美月サイド-06-

「そ、そうでしたわね」


「えっと……そのわたしたちを助けてくれて本当にありがとうございました」


 美月はそう言うと花蓮とともに手をついて、あらためて深々と頭を下げる。


「い、いや……そんなお礼を言われることなど……元々あのトロールの件は、自分のせいでもありますし……」


 男は困ったような顔を浮かべながら言う。


「えっと……二見さん。そのあなたのせいって一体……」

「いや実は……」

 

 二見が話した内容は美月をさらに驚かせる内容であった。


「えっと……つまり二見さんは以前に一人でこの最下層に来て、あのモンスター……ストーントロールをやっつけていたってこと……」

 

 普段ならばこんな話しはとても信じられない。

 しかし、今の美月はもうこの男——二見——に関する限り何でも信じられる心境であった。


「はあ……もういちいち驚くのも馬鹿らしくなってきたわ……もう何でもいいわ。どちらにせよ二見さんのおかげで助かったことにかわりはないし」


 美月は嘆息したように一人ため息をつく。

 ついで、美月はあたりを見回して、花蓮の方を向く。


「当面の脅威は去ったけれど、これからどうしましょうか。花蓮さん。戻るにしても今のわたしたちの装備だと……」

「そう……ですわね。わたしもこんな有様だし、美月だって……」

 

 花蓮はそう顔を曇らせる。

 花蓮は完全回復したとはいえ、装備の全てを失って、裸……という状態である。

 

 美月にしたって、花蓮ほどではないにせよ装備の大半は破損しているし、体力の消耗も激しい。

 

 羞恥の問題をひとまず置いとくとしても、そもそもこんな状態では最下層から地上までのモンスターとまともに闘える訳がない。

 

 このまま引き返えしたら、美月はともかく花蓮は——。

 

 美月の脳裏に忘れかけていた先程の……いやもっと昔の忌まわしい光景が浮かぶ。


「せめて『帰還の羽根』が人数分あれば……」

 

 美月は思わずそんなことを漏らす。

 もともとパーティー分——三人分——あった『帰還の羽根』は今は花蓮しか持っていない。


 一つは逃げた龍太が持っていて、もう一つは花蓮が、そして最後の一つは美月が二見に渡して——


「そうだ……『帰還の羽根』は二人分はあるわ。それなら……わたしがここに残れば——」


「馬鹿なことを言うのはやめなさい。こんな最下層に美月一人を置いていける訳ないでしょう? すぐに自己犠牲に走るのはあなたの悪い癖ですわよ」

 

 花蓮はそう諭すように言う。

 

 花蓮がそのようなことを言うのはわかりきっていたし、当然のことを言っているのはよくわかっている。


 いつもならば花蓮のそうした正論に腹など立てたことはない。

 しかし、今の美月はどうにも苛立ちが抑えられなかった。


 というのも今回の件を通じて、美月はどうしようもなく自分の未熟さと驕りを痛感してしまったからだ。


 そう……もうずっと前に乗り越えたと思っていた自分の未熟さを……。


 そして、それは美月の恐れ——自分の失敗のせいで誰かが傷つくこと——を再び全面に押し出してしまった。


「自己犠牲に走っても……いいじゃないですか。大切な人が傷つくのを見るよりそっちの方がマシよ……」

 

 美月はそう聞こえないほどの声でそうつぶやく。


「え……美月? どうしたの? 大丈夫——」


 花蓮に自分のトラウマを見透かされた気がして、美月は逆に引くに引けなくなった。


「か、花蓮さんこそ……そんな格好……裸で何が出来るんですか! わたしはまだ装備もあるし、体力も残っているんです!」


「な……わ、わたくしはも、もういい年なのよ。こ、こんな姿を誰かに見られても別に恥ずかしくありませんわ!」


「嘘です! 今だって二見さんの前でそんなに顔を赤くして、恥ずかしがってるじゃないですか!」


「ち、違い……ますわ! こ、これは敬三様の前だから……はっ! い、いえ!? わたくしは何を——」

 

 売り言葉に買い言葉となり、話しは脱線して、収拾ができなくなっていた。

 

 と、男が突然


「そのう……すいません。俺……そもそも『帰還の羽根』使っちゃったのでもっていないんですけど……」

 

 そう申し訳ない顔を浮かべている。


「えっ!?」

 

 二見の突然の割り込みに美月はすぐには彼の話しが頭に入ってこなかった。

 しかし、ものの数秒で二見が言っていることの矛盾に気がつく。

 

 それなら二見はどうやってこの場所までやってきたのだろう……と。


 つい数時間前に、美月たちは、二見に『帰還の羽根』を渡して、別れた。

 

 美月は、てっきりその後、二見が『帰還の羽根』を使って、ダンジョンを脱出したものだと思っていたが、そうせずにダンジョンの攻略を続けていた。


 そして、この最下層までたどり着き、美月たちと遭遇し、危機を救ってくれた。


 それならば、二見のデタラメな強さを除けば一応説明はつく。


 しかし、『帰還の羽根』を使って、一度ダンジョンから脱出していたとなると話しが合わなくなる。


 ダンジョンの入り口からこの最下層まで来るのは、美月たちであっても数日はかかった。


 ダンジョンから脱出するためのショートカット手段は、非常に希少ではあるが『帰還の羽根』というマジックアイテムが発見されている。


 しかし、逆にダンジョンへと向かう場合は、そのようなショートカット手段は発見されておらず、一階一階直接行くより他はない。


 ある意味であたり前の話しではある。


 しかし、ダンジョンという未知の存在が出現して以来、不可思議な物質、魔法などというものはいくつも発見されている。


 そのため、『帰還の羽根』の逆の効果を持つマジックアイテムもあるのではないかとまことしやかに噂されてはいるが——


「えっと……それなら二見さんはどうやってここまで来たんですか?」


「え? 『ゲート』を使ってだけど……」


「!!……それって……魔法なんですか!?」


「あ、ああ……。急がないといけなかったから。一度行った階ならすぐに行けるし。ま、まずかったかな?」

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