新たな戦場へ-03-
クラーク氏は、俺の反応を確認した後、
「結局、祖父のあの表情が何を意味していたのかは最後までわからなかった。ですが、今でも祖父との思い出で忘れられないことがある。あれは……わたしが軍に入ると報告した時だった。祖父は、その頃にはもうかなりの老齢で弱っていたのですが、わたしの目を真っ直ぐ見て、『人を殺せるのか?』と聞いてきた。その迫力の前にわたしは正直なんと言ったのか覚えていない。祖父はそれ以上何も言ってこなかった。だけど、祖父はおそらく40年以上前の戦場での経験をずっと忘れることができなかったのだと今は思います」
クラーク氏はそこまで言うと、懐かしい記憶を呼び起こすように上を向く。
俺の過去の記憶もまた蘇ろうとしていた。
それは、ヒタヒタと後ろから誰かが迫っているような不快な感触であった。
「結局、祖父から戦場の話しを聞いたことは後にも先にもなかった。わたしが戦場の経験を直接聞いたのは叔父からです。彼もまた祖父と同じく兵士だった。だが、彼はベトナム……戦場からアメリカに帰還しても、結局最後まで兵士であることはやめられなかった」
クラーク氏の目には先程とは異なり、あきらかに暗い光が宿っていた。
できれば思い出したくないそんな表情を浮かべている。
曇空が出てきたせいか、月は陰り、気のせいか闇が濃くなった気がする。
いや……俺の心がそうなっているから、そう見えるだけなのか。
やはり、この男の話しなど聞くべきではなかった。
既に後ろまで迫っていた過去の亡霊は今や俺の頭をがっしりととらえて、忌まわしい記憶を脳裏に蘇らせていた。
「さっきからいったい何が言いたいのです。自分は兵士ではない。そう言ったはずです」
黙ってクラーク氏の話しを聞いていたが、いよいよ俺の心は限界に達しようとしていた。
「不快に思ったのなら申し訳ない。わたしは別にあなたの過去を個人的に詮索しようとは思わない。ただ、わたしはあなたという男を見定める必要があるのでね。あなたが我が国にとって味方なのか、それとも……敵なのか。それがわたしの仕事なのだから」
「何を勘違いしているのか知らないが、自分はそこらにいる単なる中年の男です。ただの冒険者だ」
「経歴上は確かに……そうだ。日本国籍を持つ普通の男性だ。だが、あなたは25年間、消息不明だった。我が国のデータベース上にも、同盟国にも……どこにも存在しない。これ自体異常なことだ。取るに足らない人物ならそもそも我々はデータベースで検索などはしない。そして、検索をかけるに値する人物が数十年間も痕跡を残していないことなど通常はありなえい。そして、あなたは現に異常とも思える力を示し、この世界に現れた。戦場帰りの……いや未だに戻れていない兵士の目をしながらね……」
既にクラーク氏の表情は紳士的な男から敵を見定める軍人の顔に変わっていた。
「確かに自分は戦場にいた。兵士でした。だが、今は違う……ただ、この国の一般人であり、単なる冒険者です」
「わかっているはずだ。あなたは普通ではない。たとえ、あなたがそう思いたいとしても、異常な力を持っている以上、普通には生きられない。そして、異能者である以上、その力をコントロールしてもらわなければならない」
「……自分の力は、コントロールしているつもりです」
「そう願いたいものですな。わたしが言うのもおこがましいが、あなたが今いるのは、78年間戦争をしていない世界屈指の平和な国なのだ。戦場を忘れられない兵士がいるべき場所ではない。彼らがコントロールを失った時に、犠牲になるのは身近な人物なのだから……。そう叔父の時のようにね……」
今まで冷静だったクラーク氏が、わずかに感情を見せた。
彼は、顔を歪ませて、思い出したくもない記憶に無理やり蓋をしめているように見えた。
俺は、彼の叔父の末路をなんとなく想像してしまった。
そして、同時にそれは俺の未来を暗示しているように思えた。
クラーク氏に言われるまでもなく、嫌というほど、彼が言いたいことはわかっている。
俺のような人間にはこの国にはなじまない。
現に俺はこの国の人々ではなく、クラーク氏の祖父や叔父に親近感を覚えてしまった。
この国……いや今のこの世界はあまりにも平和で、秩序に満ちている。
だが、それでも俺にとってこの国はやはり故郷……祖国なのだ。
この国以外に俺の居場所などあるのか。
いや……やはりあの世界こそ俺の——。
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