晩餐会-01-

 俺は眠っていたのか。


 いや……目覚めたという感覚とは違う。


 単に記憶が抜け落ちている。


 俺が最後に記憶していたのは、そう……デスナイトが現れて……。


 だが、今俺の視界に映るのは白い天井……。


 いつの間にか寝ていたのか……。


 しかし、ここは……


 どうやら俺はベッドに横になっているらしい。


 俺は、体を動かし、あたりを見回す。


 どうやらどこかの寝室……といったような光景が目に入る。


 と、俺はすぐにあることに気づく。


 俺のベッドの脇には小さな椅子が置かれており、そこに女性が座っているのだ。


 そして、その女性は俺の足を枕代わりにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。


 いったいこの人は……


 って……花蓮さん!?じゃないか。


 俺は驚いて思わず体を大きく動かす。


 そして、上にいた花蓮さんのバランスも崩れてしまい……


 俺は慌てて花蓮さんが倒れそうになったところを両手で支える。


「うん……わたし……敬三様……え!? はっ! け、敬三様!?」


 花蓮さんは目を覚ましたようだが、まだ状況がよくわかっていないらしい。


 酷く驚いた顔をしている。


 もっともそれは俺も同様だ。


 俺はいったい……。


「敬三様……敬三様!! ご無事だったのですね! 本当に……本当によかったですわ!」


 花蓮さんはそう言うと、突然、俺のことを思いっきり抱きしめてくる。


 その思わぬ行動に俺はバランスを崩してしまう。


 そして、花蓮さんを支えようとして、俺は花蓮さんの上に倒れ込んでしまう。


 床に倒れこんだ花蓮さんに俺が馬乗りしているような格好になってしまう。


「す、すいま——」


 俺は謝ろうとしたが、思わず言葉を失ってしまった。


 花蓮さんの両目には涙が溢れていた。


 そして、よく見ると、その目には泣き晴らしたような腫れとクマが見えた。


 花蓮さんは、とても疲れているように感じられた。


 いつも丁寧に着付けされている花蓮さんの艶やかな和服もどこか着崩れしているように見える。


 それに上品に結い上げられている花蓮さんの長い黒髪も、わずかに乱れているような気がする……。


 普段があまりにも完璧だからこそ、花蓮さんのそんなわずかなほころびが俺には気になってしまったのかもしれない。


 もっとも、それでも花蓮さんがあいかわずとても美しいのには変わりはないのだが……。


「敬三様……敬三様……ああ……よかったですわ……本当に……」


 花蓮さんは心底安心したようにそう声を漏らすだけだった。


 状況はさっぱりわからない……。


 が……これが、現実だということはわかった。


 というのも、花蓮さんの温かい体のぬくもりがリアルな身体性を伴って伝わってきているからだ。


 そして、同時に俺は花蓮さんに酷く申し訳ない気持ちになってしまった。


 状況は未だにわからないが、それでも俺のことで花蓮さんに大きな心配をかけてしまったことだけはよくわかる。


 本当はすぐに立ち上がるべきだったのだろうが、花蓮さんはただ俺をじっと見つめてきて、どうにも動くことができなかった。


 俺はただしばし無言のまま、花蓮さんを見つめることしかできなかった。


「えっと……その自分のことで色々心配をかけてしまったようで……申し訳ないです」


「いえ……わたくしは……何も……。敬三様そのご様子だと、元に……戻られたのですね?」


「元に? ええっとその……眠ってしまっていたようですが、今は特に体調に問題はありません」


「そう……ですか。それなら……いいのですわ」


 と、花蓮さんは何か言いたげな顔を浮かべている。


 と、そこにガチャと扉が開く音がする。


「い、今の音はいったい!? な! こ、これは!?」


 扉の前には唖然とした表情で人が立っていた。


 自衛官の制服をきたその人物には見覚えがあった。


 この人はたしか……間宮氏。


「ふ、二見……お、お前また!?」


 間宮氏は声を震わせながら、青ざめた顔を浮かべている。


 そこで俺はことの深刻さに気づく。


 つまり俺が客観的に見て自分が今どのような状況にあるのかということに……。


 俺は花蓮さんと床に倒れている。


 いやより正確に描写するならば、オッサンの俺がうら若き美女の花蓮さんの上に馬乗りになっている。


 そして、花蓮さんは涙を流している。


 間宮氏が青ざめるのも無理はない。


 というか俺の顔もいっきに顔面蒼白になった。


「い、いや……こ、これは……」


 と、俺は必死に何か言い訳をしようとしたが、結局しどろもどろの声しか出なかった。


「お、お前はやっぱり……け、ケダモノだ! 昨日みたいにその人を無理やり——」

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