二十時からの自由時間(2)

 大通りから一本奥に入った道を行く。

 ナツハ様の『計画書』は全部で十四枚。

 先頭頁になる【一日の販売数が50個以上】などのチェックリストは、一枚にまとめられていた。

 その次の頁から始まる十二枚は……どう分類していいのかわからない。

 私を隠れみのにして聖女の力を利用した店をやるという流れは聞いているから、そのくだりはその名の通り計画書といえる。しかし、頁を進めるうちに計画書というよりは、何というか……フィクションの物語に変わっていた。


『突如現れた天才薬師。何とそれは世にも珍しいエルフの薬師だった。噂は遠くまで広がり、やがてエルフの里へと届く。そして彼らは知るのだった、『無能』と蔑んだそれは『な才能』だったことを――』


 そんな冒頭から始まった物語は、私が同郷のエルフに意趣返しするという局面を迎える。偶然、今日実際にそういった状況におちいったため、普段は無関心をつらぬくところをつい乗ってしまった。

 ナツハ様が同行中だったため、彼女の反応見たさに大立ち回りしてしまったわけだが、不自然ではなかっただろうか。そのときも帰り道も喜んでいるご様子だったので、私の幼稚な思惑には気づいておられないだろうが。

 それにしても……と、今更ながらに思う。


「私を活躍させ彼らを見返すことが、本当にあの方のやりたいことだったとは……」


 度々そういった類いの言葉を聞いてはいたが、どこか頭の片隅で上辺だけのと思っていた。

 けれど『計画書』を実行してみたときのあの喜びよう、どう見ても彼女の本心だと痛感した。

 そしてナツハ様の計画書であるのに私のことばかり書かれていることに、例えようのない歓喜で全身が震えた。

 しかし、それは同時に最後の一頁に書かれたこともまた、ナツハ様の本心である証明になってしまう。


『一段落したら恋人が欲しい』


 優先順位:低と書かれたリストの一項目として、それはあった。

 見つけた瞬間、身体が凍ったように硬直したのを覚えている。次いで、恋人が欲しいということは現在いない寧ろ喜ぶべき状況だと、必死に自分に言い訳したことも記憶に新しい。

 そこからの行動は、なかば無意識だった。

 二十時からの自由時間を、自身の評判を上げる行為と私とナツハ様の関係の周知に努めた。

 私がナツハ様の恋人だという嘘はつけない。けれど、私が一方的にナツハ様に想いを寄せていることを話す分には問題ない。

 ある程度空気の読める人間であれば、現在人間と友好的という珍しいエルフが想いを寄せている相手に手を出そうとは思わない。そのエルフに一定の知名度があり、しかも懸想する相手と同居中というなら、なおさらだ。

 私はそれを見越して、外堀を埋めるというそくな手段に出た。

 私がナツハ様を想っており、彼女に何かあれば今の友好関係は崩れる。私を薬師として囲いたいこの街の人間は、ナツハ様の安否にも気を配ることになるだろう。


「あなたの書いた、しゆしような気持ちで立身出世するロシェスと違って申し訳ありません」


 一人苦笑し、私は到着した目的地――さびれた酒場の裏路地で待ち人の訪れを待った。

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