新たな戦場へ-02-
クラーク氏は俺の反応をそもそも期待していないのか、そのまま言葉を紡ぐ。
「軍人といっても二種類いるとわたしは思っているのです。戦場を経験している者としていない者……その差はあまりにも大きい。祖父や叔父は前者だが、わたしは幸運なことに……いや不名誉なことなのだが、後者の軍人です。今では我が国においてもわたしのような軍人が増えた。これはある意味で、大変有り難いことなのだが……」
クラーク氏はそこでいったん顔をそらし何かを考え込むような顔をして、
「わたしのような軍人は結局、今でも本当のところでは叔父、祖父のいえ兵士たちの気持ちがわからないのです」
と、顎をさすりながら、上を向く。
クラーク氏の背丈は180センチを軽く超えていて非常に立派な体型をしている。
そして、今の彼は一分のすきもなく完璧に仕立てられた高級感ある上質なタキシードを着こなしている。
そんな堂々としている彼が、何故か今だけは寂しそうな顔を浮かべている。
そのクラーク氏の仕草は俺にはとてもアンバランスで奇妙に思えた。
同時に俺は、その彼の表情を見て、クラーク氏にとっては、叔父や祖父の存在は大きいものだったのだろうということが、なんとなく想像ができた。
クラーク氏は、再び俺の方に向き直り、じっと俺を観察し、しばしの間の後で、
「それにしてもやはりあなたは不思議な人だ。冒険者として異常な力を持っているということにも当然興味は引かれます。だが……それよりも、なぜこの平和な国で戦場を経験した兵士の目をした人間が存在しているのか? 少なくとも貴国ではこの78年間一度も戦争をしていないと認識していたのですがね」
と、独り言のようにつぶやく。
俺はただ黙って話しを聞いていた。
だが、俺の心には小さなさざなみが立っていた。
目の間にいる男に自身の本質が見抜かれていることに、俺はどうしようもなく不安になる。
自分自身が否定したくてしかたがない本質……そう俺が兵士であり、人殺しであること……をこの世界の人間に知られてしまう……。
その事実は、どうにも俺の心をざわつかせる。
俺は自身の心に生じた不安を打ち消すように、何かを返答しようとしたのだが、言葉が出ない。
結局、俺が言えたのは、
「自分は兵士ではありません」
と、口にするのが精一杯だった。
英語で発言したからか、そもそもその言葉自体を俺が確信していないからなのか、自分で言いながらもとても不自然で違和感を覚えてしまう。
クラーク氏はただ黙って、俺の言葉を聞いていた。
俺が英語を理解していたことについては、あまり驚いていないようだった。
もともと彼には見抜かれていたのかもしれない。
そして、おそらく俺の真意すらも……。
クラーク氏は、何かをじっくりと考えている素振りであった。
「少し昔話を聞いてくれませんか。なにせ、なかなか中年の男の話しを聞いてくれる人間はいないのですよ。部下はああいう人間ばかりだし、さりとて家族に聞かせる訳にもいかないのでね。中年の男が寡黙になってしまうのは、万国共通かもしれませんね」
と、どこか冗談めかしたように言う。
だが、その仕草はどこかわざとらしく、彼がまとう雰囲気は先程と同じく重々しいものがあった。
正直なところクラーク氏とはあまり話したくはなかった。
とはいえ、一応政府の高官だ。
あまり失礼なことをして、俺個人が困るだけならまだしも、花蓮さんや他の人たちに迷惑をかけるのは忍びない。
そう思って最低限の礼儀としてこの場にとどまっていただけだ。
だが……今俺はこの男の話しにどうしようもなく惹きつけられてしまっていた。
聞けばろくでもないことになるとわかっていても、この場から離れることができなかった。
俺は自身の反応にいささか当惑しながらも、黙ってうなずく。
「わたしは幼い頃、祖父によく遊んでもらいました。彼は昔の男だったが、子供や孫には優しかった。だから、わたしは祖父のことがとても好きでした。ただ時々、どうにも近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、庭に置いてあった古びたカウチに一人で腰かけて遠くを眺めていた。いったんそうなるとしばらくは離れるしかなかった。そうまるで今のあなたのようにね……」
クラーク氏の祖父は異国人で年代も異なる。
それなのに、俺は彼のことを一瞬身近に感じてしまった。
俺には彼が考えていたであろうことが、なんとなくわかってしまったからだ。
俺は無意識にクラーク氏から顔をそらしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます