陸上自衛隊特殊作戦群サイド-06-

 綾音は自身の動揺——恐怖——をまるで抑えることができない。


 そして、綾音の動揺は、マインドチェーンで繋がっている部隊全員にまたたく間に伝染してしまった。


 対象——二見——が突如として見せた強烈な殺気。


 たったそれだけで、綾音の精神と部隊の士気はズタズタになってしまった。


 綾音にとってこんな経験は入隊以来……いや今までの人生で一度もなかった。


 むろん綾音の経験が不足している訳ではない。


 それどころか陸自の中でも、トップクラスの実戦経験を綾音は積んでいる。


 いや……事実上、戦闘経験があるのは綾音の部隊以外には陸自内には存在しない。


 綾音の部隊は、ダンジョン内のモンスターと何度も対峙し、処理している。


 そうしたモンスターはS級冒険者ですら太刀打ちできないような危険極まるモンスターたちばかりだ。


 命を奪われても不思議ではない……そうした修羅場も幾度も経験した。


 そのような時ですら、綾音は少なくとも表面上は冷静さを装う余裕はあった。


 だが……今の綾音はただただ恐怖に圧倒されてしまっている。


 逃れることができない強烈な死の予感……。


 それが綾音の心を蝕んでいた。


 綾音が対峙している相手はたかだか一人の人間……。


 それも、そこらにいる普通の中年の男にも関わらず……。


 ましてや相手は目の前にいる訳でもない。


 それどころか視界にすら入っていない。


 それなのに……脳裏には自身が男に屠られている映像が鮮明に浮かんでしまう。


 何度消そうともその映像はあまりにもリアルで生々しいものとして綾音の思考を支配する。


 これはやつの精神操作魔法なのか!?


 だが、その疑念はすぐに消える。


 いや……そもそも綾音ははじめからそんなことは思っていない。


 それは、そうであって欲しいという綾音の願望にすぎない。


 この禍々しいまでのやつの殺気……と脳裏にこびりついた死の光景……。


 綾音は確信してしまっていた。


 二見の実力は確実に自分自身を……いや武装している部隊全員の力を上回っていることを。

 

 それでも綾音は、自身の精神をなんとか立て直そうとしていた。

 

 そして、それは現に功を奏した。

 

 麻耶が突入の合図をしたその時、綾音は恐慌状態からかろうじて抜け出ていた。


 ついで、綾音は即座にマインドチェーンで部下たちを再度繋ぐ。


 これにより、部隊はなんとか行動できるまでには回復することができた。


 だから二見と対峙した時も、綾音は外見上はなんとか平常を保つことができていた。


 先ほどの場に満ちていた禍々しいまでの死の予感も今や消えていた。


 二見は、殺気どころか抵抗の素振りすらみせない。


 そして、あまりにもあっけないほどに二見を拘束することができた。


 それでも、綾音は未だに拭い難い不気味さを感じていた。


 だが、同時に自身が感じた恐れが杞憂であることに安堵もしていた。

 

 やはり先ほどの件は、精神操作魔法の類だったのかもしれない……。

 

 綾音がそう思った時……再びソレはやってきた。

 

 綾音はその瞬間から数分間のことをほとんど覚えていない。

 

 ただ……事実として綾音は最悪の失態をしでかしてしまった。


 自身の精神を狼狽させ、マインドチェーンを通じて部隊全員を混乱させてしまった。

 

 あげくに無許可での発砲……。


 そして、今綾音の目の前には対象——二見——がいる。

 

 二見は車内——軍用トラック——の中で横たわっている。

 

 しかし、こいつは傷ひとつ負ってはいない。

 

 間違いなく部下が発砲したM4はその体に命中していたのにも関わらず……。


 車内はひたすらに沈黙が続いていた。

 

 部隊のメンバーの誰も口を開こうとしない。

 

 みな放心状態なのか……ほうけたように虚空を見つめている。

 

 車内はただ移動の際の音だけが無機質に響いていた。

 

 が……そんな状況がある時をさかいに一変した。

 

 ときおり対象——二見——が動くようになったのだ。

 

 綾音は体をビクリと震わせてしまう。

 

 綾音だけではない。


 部隊全員がまるで示しあわせたかのように同時に体を大きく震わせる。


 既に綾音はマインドチェーンを解除している。


 それにもかかわらず皮肉なことに今の部隊は一部の狂いもなく同調している。


 二見の一挙一投足に綾音を含めた部隊全員が恐れ慄いているのだ。


 この状況下で信じられないことだが……二見は寝ているにも関わらず……。


 そして、二見は綾音たちをあざ笑うかのように、いびきまでかきはじめる始末であった。

 

 それでも綾音たちは二見から目を離すことができなかった。

 

 それから……協会本部までに到着するまでの間、綾音たちの精神が多大な消耗をしいられることになったのはいうまでもない。

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