二十時からの自由時間(3)

 待ち人――テダと合流した私は、すぐさま彼を役所に連れ出した。

 倉庫で作業をしているはずの奴隷の不在に感付く前に、彼の元主人のもとへ奴隷契約の解除通知が届くことだろう。

 手続きを申請したときの役所での一幕は、ものだった。

 予想通りというか、窓口の男性所員は「そんな手続きあるわけないだろう」と言わんばかりの顔をした。そこへ横から「ただいま書類をお持ちします!」と、やけに張り切った女性所員の声が飛んできた。

 そのまま最後まで手続きを担当してくれた彼女は、どうやら新人だったらしい。マニュアルに載ってはいても立ち会う機会がない手続きを経験できたと、彼女は満面の笑みで対応してくれた。

 片や最初の男性所員は、新人女性の教育担当だったようで。彼女一人で無事完了まで行われた手続きに、後方で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 後ろからの突き刺さる視線に気付いていただろうに、女性所員は最後まで笑顔で私たちを見送ってくれた。

 近場の宿に入り、テダの名前で一部屋を取る。テダの元主人に、通知が届く前に出くわさないとも限らない。余計なめ事が起きては面倒だと考えたのは、彼も同じだったらしい。彼はいつものようにニッと目を細めて、「今日だけはゆっくりさせてもらう」と笑った。

 予め用意しておいた服をテダに渡し、それに着替えてもらう。私とは逆に、彼にはえて首元がよく見えるデザインの服を選んだ。

 姿見の前に立つテダが片手を自身の首元へ、もう片手を鏡の中の自分の首元へと伸ばす。

 どちらのテダの首元にも、もう奴隷印は見られない。


「……信じられねぇ」


 呟いたきり、テダはしばらく無言で立ち尽くしていた。


「あっ」


 ひとしきり感動に浸ったところで私の存在を思い出したのか、鏡の中の彼がやはり鏡に映った私を見る。

 それからテダは、私を勢いよく振り返った。


「ロシェス、ありがとうな!」


 振り返った勢いのままに、テダがこちらへと駆け寄ってくる。彼にガシッと取られた私の両手が、ブンブンと上下に振られた。


「次はお前の番だなっ。全力で協力するぜ!」

「……っ」


 不意打ちに、ぐっと息を呑む。

 悪気の欠片もないだろう親友の言葉に、ひどく顔をしかめてしまったことが自分でわかった。


「…………」


 すどころか表情をつくろえず、彼に返す言葉も見つけられず。

 そんな私の様子から察したのだろう、くつたくのない笑顔を向けていたテダは気まずそうに私から目をらした。


「もしかしてロシェス、お前……」


 私の手を離したテダが、会話をするのに適当な距離まで下がる。


「――はい。私は奴隷から……今の主人からの解放を望んでいません」


 私はテダが言うのを迷っただろう言葉を引き取った。


「いい主人なんだろうなとは、思ってたけどさ……」


 テダがガシガシと頭をいて、私に目を戻す。

 どこまでも察しのいい親友に、私は思わずくすりと笑ってしまった。


「ええ、そうです。私はあの方を愛しています」


 再び、彼が言わなかった言葉を引き取る。

 今度のテダは、先程口にしたときとは違ったニュアンスで、「信じられねぇ」と天井を仰いだ。

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