評判の薬(1)

 今日は珍しく、私が階下に降りてきた時点で朝食ができていなかった。

 まあそれでもロシェスが私より早起きしていることには、変わりないのだけれど。

 しかし、いつもと違うということは、いつもと違う何かがあった可能性が高い。というわけで、私は料理中のロシェスの隣へとそっと回り込んでみた。

 フライパンをたくみにあやつる彼の、端正な横顔を盗み見る。

 このそこはかとなく既視感を覚えるお疲れ顔。うーん、これは寝不足……かな?


「ロシェス、昨夜はあまり眠れなかった?」

「えっ?」

「え?」


 思いのほか大きな声で反応され、私まで反射的に聞き返してしまった。

 ロシェスが勢いよく振り向くという、オーバーリアクションを取ったことに驚いたというのもある。


「え、あ、その……そう、ですね」


 続けて目が泳ぐという彼の挙動不審。

 これは何か理由がある。

 ――なんて、謎解きが始まるわけもなく。

 謎でも何でもない。だって身に覚えがある、この「朝からお疲れ」の状態。仕事に追われる社会人の正常反応(?)である。


「あれだけ大量に注文が入ったら、気がかりにもなるよね……」


 だから、私は理解を示したつもりだった。だったのだが、ロシェスがさっきよりも悲壮な顔つきになっている。勤勉な彼に今の指摘はまずかったのかもしれない。


「いえ……そういうわけでは」


 その上、ロシェスに気を遣わせてしまうという大失態。

 あれほど巧みだったフライパンの動かし方がぎこちなくなっている辺り、どう見ても動揺しているよね? 仕事の量を考えるとゆううつなこと、隠さなくてもいいのに。

 結論、ここは話題を換えるべき。

 朝食に話題を移そう。おりくフライパンの中身がそろそろ良い焼き加減だから、天気を話題に出すより唐突感もない。


「……ナツハ様。今日の作業を始める前に、ナツハ様に確認していただきたいことがあります」


 真面目か。

 私とは違って、ロシェスは不都合な話題からは逃げてしまおうなんて、思わないんだろうな。


「確認してほしいこと?」


 やはり丁度良いあんばいだったのか調理台の火を止めたロシェスに、私は聞き返した。

 しんな彼のためにも、せめてできるだけ彼の疑問は解決しておきたい。


「以前、商業ギルドから発行された、初級HP回復ポーション+1の鑑定書を見せて下さい」


 ロシェスが手際よく(でもここでもいつもよりは不格好に)料理を皿に盛り付けて行く。

 私はそれをテーブルに運ぼうとして、その手を止めた。


「……それじゃあ、持ってくるね」


 先程からロシェスは、明らかにそわそわと落ち着きがない。香ばしい彩り野菜炒めを前にしても仕事のことで頭がいっぱいとか、本当に真面目か。

 私は皿を運ぶのもロシェスに任せ、鑑定書が仕舞ってある工房の棚へと向かった。

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