晩餐会-10-

 いや……英雄になってしまったと言うべきか。


 俺は冒険者から兵士になり、そして長い闘いの末に魔族の王を倒し、争いを終結させた。


 普段と異なる環境にいるせいか。


 それとも、ここ数日久々に戦闘を経験したからなのか。


 忘れかけていた……いや忘れようとしていた昔の記憶が脳裏に蘇ってくる。


 俺は戦争を終わらせるために、無数の魔族を倒し、英雄になった。


 その過程で数十……いや数百人、数千人の魔族を殺し……、


 いや違う……倒した。


 当初はそこまでの規模の闘いではなかった。


 剣や従来の魔法での闘いではせいぜいが数十人程度の戦死者しか出なかった。


 ひとりの兵士による近接戦闘ではどんなに腕の立つ剣士であっても、その威力には限界がある。


 それは魔法でもまた同様だった。


 魔法は、異世界において近接戦闘での殺傷力に特化して発展したた。

 

 それが原因なのか、はたまた無意識レベルにおいて、彼ら自身が気づかぬうちに制限をかけていたのか……。


 いずれにせよ広範囲に破壊を及ぼす魔法というものは異世界には存在していなかった。


 俺は、この世界から来た人間ゆえに、戦闘における魔法の常識、概念を変えることができた。


 そして、その魔法を使用することができる力もあわせ持っていた。


 今から考えれば「効率的な殺傷」という意味において、俺ははるかに進んだ世界から来たのだ。


 既にこの世界は78年前にその最終形を実現している。


 俺は、広範囲を破壊する「大規模魔法」を新たに習得し、膠着状態にあった戦争の状況を一変させることに成功した。


 25年間もの長きに渡って、戦争が終わらなかったのは一度の戦闘で相手に与えうる被害の程度が限られていた点が大きかった。


 俺の「大規模魔法」はその制約を取り払った。


 魔族どもに戦争の継続が不可能なほどの甚大な被害をもたらすことができた。


 戦争がこちらの有利に推移するようになってからは、奴等の集落に対して、破壊力があり、殺傷力がある大規模魔法を多用していった。


 その方が、効率的だし、味方の被害も少なく済んだ。


 そして、俺にはその力があった。


 「彼女」は、俺の「大規模魔法」を褒め称え、英雄と呼んでくれた。


 「彼女」だけではない、みなが俺を「英雄」と呼んでくれた。

 

 これでようやく戦争が終わる、もう兵士が……家族が若くして死なずにすむと……。 


 だが、それでも戦争はなかなか終結しなかった。


 魔族たちは降伏を拒んだ。


 いや……そもそも奴らが降伏をしても、俺たちはそれを受け入れることができたのだろうか。


 数十年も続いた闘いで、互いに互いを憎しみ合っている状況下で……。


 いずれにせよ降伏など考えられない殲滅戦へと事態は移行していった……いやはじめからそうだったのだろう。


 魔族と和平工作をするという話しはついぞ一度も聞いたことがなかった。


 だから奴らも必死だったのだろう。


 形勢が不利になった奴ら魔族たちはもはや非戦闘員の区別なく根こそぎに兵士として動員していた。


 その中には女の魔族や年若い……まだ子供の魔族もいたはずだ。


 俺らは戦闘でそれらを区別することなどできなかった。


 いちいち区別などしていれば、味方の兵士が犠牲になる。


 結局、遠距離から奴らの集落に俺が大規模魔法を発動する……それがもっともこちらの戦死者が少ない効率的な闘いとなった。


 それに、俺自身もその方が心理的に楽だった。


 相手の目が見える近距離で魔法や剣を使い、相手の命を奪う。


 それは途方もなく、俺の精神に負荷を与えた。


 たとえ、相手が忌むべき「魔族」であっても、相手を殺した……いや倒した時のあの感覚……。


 今まで確かに生きていた相手の目が虚ろに消えゆくあの視線……。


 あの感覚だけはどうしようもなく俺の心から消えない。


 決して消えてくれない。


 だが、遠距離から大規模魔法を放つだけなら、俺は奴らの顔を見なくてすむ。


 あの感覚を味合わずにすむ。


 考えてみれば、俺が「大規模魔法」も思いついたのも、それが原因だったのかもしれない。


 剣から弓、弓から銃、銃から飛行機、飛行機からミサイル。


 俺がいた世界がそうしてきたように、俺もまた自分のしたことを見なくてすむよう

に、自分の手を汚していないという何らかの支えが欲しかったのかもしれない。


 たとえ、それが錯覚だとしても……。


 俺が発動した魔法の効果確認は、別の兵士たちがやってくれた。


 それからは実際のところ俺の負担は軽減された。


 そのせいか、記憶も大分残っている。


 正直なところ近接戦闘に明け暮れていた時期の記憶はほとんどない。


 それにも関わらず、あの忌むべき感覚だけは俺の脳裏から消えてくれない。

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