美月サイド-05-

「えっ……で、でも花蓮さん。今はその花蓮さんは服が……」


「そ、それは……そのそうですけれど……とにかくあの方としっかり話したいのですわ」


 花蓮は顔を少し紅潮させながらも、そう言う。

 花蓮の意思は固そうである。 

 

 美月はためらいながらも、遠くで後ろを向いている男に声をかける。


「花蓮さんが話したいことがあるそうです。そ、その……ま、前は向かないでくださいね!」

「え……あ、ああ! それはもちろん!」

 

 後ろ向きのまま歩いて、花蓮の前に来た男とそれを先導する美月。

 それは傍目から見ると大分奇妙な光景であった。


「このたびはわたくしたちを助けてくださって本当にありがとうございます」

 

 花蓮は両手で身体を隠さずに、深々と地面に頭を下げる。

 花蓮はさすが名家の令嬢なだけあり、その所作は美月が見ても惚れ惚れするほどに洗練されて優雅であった。

 

 ただ……今の花蓮が生まれたままの姿であることを除いて——


「あの……もしよろしければこちらを向いてください。いつまでも背を向けたままお話させるのは申し訳ありませんわ」


「えっ! か、花蓮さん! それは——」


「美月!」


「は、はい?」

 

 花蓮に突然、強い口調で言われて美月は思わず面食らってしまった。

 お淑やかな花蓮がここまで自分に対して声を荒げたことはほとんどなかった。

 

 それに……花蓮はどこか怒っているようにすら見えた。


「わたくしたちはこの方に命を救われたのですわ。この方は命の危険をかえりみずに、見ず知らずのわたくしたちを救ってくれたのですわ。そういう殿方に対して、人として最低限の礼儀というものがありますわ」

 

 花蓮の剣幕に圧倒されながら、美月は花蓮の言ったことを自身の頭の中で整理する。

 花蓮の言っていることは至極正論ではある。

 

 この男がいなければ、自分は間違いなく、あのモンスターに屠られていただろうし、それは花蓮だって同様だ。

 

 さらに、重体に陥っていた花蓮のことを魔法で——未だにその内容は不明だが——傷ひとつすら残さずに回復させてくれたのだ。

 

 まさに目の前の男は美月たちにとって命の恩人と言ってよい存在だ。

 

 そんな人間に対して、美月は確かに今の今までお礼の一つも述べていなかった。

 礼節を重んじるのは自分だって同じなのに、何故お礼の一言もまだ口に出せていないのか……。


 それには仕方がない事情があったのだと……美月は心の中で言い訳をする。

 あまりにもこの男の常識外の凄さに圧倒されて、美月の頭が大混乱状態であったこと。


 それに、この男があまりにもあっさりと何の苦もなく凄まじいことを実行して見せるものだから、まるで幻想を見ているようでいまいち現実感がなかったこと……


 だからついつい言いそびれてしまった。

 だが、それは美月の事情である。


 どんな事情があろうとも、花蓮が言うようにまずは人としてこの男に礼を尽くすべきだった。


 日々自省に努めていたつもりだったが、世間から『流麗の剣姫』などと言われて少し驕っていたのかもしれない。


 美月はしゅんとうなだれて、


「す、すいません……花蓮さん」

 

 と下を向く。


「美月。わかったのなら……いいわ。さあいつまでそこに立っているのです。わたしの隣に並んで、この方にお礼をするのですわ」

 

 美月は、膝をついて、花蓮の隣に座る。


「お待たせてしまって、申し訳ありませんでしたわ。さあ……どうぞこちらを向いてください」


「え……い、いや……し、しかし……」

 

 後姿のままなので、表情はわからないが、男が非常に戸惑っているのは声だけでも十分わかった。


「このようなはしたない姿をお見せするのは心苦しいのですが……。わたくしたちを救ってくださった方に顔も向けずにお礼をするなど……。どうか……こちらを向いてください」


「は、はあ……そ、そこまでおっしゃるのなら……」

 

 男はそう躊躇しながらも、ぎこちない動作で美月たちの方に向き直る。


「め、目はつぶっているので……あ、安心してください」

 

 男は、不自然なほどにギュッと目を閉じている。  


「フフ……わたくしなどにそこまで気を使って頂いて恐縮ですわ。あの……まずは自己紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「え……は、はあ……」


「わたくしは冒険者パーティー『ダンジョンの支配者たち』の一員で、西条花蓮と申します。そして、隣にいるのが、同じくパーティーの一員である二条院美月です。その……差し支えなければわたくしたちを救ってくださったあなた様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか」


「えっと……じ、自分は二見敬三という者です」


「敬三様……と申されるのですね……素敵なお名前ですわ……」


「え……」

 

 男が花蓮の言葉に呆然としている。

 隣にいる美月も花蓮の振る舞いにいささか戸惑っていた。

 

 花蓮の顔をチラリと伺うと、まるで熱に浮かされた少女のように頬を紅潮させて、その目は男……二見の方を見て、トロ~ンとしている。

 

 美月と男の空気を察したのか、花蓮はゴホンと咳払いをすると、


「あ、あの……敬三様。この度はわたくしたちを救ってくださって本当にありがとうございましたわ。このご恩はわたくしたち……いえ……わたくし花蓮決して忘れませんわ。生涯あなた様に忠誠を……いえ西条家総出で敬三様に——」

 

 花蓮の声のトーンは情熱的と言ってよいほどに激しくなり、その目も潤んでますます熱を帯びてきて——


「え、えっと! か、花蓮さん!? ひ、ひとまずわたしもお礼を——」

 

 このまま放っておくと何かとんでもないことになりそうだと無意識に感じ取った美月は慌てて話しを変える。

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