですの?」

「無いわけじゃないけど、保険?」

「ロマンの無い……」

 妾は笑った。こちらは断れる身分ではないというのに、本当にどうしようもない人だ。

 言葉の代わりに、そっと触れるだけの口付けをした。スヴェンは好意を向けられるのに慣れていないらしく、赤くなって可愛らしい。

「妾、悪評ばかりだけど、いいの?」

 口調も砕ける。

「私の嫁にふさわしいじゃないか」

 抱き上げられる。ふいに、ニコライの顔が浮かんだ。気弱で優しい、彼にはもう……妾は相応しくない。

 血の臭いが鼻にこびりついて、それがいい感覚なんだ。悲しいけれど。

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