オッサン、一瞬覚醒してしまう


「術が解ければと思ったのだけれど——」


「麻耶さん……この償いは必ずさせますわよ!」


「麻耶様……この愚かな行いは二条院家の今後に禍根を残しますよ!」

 

 花蓮さんと鈴羽さんの声が聞こえる。

 

 声しか聞こえずに、二人の顔は見えないから、その心情を正確には推しはかることはできない。


 が……どうやら話しの内容からすると、この場で正面きって抵抗する様子ではない。

 

 それは俺も望むことである。

 

 二人には悪いが、今は無用な抵抗はしてほしくない。

 

 避けられる戦闘は可能な限り避けたい。


「ふう……残念ながら拘束する以外なさそうね……二人とも抵抗しないでよ」


「……わたくしを見くびらないでください。敬三様はわたくしたちのために……あえて拘束されたのですわ。それなのに、わたくしたちが抵抗するはずがありませんわ」


「……麻耶様、あなたは二重に間違っています。ご主人様への疑いも……何よりもその力の評価も」


「……二人ともなかなか面白い冗談を言うわね。陸自の対異能部隊相手にたった一人の冒険者……いや諜報員が太刀打ちできるとでも……」


「ええ……敬三様なら間違いなく」


「ご主人様をあまり甘くみないことです」

 

 いや……期待してくれるのは有り難いが、相手の戦力も未だ不明だし、あまりハードルを上げられても——。

 

 この連中が、魔王直属の親衛隊クラスだったら、さすがに一人では無理がある……。


 それに、今のような近接戦闘の上に混戦状態では、たとえ格下相手でも油断は禁物だ。


 不測の事態というのはどんな時でも起こりうるのだ。


 そして、戦場での不測の事態はすぐに生き死につながる。

 

 ならば……やはり俺がやるべきことは……。

 

 そう……守るためには、殲滅しなければ……。


 いや……違う。


 抑えろ……。


「はあ……やはり相当強い術にかけられているようね……」


「か、会長。ふ、二人は——」


「こうまで言っているのだから、拘束しないでもいいわ。そのまま連行しなさい。ただし、抵抗するなら——」

 

 と、突然麻耶さんの声色に戸惑いがにじむ。


「間宮(まみや)三尉……どうしたの? 顔が真っ青よ……いえあなただけじゃ……みな顔が——」 


「……き、気のせいでしょう。す、少しばかりここが寒いだけです……」


「そう? なら……いいのだけど……」


「……こ、この男は……ほ、本当にただの諜報員……」


「間宮三尉?」


「い、いえ……な、何でもありません」


「では……撤収よ。わたしは先に行っているわ」

 

 三人——麻耶さん、花蓮さん、鈴羽さん——と何人かの男たちが移動する気配がする。


 なんとか切り抜けたか……誰も傷つかずに、そして、俺は誰も傷つけずに——。

 

 俺はそう安堵のため息……は猿ぐつわがあるからつけないが、胸をなでおろす。

 

 が……その時、俺の脳裏にあの……馴染み深い『彼女』の顔が浮かぶ……。


『本当にそう思っているの? 連中は兵士で、あなたを……いや仲間を殺すつもりだったのよ。それなら……やることは一つでしょう。守るためには——殲滅しなければ——』

 

 また……か。


 彼らが兵士……だからなのか。

 

 いや……守るべき存在がいるからなのか。

 

 鈴羽さんの時は、抑えられたのに……。


 クソ……ここは戦場じゃないし、俺はもう英雄などではない……単なる冒険者なんだ。


 今は……消えてくれ。


 『また過ちを繰り返すの? 守るためには殲滅しなければ……魔族を……敵を……』


 抑えろ……。


「さ、三尉!?……こ、これは——先ほどの!? いや先ほど以上の!?」


「お、落ち着け!! だ、大丈夫だ! この男は完全に拘束下にある!」


「こ、こんなの——こいつは……こいつは!! い、いったい何なんですか!?」


「お、落ち着けと言っている!! あ、相手はたった一人の人間なのだぞ!」


「こ、こいつは……ば、化け物だ……だ、ダメだ!! い、いま……や、やらなきゃ……殺られる!」


「お、おい! 何をしている! ま、待て! 発砲許可は——」

 

 俺が自身の抑制に失敗したと自覚したと同時に、耳元に発砲音が轟いた。

 

 避けるのには造作もない速度であった。


 だが、ここで俺が動いたならば、もう後戻りはできない。

 

 戦闘状態……殺し合いになる……。

 

 過去の経験から、発動……いや発砲時の感覚から、その威力はそれほどではないという予測ができていた。


 それでも、25年間の戦士としての衝動は抗いがたく、俺を突き動かそうとする。


 抑えろ……抑えろ……。


 ついで、自身の体に衝撃が走る。


 寸前のところで、俺の理性は本能に打ち勝つことができた。


 そして、予想どおり『クロニクルガード』で小銃の威力はほぼ消すことができた。


 さらに言えば、その威力は予想よりもさらに低位なものであり、そのおかげなのか俺の頭も大分クールダウンすることができた。

 

 『彼女』の顔は脳裏から消え、殺気を出してしまったのは一瞬ですんだ。


「な、何をしている!? 無許可で発砲するなど!」


「……も、申し訳ありません! でも……こいつはいったい……」


「……い、言い訳はいい。それより対象は!? 殺してしまっては尋問もできないぞ!」


「……そ、それが……」

 

 部隊の一人が俺の体をあらためている。


 何やら動揺はしているが、彼らの殺気立った空気も発砲を境に……いや俺が殺気を抑えてから、急速に霧散していた。


「ど、どうした!? 早く報告しろ!」


「……は、はい! た、対象は何らの損傷も受けておりません!」


「な、何だと!? ば、馬鹿な!? 5.56mmとはいえこの距離だぞ!? 直撃を受けて無傷の訳が!?」


「し、しかし……現に——」

 

 俺は身じろぎひとつせず、じっとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る