親友との再会(2)

 物思いにふけりながら着替えをしていたのがいけなかったのだろう。脱衣所を出た頃には思いのほか時間が経っており、私は少々気まずい状況におちいった。


「はい、ロシェスも。風呂上がりは水分を補給しないと」

「あ……はい。いただきます」


 ナツハ様から差し出されたグラスを受け取る。底に酸味のある果実のスライスが沈んでいるこれは、彼女が好む果実水だと記憶している。今もそれを求めてキッチンに来られたところを、私と居合わせたのだろう。

 実際、飲み物を探しにここに来た私は、そのスッキリとした果実水を一息に飲み干した。

 ただそうした理由は、喉の渇きからよりも先程からさわがしくしている心臓のせいというのが大きい。


「その……ナツハ様のそれは、寝衣なのですか?」

「そう。このくらいの気候だと、元の世界では大体こういった格好をしていたかな。Tシャツとハーフパンツっていうんだけど」

「そう……ですか」


 服飾ギルドに何か依頼を出していたのは、知っていた。そしてそれを受け取ったナツハ様が私といるときに開封したため、仕上がったものを見たこともあった。

 どう考えても腕や足がほとんど出るデザインに、下着の類いだと思い慌てて目を逸らしたのを覚えている。まさか寝衣だったとは。

 どちらにせよ、直視してはいけない。下着という先入観にまだ引っ張られている今は、特に。


「今後、急な来客があったとしても、その格好では人前に出ないで下さい。絶対に、絶対にです」


 ナツハ様のあごの辺りに視線を固定しながら、私はつい強くなってしまった口調で彼女にうつたえた。

 このような姿、男が見れば欲情するに決まっている。だというのに、当のナツハ様はまったくそんな考えに及んでいなさそうだ。

 こうなってみると、もしや私は「不能でもいい」というより、「不能だからいい」と選ばれた面もあったのではないだろうか。私が自分に向けられる欲情の視線を好ましくないものと思っていたように、ナツハ様もそうだったのでは。


「わかってる。家の中でしかこの格好はしない。約束する」


 からりと笑うナツハ様に、私は一向に落ち着かない心臓を片手で押さえた。

 不自然にならないギリギリまで、ナツハ様の素肌がなるべく視界に入らないよう目を外す。

 今、私が私自身がいとう不快な視線を彼女に向けていない自信が無かった。

 身体的に不能ではあっても、自分が欲情していることは嫌でもわかった。


「グラスは私が片しておきます。ナツハ様は先におやすみ下さい」


 それらしい理由をつけて、この状況からのを試みる。幸いナツハ様は素直に「ありがとう」と空のグラスを私に預けられた。


「おやすみ、ロシェス」

「おやすみなさいませ、ナツハ様」


 私に手を振って、ナツハ様が住居スペースである二階へと上がって行く。

 その背中を完全に見えなくなるまで見送った後、私はようやく人心地が付いた。

 今程までの光景を振り払うように、二人分のグラスを無心で洗う。それからいつも以上に丁寧に布で拭き、指定の場所にグラスを戻す。

 ――と、そこまで終えた私は、ふと身体に違和感を覚えた。


「……は?」


 違和感のある箇所――腹の下に目を遣って、自分の目を疑う。

 私の下半身は、自覚した欲情を体現したような率直な反応を示していた。


「何故……」


 奴隷に身をやつしてからは初めてのことだ。それもそのはず、私はエルフとして欠陥品な私が種を残さないよう、里から出される際に呪いをかけられていた。だからこそ、媚薬で強制的に性欲を増幅されても身体の方が反応しなかった。


「呪いが弱まった? いえ、今はそれよりも」


 呪いについての考察は後でいい。まずはこんな状態をナツハ様に見られないよう、早く自室に戻らなければ。

 いや、待て。それも危険なのでは。ナツハ様と私の部屋は隣り合っている。もし今、ナツハ様が廊下に出ておられたなら、こんな状態で鉢合わせる羽目になる。


「そういえば二十時からは、外出も自由という話でした」


 この家の中でナツハ様の部屋から一番近い場所はどこかと考えていたところで、私はハッと初日に聞いた彼女の言葉を思い出した。そのときは、別段行きたい場所などないと思っていた。

 今も正確に言えば、目的があって外に出たいわけではない。それでも気をまぎらわせるために外出するというのは、現状良い手に思えた。

 先日ナツハ様からいただいた給金は、常に持ち歩いている。私は足早に、玄関へと向かった。

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