晩餐会-09-

「非公式とはいえ米国のダンジョン行政に携わる高官が来るのだから、それなりのおもてなしをする必要があるのよ。それに今は国内で新たに発見されたダンジョンのこともあって、ただでさえみな神経質になっているわけだし……そんな時に二見あなたが現れた。あちらも色々と情報を探りたいのでしょう」


「北海道の……ですわよね。まだ政府は正式には発表していないですけれど、随分公表に時間がかかっていますわよね。気になってはいましたが、何か公表できない理由があるんですの?」


「場所が場所……ということもあるのだけれど、他にも色々と……ね。まあそれは後で話すわ。それで花蓮、鈴羽、晩餐会の件は引き受けてくれるかしら?」


「それはもちろん大丈夫ですが……場所はどこでやるのですか?」


「この屋敷でやるわ。その方が何かあった時に色々ともみ消す……いえ手配をするのに好都合だし。準備はわたしたちがやるわ。晩餐会といっても少人数の内輪の会合だしね。あなたたちは服装の準備でもしてもらえれば……」


 と、麻耶さんはそこで、鈴羽さんの方をしげしげと見て、


「そのことでは特に鈴羽……あなたのことが心配だったのだけれど……どうやらその様子だと、問題なさそうね。まあ……どういう心境の変化があったのかは……あえて聞かないでおくわ」


 と、ため息をまじえながら言う。


 そして、みんなを見回して立ち上がると、

「さてと……細かい打ち合わせは後でするとして、ここらへんでお開きとしましょうか。わたしも色々とやらなければならない仕事がたまっていて……えっ!? ひゃん!」


 そこで、麻耶さんの言葉が止まり、突如妙な声……というか喘ぎ声のような音を漏らす。


 そして、眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべる。


「お母様? 何か?」


 美月さんが怪訝な顔を浮かべている。


「こ、この感覚は!? そんな……まさか……また……」


 麻耶さんは周りの声が届いていないのか、ひとり何やらつぶやいていてわずかに頬を紅潮させている。


 が、しばしの間のあとに、


「だ……大丈夫よ。す、少し立ちくらみがしただけ……」


「そう……ですか。ならいいのですが」


 麻耶さんの態度に俺は少し不審な思いを抱いたが、そのまま部屋を後にする。


 部屋を出る時、チラリと麻耶さんの方を見たのだが、顔を赤らめて俺の方を睨んでいた気がする。

 

 そして、廊下を曲がるまでの間、ずっと後ろから麻耶さんの視線を感じていた。

 

 やはり俺に対して何らかのわだかまり……というか怒りがあるのだろうか。

 

 そのことは気になりはしたが、花蓮たちと別れて部屋に戻ると妙に疲れが襲ってきた。

 

 先程まで寝ていた……いや意識を失っていたのか……どちらにせよ肉体はしっかりと休めているはずである。


 だが、俺はどうにも体を横にしたかった。


 俺は、灯りを消して、ベッドに吸い寄せられるようにして、体を預けて、そのまま大の字になる。


 ベッドは申し分ないほどのフカフカ具合で、俺のアパートにある万年床の布団とはえらい違いだ。


 俺はしばらくただまんじりとしながら、天井を眺めていた。


 やはり体は疲れていないのだろう。


 だが、頭の方はどうだろうか。


 ここ数日で色々なことが起こりすぎた。


 もう年なのだし俺の脳みそも処理が追いつかずにオーバーヒートしているのかもしれないな。


 おそらく5分くらいそのままだったのだろう。


 色々考えていたら、逆に大分頭が冴えてきてしまった気がする。


 ちっとも眠くはならない。


 俺は眠るのを諦めて、体を起こし、椅子を窓際に置いて、腰をおく。


 外には屋敷の庭がぼんやりと見える。


 郊外にあるからなのか、それとも庭が広大なせいなのか、いずれにせよこの世界の夜にしてはやけに静かだった。


 こうしているとまるで異世界にいるみたいだ。


 それにしても妙なことになった。


 俺はこの世界でただ静かに生きたかった。


 むろん生きていくにはそれなりに金がいるから、ガラにもなく動画配信などをはじめた。


 だが、俺は男ひとり生計を立てられるくらいの金を稼げればそれでよかった。


 それがこの数日で状況が一変した。


 ひょんなことから花蓮さんたちと知り合い、それがきっかけとなり色々な事に巻き込まれて、明日にはアメリカ政府の高官と会うことになる……。


 正直なところ話が大きくなりすぎだ。


 それに、気になることがある。


 薄々は気づいていたが、麻耶さんたちの話を総合すれば、結局のところこの世界では、やはり俺の力は異常なものということになるらしい。


 いや……この世界でも……という方が正確なのかもしれないな。


 異世界では、この力ゆえに普通の俺のような人間が、英雄になることができた。

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