夏の終わり僕はまだ夢の中にいます。覚める気はありません
danmari
夢の中
セミの鳴き声が微かに外から聞こえ部屋の中はクーラーの機械音だけが聞こえてくる。
8月25日もう夏も終わりかけだ。
高校3年生夏野 空僕はこの夏が終わってほしくない。
夏が終わるということは夏休みが終わるということでそれは学生なら誰もが嫌なことだと思う。
僕もその中の一人。
やりたいことはなく、それは時間が経てば経つほど将来の不安や焦りへと変わって苦しくなる。
唯一僕には好きなことがある。
それは絵を描くことだ。
でもそれを将来の職業にする気も自信もない僕にとって絵を書くことは楽しい時間でいたい。
そうなると自分の中は空っぽだ。
考えれば考えるほど分からなくなり苦しくなっていく。
だから今日も僕は絵を描きに家を出る。
それは唯一僕が何も考えないで楽しくいられる時間。
今日は近所の公園に絵を描きに行く。
公園の風景自体は小さいころから何度も何度も描いているが不思議と飽きない。
一日ずつ風景や雰囲気などが公園という場所は変わっていく。
静かで誰もいない風の音だけがある日や子供たちの楽しそうな声を含んだ日それはもう言ってしまえばキリがない。
今日の公園は誰もいない夏のそよ風が少し吹いており木々たちはゆらりと葉をなびかせている。
僕はベンチに座り風景を描く。
絵を描く準備をしていると影が突然僕のことを包み人の気配がした。
「ねぇ、君はこんなところで何をしているの?」
顔を上げるとそこには女性がいた。
「絵を描いている」
「へぇーそうなんだ見せて見せて」
彼女は承諾なしでスケッチブックを僕から取り上げ今までの絵を見ていく。
「わぁ!すごい上手だ」
純粋な褒め言葉に顔は熱くなった。
「そろそろ返してくれない?」
「あっ!ごめんね上手だったから」
彼女は以外にもすんなり返してくれた。
「私、
「えっ...僕は夏野 空です」
三月の笑顔は太陽のようにまぶしく僕は直視出来なかった。
「これから絵を描くんでしょ?私もそばで見てていい?」
また僕の許可を聞かず、すでに隣に座っていた。
これはもうダメと断ってもずっと隣にいそうなので許可をした。
「いいですよ、でも邪魔しないでくださいね」
三月はにっこりと笑い僕の描く姿をじっと見つめている。
案外彼女は素直なのか何も言わず本当に邪魔など一切してこなかった。
絵を描き終わるともう日は沈みかけ空はオレンジ色に染まっていて風も冷たくなり心地よく思わず「気持ちいい」と口に出してしまった。
そういえば絵を見たいと言っていた彼女の声がしない横を見てみれば彼女はなんと眠っていた。
あまりに気持ちよさそうに寝ているので起こすのも悪い気がするが外はもうじき暗くなってくる。
色々と危ないので僕は彼女を起こした。
「起きてくださいもうすぐ日が暮れますよ」
彼女はハッと起き驚いた様子で公園の時計を見る。
「嘘!もうこんな時間」
彼女は慌てて立ち上がり「明日もここで集合ね!」と言って去っていった。
「太陽のように明るい人だったな」
強制的に明日もここに来ることになってしまったが空自身が三月に興味がある。
だから別に嫌という気持ちは少しもなかった。
次の日、本当に三月は公園に訪れた。
「やあ!本当に来てくれたんだ」
「はい、今日も絵を描くつもりだったので」
返事をすると三月の顔は笑顔でやっぱり太陽のように明るい。
いや、僕にとってはもはや太陽よりも眩しく見える。
「今日は何を描くの?」
当然のように三月は隣に座り話を始めた。
「今日も昨日と同じ風景を描きます」
彼女はつまらなさそうな顔をして「今日は違うの描いてよ」と言ってきた。
「じゃあ何を描けばいいんですか?」
「うーんそうだな...じゃあ私を描いてみてよこういうのに少し憧れてたんだ!」
三月はよほど自分に自信があるのか私を描いてほしいと言ってきた。
でも困ったな僕は風景を描くのは得意だが人を描いたことがない。
「僕、人を描いたことなんてないですよきっと酷い絵になります」
「どんな絵になってもいいからさ描いてよ?」
少し三月の顔が曇ったように見えた気がした。
再度忠告をしても三月は大丈夫と答えるので僕は彼女を描くことにした。
モデルになっている三月はいざ始まると緊張しているのか表情がかたい。
「どうしたんですか?表情がかたいですよもう少し笑ってくださいじゃないとこっちも描きずらいですよ」
「しょうがないじゃんこういうのやったことないもん緊張するよ」
頬を赤らめた三月はどこか可愛くて絵になると思った。
でも本当に僕が描きたい彼女はあの太陽のような笑顔だ。
どうにかして彼女のあの笑顔を引き出せないだろうか?そう思いいくつか質問をしてみる。
「君が好きな食べ物は何ですか?」
「私の好きな食べ物はねイチゴ!」
少し表情は良くなったがまだだ。
「じゃあ残りの夏休みでしたいことは?」
三月は笑顔で答えた。
「打ち上げ花火を見ることかな!ほら30日にこの地域のお祭りで毎年打ち上げ花火あるじゃない?それがどうしてもみたの!」
ようやくあの太陽のような笑顔を見ることが出来た。
その瞬間僕はペンを走らせる。
いつものようにはやはり中々うまく描くことがこれはこれでいいかもしれない。
三月も時間が経つと様になっていて描きがいがある。
「どう?うまく描けてる?」
「うまく描けているかは分からないですけど一応描けました」
三月に描けた絵を見せると彼女は目を輝かせて喜んでくれた。
「おぉー!すごいよこんなに上手に描いてくれたんだね!やっぱりうまいじゃん」
僕としては納得のいかない部分も多かったが三月が喜んでいる姿を見ると描いてよかったのかもしれないと心の中で思う。
描けた絵は彼女に頼まれた物なのでスケッチブックから丁寧に引き剝がし三月渡すつもりだったのだが三月は首を横にふり「君が持っていて」というので僕が持っておくことにした。
「あのさ君は30日の打ち上げ花火誰かと見に行くの?」
「いえ、特に誰とも予定はないですねそもそも誘える友達がいるのならここに一人で絵を描きに来ているわけないですよ」
「じゃあさ一緒に見に行こ!私も誰かと行く予定なかったのだからさ」
漫勉の笑みで三月は僕を誘う。
三月の明るい性格で誘う友達がいないとは思えないけれどせっかく誘ってもらったので行くことにした。
「わかりました。一緒にいきます特に30日も予定はなかったですし」
気が付くともう辺りは夕暮れに染まり鮮やかなオレンジ色に世界が包まれているような感覚になった。
「じゃあ私もう帰るね30日にまたこの公園に今の時間に集合ね」
現在時刻は夕方の18時。
まだ季節は夏で18時になっても明るい、そのおかげで三月の後ろ姿が遠めでもわかる。
三月が視界から消えたのを確認して僕も家に帰る。
30日現在時刻18時30分約束の時間になっても三月が来る気配がない。
何かあったのだろうかと心配になったが背後から足音が聞こえてきた。
「ばぁ!どうびっくりした?」
振り向くと三月がいた。
「心配しましたよ来ないのかと」
驚く素振りを見せなかったのが不満だったのか三月は口を膨らませた。
「もう少し反応してくれてもよかったのに」
「驚きはしましたでも心配のほうが勝ってしまったので」
三月は「私のことそんなに心配してくれるんだ」とニヤニヤしていた。
「ほら、花火まであと1時間早く行こ」
「なんであなたがせかすんですか」
三月は僕の手を引き歩いた。
どうやら彼女は花火がよく見える場所を知っているらしい。
少し歩くと見晴らしのいい小さい広場のようなところについた。
「こんなところが近くにあったんですね」
「知り合いに教えてもらったのいいでしょ?この場所」
「はい!すごくいいです」
広場にはベンチが一つぽつりとあり僕たちは座った。
「まだ打ち上げ花火まで30分ありますね」
「じゃあなにか話して待とうよ」
「じゃあ僕から一つ聞いていいですか?」
三月はどんとこいみたいな表情で胸を張った。
「なんで僕を誘ってくれたんですか?あなたの性格なら友達なんていっぱいいそうですけど」
三月は何かをためらった感じだったけど口を開いた。
「実はね私病院で入院生活を送ってるのだから友達なんていないし誘える人なんていないのそれに今日も本当は病院を抜け出してきたの」
思いもよらないカミングアウトに悪いことを聞いてしまったと思った。
空気は重く風も夏のわりに冷たい。
「そんな顔しないで私今日を楽しみにしてここに来たのだから楽しもうよ空君!」
三月と会って初めて名前を呼んでもらった。
少し沈黙は続きやがて花火が打ちあがる。
大きく広がる一つ一つの花火の光が僕たちを照らす。
そして三月は花火を見て今までのどの笑顔よりも明るい顔をした。
その笑顔は花火よりもきれいだ。
夏の終わり僕はまだ夢の中にいます。覚める気はありません danmari @danmari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます